第32話 堕落ノ果実ト怒リノ風

ダークエルフ達の動きは尋常ではなかった。

一息の乱れも無く弓矢を放ち、緩急をいれずに次々と魔法を打ち込んできた。


「くぅ…!ぜ、全然…余裕だっつーの!!」


それでも、冴子が発動する”不屈の鉄壁”による結界によって、ダークエルフの攻撃は全て阻まれてはいたが…それでもかなりの衝撃を受けていた。


だが、俺達も負けずに応戦し、蓮とシャルトーゼがアラクネの糸を使いながら、ダークエルフ達の動きを抑制し、加奈子と良子の二人で蓮とシャルトーゼを援護しながら牽制し、俺と直子と美恵の三人でダークエルフ達を各個撃破していた。


直子と美恵は通常魔法での砲撃であったが、俺の場合はドワーフの町で見かけた火薬式の大筒を購入し、遠距離用の武器として使い始めてみた。

思ったより反動がでかいものの、本来なら両手で掴んでしゃがんでから引き金を引かないと、通常の人間ならば反動そのもので腕が骨折するが、トロールである俺にとってはそれほどの衝撃にもならないぐらいに丈夫な筋力がついてるため、殆ど中腰状態の両手持ちで連発出来るぐらいに慣れて撃っていた。

…昔、戦争映画で見た戦車を打ち抜く狙撃銃を思い出したが、アレとどっこいと思うんだがな…この大筒。

そんなわけで、省エネな通常攻撃魔法がない俺にとっては、便利な代物である。

良子も似たような大筒を扱おうとしてみたが、余りの筒の反動についていけず、断念してコレよりも小型な小筒を改良して扱っている。

弩よりかは遥かに性能の良い、この火薬式の筒には感謝してる。


そんな強力な火薬を武器にしてる俺達に、ダークエルフ達は被害を拡大し始め、中には俺の大筒で重傷を負って地面に倒れて動けなくなっていた。

だが…それでもダークエルフ達の猛攻が止まなかった。


「ねぇ…錦治っち…ダークエルフ達の顔を見たけどさ…あいつ等何かおかしい。全員、意識は無い感じで…なんかやばそうな感じがするんだけど…」

「言われて見ればな…蓮!ダークエルフの一体をこっちに!」

「了解!兄さん!!」

「お手伝いします!レンお姉様!!」


蓮とシャルトーゼの掛け声と共に、拘束していたダークエルフの一体を俺達が見えるぐらいの場所へ落としてみたら…とんでもない事が分かった。


「…!?こいつら…クスリでラリってやがる!?」


直子の一声に、皆が驚愕を隠せなかった。

その瞬間、ダークエルフ達が一斉にゼンマイが切れたかのような動きになり、涎をダラダラと流しながら、弓を構えてきた。

そう、まるで薬物が切れた人間が刃物を持って襲ってくるような感じに。


「あーあ…私のハーブの効果が切れたようだな…急激な中毒者ジャンキーは壊れやすい。全くもって使えないものだ…」


そう言いながら中毒ダークエルフ達の中から、メガネ掛けたガリ痩せの女エルフが現れ、俺達の前にニタニタしながら出てきた。

しかも、こいつは見覚えがあった…


「A組の後藤弥生ごとうやよいか…」

「ご名答。落ちこぼれのE組の諸君。どうかね?私が研究を重ねて作り上げ、禁制ハーブの中毒になった土人ダークエルフ達の顔は?」

「ああ、実に最低な顔だ。本当、今すぐでも貴様をぶん殴りたい気分だ」


俺がそう言うや、後藤は高貴なエルフの容姿に合わない下衆な笑い方をしながら、のらりくらり歩いて薬漬けされたダークエルフを蹴飛ばしていた。


「なーにが、闇の眷属となった高貴な一族だ。こんな簡単にクスリ一つ炊いてやるだけで、頭がすっからかんになって私の操り奴隷になるとは…やはり、西園寺様のお言葉通り、この世界の土人には何も期待は出来そうに無い…が、生産奴隷になる価値はある。それだけは出来ましょうなぁ。だが…」



そう言いながら、後藤はメガネを正し直して、俺達を睨みつけてきた…


「貴様らオークやゴブリンと言った怪物如きや、ドワーフ如きの屑亜人など、我ら”光の改革”に従う存在でもない!!よって、私がこの世界に持ち込んだクスリの中毒にならない奴隷として購入した亜人達全ては殺処分してやったわ。残って余り物であるエルフとダークエルフだけは薬漬けにし、一部はこの王国に謙譲した後は全部足がかりとした帝国に送ってやったわ…ケケケケケケ」



下衆な笑い声が木霊する前に、美恵が先陣を切って闇の魔力を解放してきた。

無論、俺と冴子以外にはまだ本性を見せた事が無い使用人状態で。


「黙って聞いていれば…やはり西園寺一族とは縁を切って正解で御座いました」

「み、美恵…さん?」

「加奈子様を含め、皆様はここはお下がりください。この様などうしようもない屑を放置するわけには行きません。私が一掃して差し上げます!!」


そう言って、美恵は両手に溜まった魔力を扱い始め、創生魔法を使い始めた。



「”祖は汝の命を向ける。冥界と現世を繋ぐ三途アケロンの川に住む死神ハデスの眷属の橋渡カロンに命ず。かの者を冥界に誘え。おお、歌姫ペルセポネの声が聞こえる。死の使いの笛吹男ハーメルンが汝達を冥界を招き、そこで安息を約束をするであろう…故に、汝らよ。今永遠たる眠りを授けよう…創生…!疾走する馬車ガロッパーレ冥府への誘いインフェルノ”!!」


詠唱を終えた美恵の手から大量の闇の魔力がダークエルフ達を襲い、あの巨人族みたいに包み込んで溶かし、大地へと消えていった。

しかし…


「創生魔法…やはり、貴様らも使えるのでしたか…だが、愚か」


闇の魔力は、後藤に直撃せずに掠めるだけに留まり、無効化されてしまった。


「そ、そんな…!?」

「こんな創生、相性の関係で相殺すれば問題はなし。どんなに正義を振り翳した闇でも、邪聖の光の前では勝つことなど出来はしまい。西園寺様一族に雇われて解雇された元使用人如きの力など、所詮そんな事も理解出来はしまい。だが…」


そう言いながら、後藤は美恵とは違う禍々しい光の魔力を出して、詠唱を始めてきた…


「”人、皆は全て幸福と言う夢を目指す。だが、努力などはせず、楽を選びたい。ならば、我が幸福たる奇跡の果実を以って、皆を幸福しようぞ。…創生、堕落の果実ドゥオルオ・シュエグオ粛清の宴スーチェン・ヤン”!!」


後藤から光る魔力が香の煙の様に流れ、周辺の木々を枯らし回り…見たことが無いような草を大量に生やしていった…

たぶん、嫌な予感をするには…あの草達は麻薬植物だ…


「くっ…この空気は…冴子!!」

「わ、分かってるが…力が…入らない…!!」


的中してしまった…

今は中毒症状は出てないが…皆、後藤の創生魔法の毒の所為で動きが鈍くなり、まともに戦えそうに無かった。


「も、申し訳ありません…錦治様…冴子…様…」


特に一番被害を受けていたのは美恵で、中毒はまだ出てないものの…前に出ていた影響で倒れてしまった。

幸いにも、意識は完全に失ってはいなかった。


「美恵…!?糞…後藤…めぇ…!!」


俺は何とか意識を保ちながら、美恵を抱きかかえたい所だが…

俺もまともに思考が保てなくなってきた…


その瞬間、森中に強風が吹き始め、麻薬植物の甘ったるい空気を一掃し、寄生発芽していた木々を切り刻んでかき消していった。


「な…わ、私の傑作が…!?」


後藤が枯れた老婆みたいな悲鳴を上げながら狂乱をしていた。

元の空気が流れてきた事により、意識を戻した俺は目にしていたのは…

風を纏う直子の姿であった。


「…美恵っち、いや、美恵さん。起きてください」


なんとか意識を取り戻した美恵は、直子の言葉に従う様に起き上がり、直子の側へ歩いていった。

その瞬間、直子は美恵にビンタをし、涙を漏らした目でキッと美恵を睨んだ後、背負っていた自分の子どもを預けてきた。


「美恵さん、後で沢山話したい事がありますが…ここは私に譲ってください」

「直子…様…?」

「様はつけないで!…あんな連中に従っていた、目の前の屑女みたいな金魚の糞の連中が媚び売る丁寧な言葉なんて…聴きたくない。普段の貴方が呼び捨てしている様に頂戴…私達家族なんだから…」

「申し…いえ、すみません。直子…さん」

「性分なのね…とりあえず、あかりを引き取って後ろに下がって頂戴。この屑女は私に始末させて。お願い…」


そう言いながら、直子は徐々に怒りを解放させながら、未だに混乱をしている後藤の所まで歩いていった。

そんな直子を、美恵は手を伸ばそうとしていた所を、俺は美恵の肩に触れて、止めて置いた。


今の直子の怒りは…俺が手をつけられるものじゃなかった。


「…美恵」

「な、何でしょうか…?」

「後で、きっちりと話してもらうわ。錦治君と冴子からも」


良子はそう言いながら、美恵に釘を差しながら言って、俺達に視線向けていた。

…やはり、それぞれの隠し事を言わなかった俺が原因だな。


「錦治…拙い事になったな…」

「ああ。だが…この際だから、蟠りを消す機会になったかもな…冴子」

「…レンお姉様、一体何がなんだか分かりません」

「何か秘密があるかもしれないな…僕達異世界に入った人間に…」


各自、それぞれの思惑を抱いてはいたが…今は目の前の二人に専念する事にした。

正直、あの神だけが行なわれている所業ではない事は、俺自体にも大体分かってはいた。

この先も波乱がありそうだ。



「ねぇ、ヤク中のエリートさん。そんなに慌ててどうしたの?」

「貴様ぁ…貴様の仕業か!この出来損ないのちびの癖に!!よくも、私の作り上げた傑作と創生を潰してくれたな!!」

「傑作ぅ?創生ぃ?何勝手にほざいてるんだよ!このガリ痩せ女!!てめぇの様な他人を弄んで蔑む屑が私は一番大っ嫌いなんだよ!!」

「ほざけぇ!ていうか思い出したわ…あんたぁ、父親がヤクザの関係で何時も学校で苛められていた可哀相なガキだったわ。よくもまぁヤク中父親に暴力を振るわれながら生きていたわね…」


やばい。

後藤の奴…直子の一番踏んではいけない地雷を踏みやがった。

無論、直子は怒りを通り越して…ニッコリと微笑んでいた。


「それが…どうしたのかな…?糞ヤク中処女が」


そう言って、直子は詠唱せずに風刃ウィンドカッターを繰り出して、後藤の腕に放っていった。

だが、咄嗟の回避で後藤は直撃を避けたものの、直子の風刃の範囲は予想に反して大きく、腕を軽く引き裂いて血飛沫を上げていた。


「ひ…ひぎゃあああああああ!?」

「豚みたいな悲鳴を上げちゃって、エルフの癖に生意気だね。糞女が、あんな屑の親の事を思い出させやがってボケが!毎日、中毒者ジャンキーに売りさばきながら他人の不幸の蜜を啜っていた親父の事をベラベラと喋りやがってぇ!」


直子は更に激昂しながら、次々と風刃を繰り出してはいたが、後藤も負けじと、咄嗟の地属性の結界を張ってはいたが、土くれの結界に風の猛攻には耐えれず、ボロボロと崩れては衝撃の余波で切り裂かれていた。


「がはぁ…!!こ、この犯罪者の子どもが…死ねよ…ゴブリン如きに落ちた…人間が…高貴なエルフである私をここまでにしやがって…」

「何が高貴よ!てめぇみたいな屑の所為で、ダークエルフの連中を不幸にさせておいて、それで高貴だ!てめぇこそが犯罪者よ!!てめぇみたいな糞女の下で、生まれた子どもの場合、どれだけ不幸か分かっているの!!何も悪い事をしてないのに、ずっと犯罪者の子どもだと苛め続けられ、母親からも要らない子と扱われた私の気持ちなど、あんたみたいなクスリをばら撒く女には一生分からないわ!!」


そういって、直子の体からは放つ怒りが魔力へと変換され…魔力は罪人を裁く光の風へと変わっていった…


「”ああ、私は願う。この地に汚す大蛇ヨルムンガントを裁く為の怒りの風が吹く事を。大蛇の毒によって、穢れ狂い叫ぶ咎人とがびとに裁きの鉄槌を。大蛇には、戦乙女ヴァルキュリアの振り翳す刃により、引き裂かれて深淵へ沈めよ”」


荒れ狂う風は強風へと変わり…後藤の周り囲んで行き、後藤を切り刻もうと今かと待ちわび続けていた…


「”創生…!!怒りの強風ラース・ゲイル愚者へ与えし罰パニッシュメント!!”」


直子から解き放たれた刃の塊となった風達は、後藤をバラバラに引き裂いて行き、後藤を全身血だらけの肉体へと変えていった。

…五体満足だったのは、後藤が張っていた結界の所為だろう。

だが、既に虫の息に等しいものだった。


それでも、直子は後藤にトドメを刺そうと魔力を放とうとしていたが…流石に見て居れずに、俺が直子の肩を引いて抱きしめてあげた。


「もういい。もうこれ以上は止めて置け。お前の怒りは十二分に理解した…」


その瞬間、直子は怒りから悲しみに転じて、大きい声を上げて泣き出し、俺の腕の中で泣き続けていた…


一時泣き続けたら、大分落ち着いたのか直子は俺の腕から離れ、美恵の所まで歩き、眠っていた我が子を返して貰い、抱きしめていた。


「…この子もだけど、錦治さん達を不幸にさせたくはない。絶対にいらない子だと言わせない…そう願い続けたいわ」

「直子…ごめんなさい…」

「西園寺と縁を切ってるという言葉は信じてあげる。その代わり、もうこれ以上の隠し事は無しにしてね。錦治さんも、姉御も…」

「…ごめん、直子」

「下手に話して拗れさせたくなかったからな…そこを配慮しなかった俺の責任だ。許してくれ…」



俺がそう言うと、直子は首を横に振っていた。


「配慮していたのは知っていたよ。でも…」

「分かってる…良子、加奈子…済まない」

「錦治君…頭上げて。…今は、目の前の後藤の始末を考えましょう」

「そうだよ…錦治君。直子ちゃんや美恵さんの事などは、森を出てから考えよう」

「そうだな…」


二人が言うように、今は後藤の後始末の事を考えよう。

このまま後藤を生かしておいても、この場所を変えて他のエルフやダークエルフに被害を与えかねない。

少なくとも、潰しておかねば…


そう思って、俺は大筒に弾を込めて、引き金を引こうとしていた…


だが、その時であった。

森の奥から爆発が起こり後藤の後ろにはクレーター状に木々が吹き飛ばされ、中心地には巨大な甲冑を着込んだ3mばかりの巨人と、巨人の肩に娼婦の様な衣装を着込んだ女悪魔が座りながら、俺達を見ていた。

…女悪魔の姿をよく見ると、西園寺の取り巻き十人集の一人、A組の国塚萌くにづかもえだ。


「無様ね、後藤。そんなんでは勇助様のお力にはなりませんわ」

「く…国塚ぁ…貴様何しに…」

「勇助様から言われましたの。後藤を回収しろって。”再教育が必要だと”」


国塚の言葉に、後藤は「ヒッ!?」と声をあげ、ガチガチ口を噛みながら怯え、体を震わせていた。


「ですが、貴方はまだ死なれては困りますからね。エルフ達の薬漬けには、貴方の薬学が必要ですから…そうですね。少なくとも、被検体を五人ほど産んでいただきましょう」

「や…くぅ…し、仕方ない…だが…!!」

「ええ。リベンジの機会は与えますわ。生きていればの話ですが…」


後藤とのやり取りを終えた国塚は、今度は俺達のほうへと目線を合わせてきた。


「お久しぶりですわ。E組の皆様…特に、錦治様。相も変わらず不良もどきな事をされておられますわね。…一度、西園寺の一族に戻られませんか?」

「戻る?冗談じゃないな。あんな奴の下で生きるなど、真っ平御免だ」

「そうですか…我ら”光の改革”よりも、そんな落ちこぼれ集団の方が良いですとは…魔王の手先となったB組の連中よりも賢くは無いですわ」

「そうかい。なら、さっさと後藤を連れて消え失せろ。お前の目的は後藤だろ」

「ええ、そうですわ。ですが…貴方方の創生魔法と言うものを、恐れながらも見させて頂きましたわ。しかし、まだ期待できそうも無いですが…」


国塚の台詞を聞いて、俺はもしやと思った。

こいつらはおろか、西園寺の奴も使えるのか?


「とりあえず、初期段階までしか成長してないとだけで脅威ではないと、勇助様にお伝えいたしましょう。無価値ではないが、相手にする価値ではないと」

「なんだと…?」

「では、御免遊ばせ。落ちこぼれのE組の皆様方。狂戦士バーサーカー、飛びなさい」


国塚の一声に、巨人は咆哮を上げながら後藤と国塚を抱きかかえて、持っていた二振りの巨大な曲剣をプロペラのように回して飛び去っていった。


「な…あ、あんな巨体でヘリの様に飛んで行った…!?」

「非常識にも程があるわ…!?」


そんな光景を目の当たりにした俺達は、茫然として見上げていた…



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