第28話 ドットマジェスティ エピローグ
黒子の意思がぼんやりと戻っていく。
背中に伝わる柔らかい感触。
白い天井。
差し込む日光。
ダンジョンの外、ここは……病院か。
「黒子」
駿河の声がした。
ベッドの側に座って、嬉し涙を流していた。
「駿河さん……」
「よかった。目を覚ましてくれて」
「あれ、私……」
「戦いで気を失って、ここに連れてきたのよ。私も入院してたけど、もう平気」
「入院って……」
「もう5日も」
そんなに。
黒子はうっすらとした記憶を辿り、状況の整理に努めた。
デストームクリーナーでシンヤを撃退したあと、応急キットで傷口を塞いだのは覚えている。
そこから先は、なにも思い出せない。
おそらく、そのまま眠ってしまったのだろう。
「あの人たちは……」
「私も途中で気を失ったけど、覚えている限り話すわ」
駿河はヨルヨを倒した後、残る部下たちを一掃した。
もう立ち上がれない。
それほどの疲労感に襲われたとき、奥の通路からシンヤが現れたのだ。
横っ腹を抑え、ふらついた千鳥足で、視点も焦点が定まっているのか不明な状態。
唇も青く、全身から汗が吹き出ていた。
「つ、使えない妹め。どこまでも、役立たず」
幻覚により精神が壊れ、豚になったヨルヨを抱えた。
逃すわけにはいかない。駿河は最後の力を振り絞って立ち向かったのだが、
「邪魔だ!!」
スキルによって吹き飛ばされてしまった。
無理に力を行使したせいか、シンヤの口から大量の血が吹き出る。
「ぐっ!! こ、このままでは、まずい」
それでも再度スキルを使用し、まるで上の階へ吸い寄せられるかのように、シンヤは登ってしまったのだ。
それから遅れて鎌瀬太郎がやってきて、救助隊を呼びに行った。
黒子と共に担架に乗り、ダンジョンの入り口まで来ると、
「なっ!?」
眠っているヨルヨと、四肢と頭部がバラバラになったシンヤがいたのだった。
もちろん、黒子のアイテムによるものではない。
「じゃ、じゃあドットマジェスティのボスは!!」
「……死んだわ。おそらく、誰かの手によって」
「もしかして」
シンヤやヨルヨが口にしていた、凶悪犯の仕業だろうか。
「いったい、なにが……」
「聞いてみましょうか」
「へ?」
「ついてきて」
立ち上がって病室を出る。
幸い、応急処置が功を奏して傷の痛みは完全に消えていた。
やがて、別の病室の前に辿り着く。
どうやら広い個室タイプの部屋らしい。
駿河が扉を開けると、
「あれ!?」
魂が抜けたようなヨルヨが、こちらを見つめていたのだ。
「な、なんで!?」
もう豚だったころの面影はない。
どうやら精神障害が完治したらしい。
ヨルヨに代わり、駿河が口を開く。
「目立った外傷はないけれど、まあ、検査入院ってやつね」
「そ、そうじゃなくて!!」
「この子はドットマジェスティのボスの妹。私たちを襲った件で警察に訴えたけど、すぐに釈放……というか、相手にもされなかった。まるで、触れちゃいけないものを無視するかのようにね」
「証拠がないからですか?」
「この子の父親が警視監なんですって。つまり、警察のお偉いさん。身内の不祥事をもみ消したんでしょう」
だから、シンヤは犯罪をもみ消せると言っていたのか。
「親バカさんなんですね……」
「とはいえ、精神障害の影響で、心を閉ざしてしまったようだけど」
たしかに、あの生意気でムカつく態度のヨルヨではない。
幽鬼のように暗く沈んだ表情のまま、ピクリとも頬が動かない。
まるで別人。まるで人形のようであった。
ヨルヨは唇を小さく開き、か細い声を発した。
「なにしに、きたの」
駿河が問いかける。
「いろいろ答えてほしいのだけど、まずはそうね、ドットマジェスティを作った経緯かしら」
数秒、ヨルヨは時間を空けてから答えた。
「お父様と、私たちの復讐。それがドットマジェスティを結成した目的だった」
「ど、どういうことなんですか? ヨルヨちゃん」
「あいつに、お母様は殺されたから」
「お母さん、ですか?」
ヨルヨの瞳が微かに潤みだす。
「何の手がかりもない。あいつは、煙のように証拠を残さない。ダンジョンは無法地帯なものだから、なかなか本腰を入れた捜査もできない。……だから、お父様とお兄様は、組織を作ることにしたの」
「それが、ドットマジェスティ」
「兵士を集めて、やつを見つけて倒すために」
その兵士の教育がなっていないのが問題だったのだが。
おそらく嘘はついていない。
なら本当に実在するのだ。兄妹が追っている、謎の凶悪犯は。
兄妹の母親を殺した謎の悪魔は。
そして権力者である父親は、2人の活動を支援している。いかなる手段を用いても、捜しだして復讐するために。
「あのとき、あいつは現れた。お兄様の前に」
最後にヨルヨが語りだす。
シンヤと共に逃げ出した先のことを。
1階に登り、あと少しで出られるところで、ヨルヨは人間としての精神を取り戻しつつあった。
精神汚染の効果が薄まってきたのだろう。
それでも視界はまだボヤけている。
思考が回らない。
そのとき、やつはシンヤの前に立ち塞がった。
「2人いたわ。はっきりと見てないけど、2つの影があった」
彼らを目撃したシンヤが告げる。
「まさか……お前が……母さんを!!」
彼らが件の凶悪犯だとヨルヨが判断したのは、その言葉によるものである。
ゆっくりと、シンヤはヨルヨを降ろした。
「ヨルヨ、じっとしていろ」
「お……兄様……」
「とことん使えない妹だったよお前は」
「……」
「絶対に動くなよ。俺が終わらせてやる」
そして、
「私の目の前で、お兄様は……死んだ……」
そのショックにより、ヨルヨは気を失ったのだった。
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兄の死を思い出し、ヨルヨの頬に一筋の涙が溢れる。
黒子もまた、シンヤの壮絶な最期を耳にして、言葉を失っていた。
別に死んで欲しかったわけじゃない。
反省して、情報を提供してほしかっただけなのに。
「黒子、巻き込んでしまってごめんなさい」
「い、いえ、気にしないでください駿河さん。……でも、これからどうするんですか?」
「ドットマジェスティはボスを失った。メンバーも大人しくなるでしょう。それより、問題なのは」
手負とはいえ、シンヤを殺せるほどの実力者。
それが、ダンジョンで悪事を働いている。
人を殺している。
「ねえ、ヨルヨ。どうしてお兄さんは、私の姉さんが凶悪犯と関係していると断定したの?」
「よくは知らない。ただ、行方不明になった経緯とか、僅かな目撃証言がどうとか言ってたけど」
情報が曖昧すぎる。
シンヤさえ生きていれば、もっと詳しく聞けたかもしれない。
「姉さん探しは……ふりだしね。とにかくこれまで通り活動して、情報を集めるしかないわ」
「そうですね。けどその前に、ヨルヨちゃんのお父さんを止めないと。シンヤさんを失って、なにをしでかすか……」
黒子の心配に、ヨルヨが口を挟んだ。
「心配ないわよ。お父様は」
「へ?」
「お兄様まで失って、私もこんな風になって……お父様は壊れた」
「壊れた?」
「諦めたのよ。きっと、しばらくしたら、お父様は、自分から……」
ヨルヨはそれ以上なにも告げず、2人の言葉にも反応することはなかった。
いったい何だと言うのか。
真相に近づくはずが、余計に疑問と不安を増やしてしまった。
それでも、確実に闇の根源へと、迫りつつある。
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※あとがき
ドットマジェスティ編、ひとまず終わりです!!
次回からはまたわいわいガヤガヤな日常回ッッ!!
乞うご期待ッッ!!
皆さまからのフォロー、お星さま、いいね、コメント、お待ちしております!!
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