第41話 生と死の概念

その日の夜…

橋を無事に通過した俺達は近場の森林へ寄り、そこで野営をしていた。

このまままっすぐ行けば、確実に王都へと辿り着くだろう。

そうなれば、確実に戦いになるであろう。

もはや、顔がばれている俺達からすれば、今更人化の術を使ったところで、直ぐに衛兵が駆けつけるであろう。


それはギルバートさんから教えられていたからだ…


「さて…キンジよ。一つ問いたい事がある」

「何でしょうか…?」

「この戦いに、意味はあるだろうか…?先ほど、フローゼやシャルトーゼと共に話していたのだ…あの魔王軍の演説は、まるで人間ではないか…と」


その問いかけに、俺は少しぐぐもっていた。

…恐らく、この世界の人間は、魔物は知性の無い生物で、魔族は野蛮な悪としてみていたのだと。


だから、俺はこう返してやった。


「…人も、魔も、亜人も…全部同じですよ。それぞれの種族に、家族があり、信ずるものがあり、感情もある…はっきり言って、人間と変わりません。現にリザードマンとなってるギルバートさんは、二つの種族を経験してるではありませんか?…その点を考えるならば、答えは出てます」

「そう…だな…本当、君には驚かせられるばかりだ。…私は、20と数年間を生きてきたが、君みたいな何事も見通す様な異世界人は始めてだ。教えてくれないか?君の中にある価値観と、我々の価値観はどう違ったら、そうなるのかを…」


そんなギルバートさんの問いに、俺はまず問いかけて言った。


「まず、一つ聞きますが…死とは何ですか?」

「いきなりキツイ一言だな。…死とは、我らの光の経典から言わせるならば、死は終焉。全ての終わりで、神の世界へと迎えられ、永遠の祝福を受けるか、地獄に落とされて、永遠の苦痛を味わうかだ」

「原罪処罰と言うわけか…一神教の宗教的価値観が強いですね。逆に、生とはなんでしょうか?」

「生とは、神が新しく命の雫を地上に落とし、祝福を受ける事。祝福を受けた生命は神のために捧げる事である…と、教えられたな。では、キンジの中での生と死はなんだ?」


質問に答え終えたギルバートさんに、俺は迷わず答えた。


「俺の中にある死とは…安息なる眠りです」

「安息なる眠り…だと?」

「ええ。全ての生き物にある生と死は、目覚めと眠りを繰り返しているのです。死を迎えた魂は、一度常世の国へと向かい、そこで生前に行なった行為を裁かれます。善行を行なった者は、次の新しい生が来るまで眠り、悪行を行なった者は罰を受け続けながら悔いを改め、再び新しい生が来るまで眠り続けます。そして、新たな生を受けた魂は目覚め、一つの命として現世へ降り立ちます。つまりは…全ての命が輪となって巡っているのです」

「全ての命が…輪になっていると!?」

「ええ。それこそが、輪廻転生…現在、過去、未来を全てにおいて、輪廻が巡りあわせ、全ての命が育むのです」

「なんと言うことだ…もし、それが人間至上主義である王国や帝国、況してや…魔物の長である魔族達が聞けば激怒するぞ…!?」

「でしょうね。一つの神でしか信仰出来ない種族としては認めたくない価値観でございましょう。…この俺の価値観もまた、剣の師匠である俺のじっちゃんが、教えてくれた事ですから」

「本当、君のお爺様は凄いお人だ…宗教家でもないのに、何処からそんな宗教的価値観を持ったのだろうか」


ギルバートさんは驚愕しながら、俺のじっちゃんという人物に興味を持ってきたようだ…

ついでだから、じっちゃんの過去の話でもしようか。

そこで隠れている蓮とフェイシャを含めて。


「そうですね。一つ、長い話になりますから…蓮、フェイシャ。こっちに来な。立ち話はキツイだろ」

「あちゃー…ばれていたか」

「いくらアラクネ式の気配隠れとはいえ、無理ですよ…レン師匠」


そんなぼやく二人をあわせて囲みながら、話を続けていった。


「俺のじっちゃんが、本格的にこの宗教的価値観を持ち始めたのは…若い時にあった二度目の世界大戦に最年少として軍に徴兵されたからかな」

「ああ、あの話ね…兄さん…」

「そうだ。第二次世界大戦…日本では太平洋戦争の頃だ…じっちゃんは、当時15歳で戦争の最前線に参加された」


その言葉に、ギルバートさんは驚きを隠せなかった。

…騎士団にも少年兵はいるはずだが。


「馬鹿な…15で戦争の最前線だと…!?いくら騎士団でも神学校で勉学中の子どもぐらいの年齢であるはずの子を戦争に出すとは、どういう事だ!!」

「当時は仕方がなかった。一度目の世界大戦で浮かれていた昔の俺達の国は、拡大しきった前線を維持する為に全国民の男達を徴兵し、大人の数が足りなくなったのだ。そこで、軍の司令部は目を付けたのは若い男子学生までも徴兵、じっちゃんもまた同じく、当時の学友達と共に徴兵された…」

「キンジさんが人間だった時の世界の過去に…そんな悲惨な戦争を…」

「しかもだ…じっちゃんが配属された部隊が…神風特攻隊だったからな」

「特攻隊…?どんな部隊なんだ?」

「飛行機という、空を飛ぶ機械の乗り物に乗って、乗り物に搭載された爆弾と共に敵の武装した船に突撃して自爆する、二度と生きて帰れない部隊です」


その言葉に、ギルバートさんとフェイシャは言葉を詰まらせた。

飛行機は分からなくても、爆弾を抱えたまま敵陣に突撃して爆発して来いなど、狂気の沙汰としか言えないからな。


「その戦争では、最初はそんな攻撃部隊を作らなくても良かった。しかし、開戦から15年という長い年月によって疲弊し、満足もいかなくなり、次第に敵国に押されて、自国の本土にまで毎日爆弾の雨が降り注ぐ時代になってから、焦った軍部は狂気に走り、弾も爆弾も消費させるぐらいなら、人間の命を使い敵を撃滅させると言う恐ろしい作戦へと辿り着いた。それからが…敵国の船に飛んでいく若者達に、片道の機械の燃料と、敵の船を破壊する一発の爆弾のたった二つだけ乗せた飛行機で出撃された…」

「なんと言う事だ…だがらか、キンジが言う…あのようなえげつない作戦を…思いつくと言う原点が…」

「ええ。俺達、日本人は追い詰めれば追い詰めるほど、相手にとって狂気だと呼ぶに相応しい戦争方法が出てきたのは…無論、最初から特攻で死んだのが、若い子達ではなく、大体35歳ぐらいのベテランの兵士達であった。そして、じっちゃんが配属された時は、終戦まで約10日前だったからな…」

「爺様は運が良かった方だった…あと一歳上だったら、この世に居なかったと言ってたぐらいだからね…」

「ああ。して、その時に特攻する人達が言ってた。『俺達が死んでも、お国の為に命散らすのは誇りである。死んで靖国へ行き、戦争の無い来世で会おう』…と。靖国とは、当時その大戦の戦死者達を奉る神社であり、そこから死後の世界である高天原と黄泉へ行き、次の戦争の無い現世で会おうと約束した…。無論、ギルバートさんと同じ宗教的価値観を持つ敵国の人間の者からすれば、とてもおぞましいものであったのでしょう。そもそも、その時の敵国の戦力はこの世界で言う帝国と同じぐらいの広大な軍事力を持つほどの国力があった」

「いや、私が所属していた王国の軍隊なら、まず戦いたくは無い相手だぞ…」

「でしょうね。無論、開戦直後の技術力は敵国よりも上回っていたが、資源の差による物量作戦には勝てなかった上に、長引いた結果での技術向上で、虫の息に等しいでしたからね。だが、相手の敵国はそんな現状で舐めてきた所に、この特攻隊の自爆で大混乱が起きましたからね。死が終焉と言う概念を持つ、国の人間からすれば、自殺は大罪ですから」

「だ、だな…して、そのお爺様は結果として生き残ったと?」

「ええ。配属して10日後に、たった一個で十数万人の人間を焼き殺す爆弾を一般市民がいる都市に二個も落とされた事で国の軍部が無条件降伏し、敗戦という形で戦争が終結し、じっちゃんが配属されてた部隊も解散させられ、家に帰されました…たった一人で」

「ちょっと…待ってください。お爺さんには、友達も居ましたでしょ?」


そんなフェイシャの問いに、俺は首を横に振った。


「僅か十日の差で、友人は16歳として飛んでいき、二度と帰らなかった」

「そ、そんな…」

「当然、じっちゃんからこの話を聞く時は何時も言っていたさ。何故自分だけ生き残ってしまったんだと…だけど、その後にもこう言っていた。生き残ってしまった分は、あいつ等の還る場所を守ろう…と。故郷に帰ったじっちゃんは師範であった亡き父親…俺の曾爺さんに当たる人が持っていた道場を引き継ぎ、剣の道を究めながら、仏教の教えや神道の教え、生と死を奉る宗教概念を学び、自分の信ずる物を究めながら、裏の仕事として人も殺めていた」

「但し、殺めると言っても、悪人しか殺めなかったからね」

「ああ。そして、その自分で究めた教えを、俺達孫にも教えていたんだ」

「なるほど…キンジの中にある生と死の価値観はそこから来てたのか…」

「そのじっちゃんの宗教的価値観の上にて、俺は西園寺の一族を見て、一つの考えが出たのだ。全ての命が巡り回っている。それを理不尽に破壊して、自分勝手な理由で命を刈り取るとは何たる事か。ならば、俺はそんな理不尽にて、簡単に命を奪う事は決して認めない、許さない。軽々しく自他者の命を粗末に扱う者には常世の使者を呼び断罪し、命を略奪された者には輪廻の輪を持って、来世で出会う事を約束すると宣言しよう…と。元の世界と、此方の世界での、身勝手な戦争によって、必要以上に理不尽に命を落とす者達を見て悲憤した結果の下で生まれたのが、俺の創生です」


その俺の言葉に、後ろで隠れていた他の学生組と原生亜人達がゆっくりと出て、俺を見ていた。

そして、デュミエールから口を開いて答えてきた。


「それが…キンジ様の渇望でございますね」

「ああ。何も戦争などの闘争本能を否定するものではない。ただ、俺達の元の世界の住民によって、遊び感覚で現地人を必要以上に殺したり、忠義の為だと言いながら現地人を粛清もしくは奴隷として粗末に扱う奴らに悲憤してるのだ」

「で、でもよ…錦治。普通、元の世界の方や価値観なんて通用しない相手なんだぜ?なら、多少は…」

「それが遺憾と言ってるのだ、直幸。逆に言うが、もし俺達の元の世界で…、こちらの世界の住民が俺達と同じ加護を受け、俺達が知っている人間達が虐殺されたら、どんな気持ちだ?」

「あっ…ごめん…」


流石に、今の俺の答えに、他の皆全員が沈黙するぐらいに堪えた様だ。

特に学生組は浮かれていた事に気付き、落ち込んでいた…

そんな中を、ギルバートさんは口を開いてきた。


「完敗だ…まさか、若輩な年齢でここまでの信条を持っているとは、大物だと言わざるを得ない。あの勇者の小僧みたいに自分勝手な人物で人を殺める奴だと思った時点で見限ろうと思っていたが、私の完全な見当違いだった」

「ギルバートさん…」

「キンジ。もしも今の王があの勇者の小僧しか信じず、民を道具としか認識せず横暴を繰り返す愚王と判明した場合、私の剣はお前に捧げよう。それぐらいの…器はお前にある…」

「…改めて、そのお心遣いには感謝いたします。ならば、俺からの願いは一つ。どうか、我が道と共に…親愛なる戦友よ」


改めてのギルバートさんによる忠義に対し、俺は彼に親愛なる戦友とし、信ずる事にした…






翌朝…

火守の焚き火を消し、改めて森林から出て王都へと竜車を向けて出発した。


だが、王都が目前に迫った時…俺達は改めて、この世界における戦いの洗礼を受ける事になった…



魔王の連中、勇者の西園寺の一派、国を属さない亜人の長である俺達の他にも、『王』の素質を持つ連中が派閥を作って動乱を惹き起こしていた事に…





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