第5話 黄泉帰り

あの屋敷から出発して大体三日ぐらい西に歩いた俺達であった…


「結構広いんだよな。この国の国土」

「それでも日本と比べたら狭いものだ。大体東京から福岡まで徒歩で歩くならば、往復で一ヶ月は掛かるぞ」

「そう考えるならば、まだまだ狭いとなるな…」


地図の距離と今歩いてる現在地を照らしながら喋ってる俺達であったが、実際に考えるならば…国土の大きさと照らし合わせると、割と小さい異世界と認識だと思わざるを得なかった。

しかも、今持ってる地図をエミーに見せても、悪魔国に出回っていた地図と比べて見ても、大体の製図にあっているため、日本と比べてるとそう大きくは無い。

むしろ…


「この世界の殆どが海で覆われてますからね。住む土地も限られています」

「と言う事は、海洋国家である人魚国が一番大きいとなるか」

「そうなりますね。実際、かつて大陸と呼べるぐらいの大きさがあったのですが、伝説とされてる創生魔法使い手同士の戦いであった”乱の時”に沈んでしまったと伝えられてるぐらいです」

「やはり創生魔法か…どうやら、最終的には天地創造出来る力も持てるようだな」

「そうだね…まさか、美恵が発見した物が凄いものだったとはね…」


俺と冴子はそう交わしていたら、エミーの奴が俺達二人に目を輝かせながら見ていた。


「も、もしかして…お二方は創生魔法が使えるのですか!?」

「ああ、そうだけど…むしろ、屋敷で拘束の鎖を溶かした時の炎は、創生の力を応用して使った魔力の炎だしな」

「ていうか、私より扱いが上手くなっていってるな…」

「但し、お前みたいに剣などに付属して使う事が出来ないんだがな…」

「良いですね…私達吸血鬼族…ヴァンパイア族にも使えるものが居たら…」


そう言って羨ましがるエミーの頭を、俺は撫でながら答えてやった。


「あまりこの力は持つと言う考えは止めた方が良い。この力は過ぎたる力だ…。いずれ、破滅を呼ぶかも知れん」

「錦治…」

「はっきり言えば、俺の創生に司るものは”死”だ。死は儚き生き物の為にあり、次の生を得る為の安息でもある…それを理不尽に与えては成らないし、行ってはいけない…俺の創生は、そんな理不尽の死を与える者に断罪したいという渇望で生まれたものだからな…」

「それは…確かにそんな信念や欲が出ていたら、そんな力の加護になりますね…」

「それにな…前にいた俺達の世界では、こんな力が無くても生きていけたのだ…、魔法も奇跡もなく、人間の努力による力で世界は成り立ってたのだ」

「そうだね…青二才と言われた私達でも、ある程度は自力でやれたからね」


そんな俺と冴子の言葉に、エミーは静かになるしかなかった…





程無くして、更に西に歩き続けた俺達は、先日の領主屋敷よりもでかい領主城に辿り着いたのだが…


「なんだろう…死臭が酷いな」

「まるで、魚の腐った様な腐敗臭に充満してるな…」


俺と冴子はそう言いながら町に入ろうとした。

しかし、後ろに居たエミーが青ざめた顔をして、俺達が入るのを服を引っ張って止めていた。


「お止めください。錦治様、冴子様。この町は危険です」

「何か居るのか?」

「ちょっと待て、錦治…人影が見えたのだが…」


その瞬間であった。

俺達を見つけた”全身を腐敗した死体”が大きい唸り声を上げて、仲間を呼んで集まらせてきたのだ。


「なっ…!?ゾンビ!?」

「いや、あれはグールか!?」

「コープスです!死体だけのゾンビや喰人鬼のグールとは違い、媒介して増えるアンデッドで、私達ヴァンパイアでも手に焼く不死者です!!逃げましょう!!」


その言葉が終えた瞬間、町中から数百のコープスが集まりだし、周り囲んできた。

それと同時に、エミーは俺と冴子の上で掴んで飛ぼうとしたが…


「エミー!冴子を掴んで飛んでいろ!!」


俺はそう叫んでから、エミーの腕を振り払って飛び立たせ、上空に待機させた。


「錦治様!?」

「錦治!?何を…?」

百鬼夜行ヨモツイクサを使う!それだけだ!!」


俺がそう言うと、冴子は察したのかエミーの方へ顔を向けていた。


「エミー!そこの高台の屋根まで避難しろ!!急ぎで!!」

「で、でも!錦治様が!!」

「馬鹿野郎!錦治の創生のアレに巻き込まれたら最後だぞ!!急げ!!」


冴子がそう指示を出した時、エミーは俺を心配する顔をしたまま言う事を聞き、冴子が指した見張り台用の高台の屋根に避難し、其処から俺を覗いていた。

…高台の中にしなかったのは、恐らくは待ち伏せを防ぐ為だったのだろう。


そんな二人の無事が確認できた時、俺は両手を前に出し、静かに詠唱を始めた…


「”日は沈み、天孫が下る時、かの者は還ろう。我は水面の流れに反り、栄光と衰退、再生と滅び、創生と破壊を見届ける。ならば、我もまた根の国の川を上り、黄昏の時を乱す者を根の国へと誘おう…。創生…!常世の国ニライカナイ百鬼夜行ヨモツイクサ!!”」


百鬼夜行の創生魔法を発動した瞬間、あの時の”常世の住民”達が地面から湧き出していき、数百のコープス達に突撃していった…





―――――――――――――――――――――――――――――――



この町のコープス軍団から逃れようとしていた私であったが…今は違ってた…


「あ、あれが…錦治様の…」

「あれがアイツの創生…”死を冒涜する者を断罪する”常世の国の住民である…黄泉の軍と書いて、”ヨモツイクサ”を招来する理だ」

「よもつ…いくさ…?」


冴子様のその言葉に、私は大いに恐怖をした。

黄泉という言葉の意味を知らないし、常世の国という場所も知らない…

でも、何故か怖かった…

そして、次にその意味を知った時は、私は言葉を詰まらせてしまった…


「お前達の概念で言うならば、奴らは最初から冥府の住民であり、冥府の中で死を迎える者達…言わば、生まれた時からの死神だ」

「なっ…!?」

「ただな…奴らは死神でも死体のゾンビでもない…生まれた時から死に属する、常世の国の”人間”その者なんだからな…」

「あれが…人間…!?」


冴子様から出た人間の言葉に、私は真の意味でコープス達以上に恐怖した…


コープスは、数多くの人間の霊魂や怨念が蟠り、死体を媒介にして増える…

それはすなわち、悪霊達が死体に宿る事で蘇った忌まわしきアンデッドである。

アンデッドに近いとされる吸血鬼族…ヴァンパイア族でも悪霊には恐れており、元からの吸血鬼族特有である白木の杭以外では不滅の不老不死を持っている身としては、悪霊に体を乗っ取られると言うことで倦厭されるアンデッドであった。


だが、錦治様の創生を知った私としては…錦治様が操る異形の”人間”達への圧倒的な力を持って消滅していく光景に怯えるしかなかった…


「だがな、エミー…彼らは悪ではない。純粋に死に行く者を連れ、理不尽に死を与える者を断罪しに来るのだ。そして、誰かが死者を蘇生させる事が分かれば…彼らは怒るのだ。父と母伊耶那岐と伊耶那美が定めし理を侮辱する事に」

「だからですか…先ほどから、コープス達を不必要に危害を加えてないのは…」


私の指摘に対し、冴子様は静かに頷いていた。

錦治様達が呼び寄せた”人間”達は、コープス達に引き裂かれては再生しながら、逆にコープス達を地面に叩き伏せては身動き取れなくなるまで体を封じていた。

だが、それ以上の事はせず、むしろコープス達からの何かを探りながら先を進め、町中の蹂躙していた…


そして、コープス達の元となる悪霊が、目の前の領主城から湧き出てきた。


「あれは…レギオン!?」

「知っているのか?エミー」

「あれこそがコープス達が生み出す元凶の悪霊体です!しかし…どれだけの…」

「うん、あの悪霊の体から出る顔の数見たら相当なものだな」


冴子様の言う通り、あの無数の顔を見る限りは…恐らくは数百人の人間が犠牲になり、その核となる悪霊が物凄い憎悪の念が渦巻いているのを…


正直に言えば、人間の憎しみや恨みは恐ろしい物だと、悪魔国から亡命する前に知ってはいた。

あの国に居た頃から、帝国から来る兵士の憎悪の感情を見た時に、私は前線から敵前逃亡するほどに怖かったのだ…

それが、悪霊と成れば…


そんな風に考えていた私を、冴子様はそっと抱きしめていた…


「今は、アイツを信じてやれ…あいつならやってくれる」

「は、はい…」


冴子様と同じく、私は錦治様が成し遂げてくれると信じている…


―――――――――――――――――――――――――――――――――――




百鬼夜行ヨモツイクサを招来して、コープス達を抑えていったら…

よもやあんな大型の悪霊が出現するとはな。


”貴様ぁ!よくも儂の領民を始末してくれたな!!”

「何が領民だ!死者を縛り付けて何に成るのだ!!」

”ほざきおって!あの王都の炎上以降、儂は魔術教団からコープスを招来する魔法を頂き、延命する事が出来たのじゃ!コープスとなった領民達は儂の源!例え王都の生き残りの聖人じゃろうと、儂を祓う事は許されんのじゃあ!!”

「自分の私利私欲の為に、手を結んでいた魔術教団に悪霊にして領民を死体に変えたのか…はらわたが煮えくり返って怒りが収まらないな…」

”抜かせ!トロール如きが何を言う!貴様も同じ悪霊を呼んでるではないか!”

「貴様と一緒にするんじゃねぇよ。貴様の様な生を死を冒涜する奴には分かるまい。今、俺が呼んでいる奴らは常世の国の人間だ。貴様みたいな悪霊を常世に連れて行き、断罪する奴らだ!!」

”ぐぬぬぬぬぬぬっどこまでも愚弄する気か!!始末してくれる!!”


そういって、悪霊は自身の体から津波の様に怨念の塊を流してきたが…


「全く、品が無い行動ですね。”…滅せよ、罪人よ”」


さり気に招来していた柝雷さくいかづちが、津波と化した怨念を神通力を使って封じ…


「本当、柝兄様の言う通りですね。”…罪人よ、処す”」


同時に招来していた若雷わかいかづちも、悪霊の中にいる無数の霊魂に対して雷で焼き尽くした…


”わ、儂の…儂の源が…”

『”罪人よ。今こそ黄泉戸大神よみどのおおかみを開き、比良坂ひらさかへと誘おう!!”』


二柱の力によって黄泉の入り口が開かれ、悪霊となった領主の魂は百鬼夜行ヨモツイクサに連れて行かれ、入り口は閉じられて消えていった…

残されたコープスと成り果てた住民達は、元凶であった悪霊が居なくなった事に力を失い、体を崩して地に帰ろうとしていた…


せめて、彼らの次の生を謳歌させる為に、俺は最後の一仕事をする事にした…


「柝、若…今一度戻れ。彼らを輪廻に還す…」

『畏まり、父様…』


二人は了承をして俺の体に戻り、そして…俺はもう一つの創生を発動させた…


「”若ければ、道行き知らじ、まいはせむ、黄泉したへ使つかい、負いて、通らせ…若くして命散らし、道を違えた者を、どうか常世の国の使者よ。かの者を輪廻の中へと誘ってください…。創生…常世の国ニライカナイ輪廻転生リーインカーネイション”」



詠唱を終えた俺は、静かに手を地面につけ…死者達の魂を根の国へと還元した…



「終ったみたいだな」

「ああ。これでこの地の人間達は、輪廻の輪に還り…結ばれた」


俺はそう言いながら、地面に座って一息を吐いていた…

やはり、同時に二つの創生を発動させるのは一苦労するものだ。

だが、以前の時と比べてそれほど疲れなくなったのには、喜ばしく感じるな。

そう思っていたら、エミーが俺の隣にて密着するように座ってきた…


「これが…錦治様の創生ですね…」

「そうだ。…怖がらせてしまったな」

「い、いいえ…むしろ、不思議な気分になります。特に今の光景には…」

「そうだな…だが、綺麗だとは思わないか?」


そう言いながら、俺は天と地へ還る魂の光景を眺めていた…

すると、今度は冴子も隣に座って寄り添ってきた…


「この光景を例えるなら、何と言うんだ?錦治」

「そうだな…昔、流行っていた映画で言うなら、”黄泉帰り”だな…」

「黄泉に帰り…か。ある意味、別の文字通りに”蘇り”になるな」

「だが、あれこそが儚くも…理想的な生死感だ」

「お二人の言葉そのものには意味が分かりませんが…なんとなくならば…」

「それで良いんだよ、エミー。今は、あの悪霊から解放された魂でも眺めよう」


冴子の言葉通り、俺達三人は最後の魂が還るまで見届けていた…







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