第47話 黄泉津大神ノ胎動、禊払

あいつ等が来てから、もはや何がなんだか理解できなかった。


西園寺達と魔王軍が乱戦してる所に、私達が駆けつけて…

カールさんと西園寺がタイマンで押しのけて、後一歩で奴が逃げようとした矢先、あいつ等…あの天狗達と鬼達がやって来てから、全てがおかしくなった…


今、私が見ているのは…よくある冒険物の世界じゃない…


これはまるで、第二次世界大戦の戦争最前線みたいな戦争映画のシーンみたいだ。



何もかもが狂っている…圧倒的な暴力の渦を見せ付けられて、正気でいる奴などいる訳がない。


ただ、幸いにも…私達はまだ狙われてなかった。


ほんの一瞬までは・・・・・・・・


「皆…すまない…」


錦治がそう呟いた瞬間、私は悟った。

もうすぐ私達は皆殺しにされる。

そう覚悟をしたさ…


しかし、錦治は…あの時とは更にドス黒い物を放出させようと魔力を胎動させて、あの時以上の何かの怪物を生み出そうとしていた。


同時に、私の心臓が…音が響くぐらいに警告を発していた。


あれは…いけない…!

あんな命を削ってまで生み出す化け物は、自分にも危険を及ぼすと!!


「錦治!?それは駄目だ!!?」


私は咄嗟の判断で剣を突き刺して捨て、全身全霊で錦治を抱きしめて止めようとした。


だが、アイツの体から…八つの塊が飛び出して空に浮んでいた…


「ああ…駄目だ…それは…」


私はそう呟きながら、錦治の体が冷えてく感触を肌で感じ、それ以上冷やさない為にも強く抱きしめていた…


…今先ほどの錦治から聞いた詠唱の言葉は、古事記こじきに書かれていた言葉。

正直、勉強の出来ない私でも、古文現代文の国語には若干知識があった。

その中で、暇潰しに読んでいた現代語翻訳付き版の古事記を読んだ際に知ったんだ。

あれは…天地の父である伊耶那岐いざなぎが、死んで常世死者の住民となった天地の母である伊耶那美いざなみが眠る蛆が湧く腐乱した姿を見て逃げ出す際に、伊耶那美が怒りの余りに、自身の体生み出してしまった八つの雷の魔物を…


「冴子…冴子!!」

「姉御…!!しっかりして!!」

「お前ら…」


良子と直子が私に呼びかけながらも、冷たくなる錦治の体から離せなかった。

頭の中じゃあ分かってても、今の錦治を放すわけにはいかなかった。

思わず、私は声を震わせながら皆に言った…


「助けてよ…錦治が…どんどん冷たくなっていく…!」

「えっ!?」

「う、嘘でしょ!?」


その言葉に、他の皆も駆けつけ、しがみ付いていたフェイシャも錦治に触って、皆が冷たくなる錦治の体温を感じていた…


「酷い…死人みたいに!?」

「花子!加奈ちゃん!!急いで回復魔法を!!」

「わ、わかったわ!!」

「は、はい!!」


花子さんと加奈子の二人係で回復魔法を発動させるついで、良子とフェイシャも火の魔法で周りの空気を暖め始めていった。

だが…それでも、錦治の体温が中々戻らない…!


「さ、冴子お嬢様…コレはどういうことでしょうか?」


美恵が元の素に状態になって私に問いかけてきた。

…恐らくそんな余裕がないぐらい、焦っているのだろう。

私は、分かる範囲で全員に答えてやった。


「…黄泉津大神よもつおおがみ伊耶那美命いざなみのみこと

「よもつ…おおがみ?」

「冥府の神だよ…伊耶那美は、最初の古事記に書かれていた女神様で、二十一番目の火の神を産み落とした際に焼け死んで、冥府である黄泉の国…常世の国での最初の主神となった人。いわば死を司る神様なんだ…」

「なっ!?」


その言葉に、ギルバートさんが言葉を詰まらせていた。

そう…伊耶那美は、死神達を束ねる女神。

そういえば、一回錦治に進められて読んだ北欧神話の話で言うならば…

死世界ニブルヘイムの女王ヘルもまた、同じく死神達を束ねる女神であった。


だが、私から錦治から感じるのは、間違いなく黄泉の国に居る伊耶那美の瘴気。

全ての生物に死を与える穢れを放出しているのだ。


”意図的に、誰かが錦治を使って黄泉の渇望を放出させて…”


恐らく、あの女神無能者には出来ない。

ならば…その上にいる奴か、それとも下にいる奴か…

どちらにしても、危険な事は代わりはなかった。


そう考えるうちに、錦治から飛び出していた八つの塊は人の形になって…

うち四体は弾丸が飛び出る様に空を飛んでいった。


愛宕陣あたごじん千方衆ちかたしゅう大淫婦バビロン、そして…


「…?私達の所までは飛ばなかったな」


カールさん達四人の方へは飛ばず、その先の何かに向けて飛んで行った。

その方角には…新手の魔王軍が空気を読まずに援軍で来たのだ。


「糞っ!また魔王軍かよ!!」


魔王軍の飛行部隊が迫ってくるのが目に見えてきたのだが…

それも一瞬で終った…

八雷やくさのいかづちの内、大柄な大雷おほいかづちが空の上に飛び立ち、黒い閃光の雷を雲中に流し込み、魔王軍の飛行部隊を全部焼き殺したのだ。


「―――っ!?」

「じょ、上級魔物達が…一瞬で!?」


次郎さんが声にならない様な音を口に出して驚き、錦治を癒してる花子さんも言葉を詰まらせながら一瞬で殺された魔物達の光景に恐怖した。


それと同時に、八雷が同時に天を裂く様な咆哮を上げ、涙を流していた…

嘆き悲しみ、怒りを上げながら咆哮を上げている…


何故、我らを生み出した天地を生みしの母は死者であるか…


何故、我らは生者の命を奪わねばならないのか…


そんな声が聞こえてくる…


そうか、彼ら彼女らは知らないんだ…

元から死が根付く黄泉の世界にて、死んだ人間を黄泉津大神母親と共に裁き、縊り殺し、根の川に流して大地へと還元する…


愛我那勢命いとおしきわがなぎのみこと汝國之人草なのくにのひとくさ一日絞殺千頭ひとひにちがしらくびりころさん


愛しい貴方よ、貴方の民草を、私が一日千人を縊り殺しましょう…

それだけの怨念が持つほど、伊耶那美は愛する人に自分の醜態を見られた事に恥をかいてしまった怒り、八つの雷の魔物を産み、黄泉の住民達を引き連れて逃げる夫を捕まえて八つ裂きにしようとした。

そして、二度と会えぬとされた上に、黄泉と中国なかつくにを繋ぐ入り口を塞がれ、一方的に分かれた夫に恨んだ伊耶那美は、一日に千人を殺すと約束した。

夫である伊耶那岐も、怒りの余りに一日に1500人生んで見せようと対峙し、物別れで終ってしまった。

これによって、日本の世界に生と死の概念が生まれたとされる話だ…


しかし、それは夫婦二人の喧嘩であって、子ども達は巻き添えとしか言えない。


況しては、黄泉で生まれた子ども達は、最初から黄泉路に流れ着いた人間を…

一人づづ殺して流していかねばならない…



ゆえに、天上楽土の世界から中つ国へ降り立ち、黄泉へと流れ、大地に帰る…


終焉を見届ける者達だからこそ、意図的に殺し、理不尽に殺される事に悲しみ、怒り、嘆くのであろう。


彼らは吼える…


全てを終わらせる為に…


だが、それも抗う者はいる。



「舐めるな、この化け物風情が」


天風愛宕あまかぜあたごが、ゴミを払う程度で小柄な柝雷さくいかづちを神通力で払おうとした。

だが…


”―――滅”


柝雷がそう呟いた瞬間、天風の神通力の何倍もの威力で返し、愛宕陣の天狗の半分を吹き飛ばしてしまった。


「なっ…!?」


余りの倍返しに、天風自身も驚きを隠せなかったのだろう。

同時に、我が子等を殺された事により激昂したらしく、柝雷に向かって突撃し、八つ裂きにしようと飛び出した。




次に、大淫婦バビロン

こちらは、火雷ほのいかづちが山田だった死体の人形を焼き尽くし終えたらしく、次の猿渡の死体で出来た合成人形を焼き尽くそうとしていた…


「やはり黄泉の祟りには叶わぬというわけですね。これは主様に報告が出来そうですわ」


そう言いながら、部下の女悪魔達と共に火雷を含め、八雷を観察していた…

あいつ等、余裕があり過ぎだろ。

が、今の状況では、私はどうする事も出来なかった。



最後に、千方衆ちかたしゅう


「こりゃあ…お嬢にどやされるどころじゃないな」


歌舞伎役者みたいな風来坊の鬼の頭領は、目の前にいる部下達が黒雷くろいかづちに手も足も出せずに、一方的にやられていた。

四人の鬼がそれぞれの暗殺術、幻術を使って迫ろうとするも…

黒雷はそこには居らず、まるで時間停止して迫るかの様に一瞬で近づいて行き、文字通りに瞬く間に鬼達を黒い炎と雷で焼いていった。


「だがまぁ、退屈はせんで良いかも知れんな」


そう言いながら、頭領の男は同じ様に迫ってきた黒雷に対してビビリもせずに、拳一つで振り払っていた。





その一方…


「お、俺達を守っている…?」

「他にも、逃げ惑ってる人間を守っているの…?」

「み、みんな!あそこに転がっていた非道勇者達も守ってるよ!!」


残りの若雷わかいかづち土雷つちいかづち鳴雷なるいかづち伏雷ふすいかづちの四体は、皮肉にも私達や逃げている一般の人間達、そしてあそこで瀕死の体で転がってる西園寺達を、天狗や鬼達の銃弾や天災による余波から、身を徹して守っていた。


…いや、天狗達と鬼達の攻撃、大淫婦達や魔王軍の残党の攻撃もついでだと言う様に見えた。

本質的な何かから守って…



「…ぁ!?……ぁっ!?」



私だけ・・・が認識し、気付いてしまい、顔を青くしてしまった。


錦治から漏れる黄泉の気に待ち焦がれていたと言わんばかりに、アンデッドとは違う常世の住民達が這い出て、生あるもの達を自分達と同じ常世の住民にすると言わんばかりに襲い掛かっていたのだ。


だが、残りの八雷の四体が、奴らから守っていたのだ。

不易な不殺生を嫌う彼ら彼女らからすれば、それは禁忌だと言わんばかりに…


「錦治…お前、馬鹿野郎…何時も自分だけ命を張りやがって…」


何時もだ…何時もそうだ…

この世界に来る前から、お前は何時も真っ先に汚れ役を引き受けるばかりだ。


私が知らないと思っていたか?


お前がひっそりと、私達を守る為に…本気で危害を加えようとした奴らを…

事故と見せかけて始末していたのを…


お前の手が…蓮以上に真っ赤に染まっていたのだって、知っていたさ…


少しは背負わせろよ…お前の苦しみ、怒り、悲しみを…!!


私がお前を傍にいてやるからさぁ!!



その時、私の中にあった魔力の胎動が始まった。

…ああ、そうか…私の思い…私の欲…私の渇望はこれだったのか。


そう分かった瞬間、私は錦治を深く抱きしめてあげ、頭の中に流れてくる言葉を口にしていった。



「”愛しき貴方よ。どうか、こんな仕打ちをした事を許してください。光も届かない地の深き根の国へと閉じ込めてしまっても、貴方の事を愛していた。貴方が一日千人殺してみせようと怒り申した時に、私は怒りの勢いで産屋を建てようと申し分かれたことに後悔していた。どうか、愛しき貴方よ。もう一度、私と共に光ある天地へと戻りましょう…そこには自立した我が子生と死があるから…”」


渇望が具現化する…錦治達はそういっていたな。

ならば、今の私には…不浄を払う光となれる…

誰かが言ったじゃないか、昼と夜は混ざらないけど、共に回り続けるって。

そう願った時、私の創生が発動した。


「”創生…。禊祓みそぎばらい天照大神あまてらすおおかみ”」


創生魔法が放たれた時、私と錦治の周りに光が包み込まれ、錦治の中から出る黄泉の気を優しく抑えていった…


同時に、錦治が元の生きた人間と同じ体温を感じてきた。


「錦治…良かった…」


その言葉を最後に、私と錦治は倒れてしまい…それと同時に八雷達も錦治の中に戻り、全ての悪夢が終わりを告げていた…




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る