第50話 八雷からの試練

暗雲漂う草原にて、妖艶に立ち上がった女装子の少年は、ゆっくりと目を開いてこちらに顔を向けてきた。


「我を呼ぶのは何処の人ぞ…って、父様か」

「その父様と呼ぶのはどうにかできないか?さく

「何を仰います。貴方様のおかげで、私達八雷やくさのいかづちうつつへと出る事が出来ました。無論、それが…私達や貴方様を含めて何者かの策に嵌められたのは事実で御座いますが、私としては生あるこの現世うつしよに出れたことには光栄だと思っております。だから、その気持ちを込めて父様と呼ばせております」


そういいながらニッコリと微笑む美少年に、なんか何時も気が抜けてしまうが…

それとは別に御する力を得る為にも、あえて鬼にすることにした。


「確かに、お前がそう評価してくれるのは嬉しい限りだ。だが…それとは別だ。本日も付き合ってもらうぞ」

「…仕方ないですね。といっても、これは大雷おほいかづち兄様の願いでもあるからね」


そう言って、柝雷は自身の持ってる神通力と合せた力、厄雷を胎動させてきた。


「本日も手加減なしでさせて貰いますよ。お二方」

「おぅ、何時でも来い」

「ああ。こっちも手加減なしだ」


三人とも、互いに語り終えた所で…八雷の一柱、柝雷との修行が始まった。





―――――――――――――――――――――――




王城から草原までは其処までの距離は無いけど…錦治君と冴子さんの二人が、あの祟り神の一体と稽古をつけて貰っている。

正直に言えば、よくもあんな戦いが出来るなぁと感心してしまう。


「加奈子ちゃん、心配事かい?」

「次郎さん…ええ、錦治君達の事で」

「そうか…加奈子ちゃんは心配性だからね」

「そうですね…」


実際に、私は危なかったしい事や暴力には嫌いだった。

何よりも、人が傷つく所を見るのが嫌で、血を見るのが怖かった。

そして、一番嫌いだったのは、暴力で相手を従わせようとする人間の目だった。

今でも、あの猿渡君の私への暴力は恐怖の光景として頭の中で蘇る。

実際に、国塚さんの死体人形にされてからも、あの姿を見るだけで怖くなる。

でも…そんな時でも、錦治君が真っ先に出て対抗し、冴子さんが守ってくれた。

だから…そんな二人が私以上に傷つく事に辛い気持ちで一杯になる。


「加奈子ちゃん…これは年寄りの戯言だから気にしないでね。あの二人は、もう俺達や君達を超えてる。だけど、越えてしまった分には責任を負ってるんだ」

「責任を…負う?」

「上に立つ者は責任を負わなければならない。だから、その強さの分を使って、皆を守らなければならない。オークのリーダーをやった事がある俺だから分かるんだよ…生半可な気持ちで責任を軽んじたら、それこそこの前の勇者みたいな、あの惨劇になる可能性もある。少なくとも、あの時の錦治君の采配は、最小限の被害で済ませた方だと、俺は思ってるよ…」

「……っ」

「まぁ、これは俺の考えだから、だから…加奈子ちゃんの場合は、そんな二人を癒してあげれば良いんじゃないかと思ってるんだ」

「癒して…あげる…」

「そう、それが…あの子達の心の安らぎになると思うんだ。だが、その前に…そんな不安ばっかりしていると、お腹の子にショック与えて悪い影響を与える。今はポジティブに生きていかないとね」

「次郎さん…」


そんな事を言っていたら、後ろから花子さんも歩いてきた。

…お子さんが入ったお腹以外はプロポーション崩れてないですね。


「全く、そんな言葉を吐いて…口説くつもりなのかしらね?」

「ハハハッ、何を今更。今の俺は君一筋だって分かってるだろ?」

「ええ、勿論。でも、未婚時代だったら分からないわね…」

「そんなに情熱を捧げないで暮れよ…ちゃんと優しくするから」

「もぅ…加奈子ちゃん。次郎が言ってたけど、余り思い込まないでね。今必要な事は、あの二人を癒してあげる。それだけだわ」

「花子さん…」

「頑張ってね。可愛い後輩ちゃん。いくわよ、貴方」

「はいはい…じゃあ、また皆と後でね。加奈子ちゃん」


二人がそう言って腕組んで歩く様を見ていた私は、改めて考え直した…


錦治君と冴子さんの帰る場所…

それが、私…いや、私達がやるべき事…


そう思った私は、私なりの研究をするべきだ。


私の渇望というものがなんなのかを…!




―――――――――――――――――――――――




始まってから大体一刻が経過していた…


草原の大地には、無数の剣閃跡と拳跡が作られており、その一方で大地を抉った跡や雷が落ちて焦げた跡があった。


だが…俺と冴子、そして柝雷は全く息切れしてなかった。


「本当、段違いの強さになったね。父様、母様」

「戦闘に付き合うだけで驚異的にレベルが上がる。コレには驚くばかりだが…」

「だが、気を抜けば私達は一瞬で死ねる世界に、レベルは不要だ」


冴子の言う通り、祟り神相手にはレベルは不要。

そもそも、西園寺達勇者相手や魔王相手ぐらいならば、レベルは上げれば問題は無い。

だが…それ以上の相手となるならば、もはやレベルなんて関係ない。


もはや、生存競争で言うならば、滅私による死闘。

己を殺し、相手を滅するまで動く事すらも出来なくなる程の殺意のぶつけ合い、にらみ合い、そして一瞬で動いて膠着する。

それの繰り返しだ…


ほんの一秒も満たない一瞬の油断が生んだら、その時点で俺達二人の首は飛ぶか、もしくは潰れてなくなるかだ…


生憎、不老不死の特典を貰ったとはいえ、逆に考えるならば…


”死ぬ瞬間の痛みまで覚える”


はっきり言えば、それの繰り返しだ。

よくある不老不死の物語では、死ななくてラッキー程度だと思う奴らが多いが…

俺と冴子はこの時点を理解していた。


永遠に生き続けるとは、永遠に苦痛を味わう事になる。

決して、安らぎを貰えることは無い。

だが、それを了承してまでも、俺は…いや、俺と冴子はやらねばならないのだ。

俺を誑かして、黄泉の瘴気を送り込んだ黒幕を倒す。


恐らくは、それが最終目標だろう。



しかし、その前には…自分で生んだ厄神…つまりは祟り神を従属させ、俺の中にある創生の力を制御するのが目的だ。

冴子もまた、対となる光の創生も早々に扱えるものではない。


ならば、俺と共に力を上げなければならないのだ。


その為にも、まず最初であり指南役の柝雷を従属化であるが…


「んー…力に関しては私の三分の二ぐらいまでは追いついたんだけど、何かが…何かが足りないんだよね。父様には」

「ん?何が足りないというんだ?教えて暮れたら改善はするんだが…」

「そうだね…母様も含めて言うんだけど、圧倒的に人生の経験が足りない」


そういってきた柝の言葉に、俺達二人は首を傾げてしまった

その時に、柝雷は恥ずかしそうな顔をして、一言付け加えた。


「はっきり言うけど、父様と母様は若すぎる。いくらこの世界の神族から不死の特性を貰ったといっても、まだ18ぐらいしか生きてないでしょ。仮にも実体を持っていないとはいえ、2000年以上も生きてる私からすれば、まだまだ幼い赤ん坊と同じなんだからね」

「ぐっ…確かに…」

「というより、神様に年齢を言われてもな…」


そんな冴子の弱気な声に、柝は溜息をしてから話を続けた。


「いい?父様、母様。貴方達はこれから楽しい経験から辛い経験をずっと背負わなければならない。はっきりいえば私達以上に…正直に言うと、今のこの時代、この世界とは別の父様達の元の世界では一秒単位で命が消えて行ってる。それは私達八雷には辛い事でもある。ただ、それは自然の摂理ならば許せるが…しかし、理不尽に、しかも強者の都合によって命を踏み躙られて消えてきた者達を見て、私達は凄く怒っている。それは、父様以上に物凄く…伊耶那美の母様も、最初は自分の作った理通りだと思っていたが、この近年の異常な死には嘆いていた」

「あの伊耶那美神が…それは初耳だったな」

「それだけじゃない。その理不尽な死が増えて行く度に、私達の他にいる祟り神が…廃神となって現われ、不必要な死がどんどん増えて行き、逆に生まれる命が消え去っていく…これでは、世界の理が崩壊してしまうし、何よりも死を尊ぶ私達は怒りを覚える」


そう言いながら、柝は華奢と思える手で、爪を立てながら握り拳を作って、血が出ようとお構い無しに力を込めていた。

それだけ、怒りと憎しみが強いのだろう。


「不必要な死は、輪廻の理を破壊する。たぶん、父様母様と私達の最終目標は、その理不尽で不必要な死を作る奴らを封印、もしくは消去をせねばならないと、思ってる」

「柝…」

「だから、この程度で根を上げないでくださいね?」


柝がそういった瞬間、力を更に上げて迫ってきた。

だが…


「(分かっている…お前は既に俺達へ従属しているが、他の奴らを従属するまで力を付けさせるんだな…)」


あの中でも若輩者ながら、俺達を一番気遣ってくれてるつもりであろう。

ならば、親として主として、まずはこいつを力で物を言わせて置かねば。

そう思い、冴子と共に攻撃的な柝に目掛けていった。





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