第20話 神谷文香と翔くん その2

 文香のドローンを目にした金髪女性が、バッと背中を向けてマスクを着用した。

 さらに帽子も深く被り直して、怪しさ満点である。


「な、なんなのよその女!!」


「文香、なんでここに!?」


「やっぱり浮気してたのね!!」


「浮気!? ち、違う。こいつは俺の友達の妹で、ダンジョン攻略を手伝ってくれていたんだ!!」


「手を繋いでたじゃない!!」


「いや、あれは……」


「うぅ、うわあああん!!」


 膝から崩れ落ちて号泣する。

 狭い迷宮内に、文香の嗚咽が轟いた。


「最近スマホを気にしてたのは、その女と連絡を取っていたからなんだあああ!!」


 視聴者も旦那を叩き出す。


・最低


・クズ


・奥さんが可哀想


・まず謝罪しなさい


「だから聞いてくれ文香。勘違いなんだ。この子はただ俺に協力して、一緒にダンジョンを攻略しているだけなんだって!!」


 泣き続ける文香。狼狽える旦那。知らん顔の金髪女性。

 黒子の両腕に鳥肌が立った。


(き、気まずい……)


 ドラマや映画の修羅場シーンとは全然違う、ガチの空気の悪さ。

 寒気すら感じる。


 なにかフォローすべきなのだろうか。

 寄り添って一緒に怒るべき?

 わからない。どうしていいかまったくわからない。


 帰りたい!!


「もう知らない!! 翔くんのバカ!!」


 文香は立ち上がると、一心不乱に走り出してしまった。


「ちょ、文香さん危ないですよ!!」


「翔くんと別れるくらいなら死んでやるうううう!!」


 Cランクが挑める範囲には、死ぬような罠もモンスターもない。

 それでも怪我をする恐れはあるので、黒子は全速力で追いかけた。

 もちろん、旦那の翔くんもだ。


 やがて開けたフロアまでたどり着くと、文香は蹲っていた。

 道が続いていないため、行き詰まったのだろう。

 ここは低級のCランク冒険者にとってのゴールであり、隠し扉を見つけ出さないと先には進めない。


「ふ、文香」


「来ないで!!」


 文香の肉体が電撃を発する。

 どうやら雷属性のスキル持ちだったらしい。


「文香、いつの間にスキルを使いこなして……」


「いや〜、旦那さん。あれはたぶん、精神的ショックからスキルが暴走しているだけですね」


「そ、そんな……。く、黒猫さん、どうにかなりませんか?」


「うーん。強制的に落ち着かせることはできますけど、それだと何の解決にもならない気がします。浮気していないと主張するなら、納得させないと」


 今回は夫婦の問題。

 便利なアイテムでどうにかなるものではない。


 ハッと、黒子はあの金髪女性がいないことに気づいた。


 置いてけぼりにしてしまったのか。

 冒険者らしいし、一人でも大丈夫だと思うが、黒子は一応、文香が注文したスパイダーマイクに探させることにした。


 なにかあれば、黒子のスマホに連絡されるよう設定してある。


 旦那が一歩近づいた。


「文香、聞いてくれ」


「いやよ。翔くんのこと、信じてたのに」


 思いっきり疑っていたが。


 旦那は唇をギュッと噛み締めると、


「俺がここに来たのは……」


 文香を通り過ぎ、奥の壁に触れた。

 それがここまでの範囲のクリアの証。

 おもむろに、天井から宝箱が落ちてきた。


 中に入っていたのは、バラを模した黒い宝石。

 『ブラックローズダイヤ』である。


「これを、君にプレゼントしたかったんだ」


「え……」


「もうすぐ結婚記念日だろ? だから特別なプレゼントを上げたくて、ダンジョンに挑んでみることにしたんだ」


「じゃ、じゃあ、あの女は……」


「だから、友達の妹なんだって。配信者でさ、ここにも何回も来ているから、協力してもらっていたんだ」


 最近、ずっとスマホを気にしていたのは、彼女がこのダンジョンを攻略している様を視聴して入念に予習をしていたからであった。


「で、でも!! さっき手を繋いでいたわ!!」


「罠にびっくりして腰を抜かしたから、立ち上がるのを手伝ってもらっていただけなんだ!!」


「そ、そんな……」


「いま、ここで君にプレゼントするよ。寂しい想いをさせてごめんね」


 なんだかとても良いムード。

 仲直りできそうで、黒子はホッと胸を撫で下ろした。

 一方コメント欄は、


・つまんな


・うそつけ


・は?


・茶番かよ


 ボロクソに酷評しているが。

 こういうやつらに晒されたくないから、先ほどの金髪女性はとっさに顔を隠したのだろう。


 旦那がブラックローズダイヤを差し出す。

 文香が電気をまとっていても、お構いなし。

 愛を伝えるためなら、多少の痛みぐらい我慢できるのだろう。


 ふと黒子は、自分もかつてこのダンジョンへブラックローズダイヤを取りに来たことを思い出した。

 アイテム生産の素材にするためだ。

 なにせブラックローズダイヤはただのダイヤではない。

 いや、そもそも正確には魔力石なのだ。


 普通の魔力石と少し成分が違うだけのーー。


「……あっ!!」


 文香がブラックローズダイヤを手に取った。


「だ、ダメです文香さん!! いまそれを受け取ったら!!」


 瞬間、文香が纏う電流が勢いを増した。

 バチバチと激しい音を立て、文香自身すらもがき苦しみだす。


「きゃああああ!!!!」


「文香!?」


 黒子は急いで旦那の腕を引き、文香から離した。


「すみません、忘れてました。ブラックローズダイヤは、魔法の力を強める魔力石なんです。ただでさえ暴走中の魔法の威力が上がって、術者の文香さんも傷つけてしまってます!!」


「そ、そんな!!」


「ええい。こうなれば」


 リュックから煙玉を取り出して投げつける。

 麻酔効果があるので、吸えばたちまち眠ってしまうだろう。

 が、


「あ」


 暴走した電撃魔法が、強力なバリアのような磁場を発生させ、煙玉を弾いてしまう。


「うぅ、どうしましょう」


「文香、ダイヤを離すんだ!!」


 無理であった。

 電気が文香の筋肉を麻痺させ、自由を奪っているのだ。


「しょうがない、一か八か!!」


 黒子がリュックから特性掃除機を出す。

 前に、平田広場との戦闘で用いた魔法の掃除機だ。

 そこへ、瓶詰めされた青い泥を近づける。


 さり気なく回収したチビスライムの糞である。


「融合!!」


 2つの素材が光だし、青い掃除機を生み出す。


「そ、それは?」


「チビスライムには生気、魔力を吸い取る性質があります。糞を素材にしているので、成功するかわかりませんが……。スイッチオン!!」


 掃除機の駆動音がダンジョン内に響き渡る。

 それと同時、文香の電気が吸われ始めた!!


「や、やった!!」


 電気、もとい文香の魔力がみるみる掃除機へと取り込まれていく。

 やがてすべてを吸い尽くすと、掃除機は『ボン』と小さな爆発を起こし、バラバラになってしまった。


「壊れちゃいました。でも……」


 魔力を失った文香が、ぐったりと横たわる。


「文香!!」


 涙を流しながら、旦那が彼女を抱きしめた。


「ごめん、ぜんぶ俺のせいだ」


「翔くん……」


「もう隠し事はしないよ。愛してる」


「……嬉しい」


「俺のこと、信じてくれる?」


 疲れ切った顔で、文香は微笑んだ。


「うん!!」


 これにて一件落着。

 その後、ブラックローズダイヤはネックレスへ加工され、文香を彩る装飾品になったらしい。

 ダンジョンの外であれば、ただの宝石と変わらないので、もう暴走することはないだろう。







 で、終わればよかったのだが。

 黒子にはいくつかの疑問が残されていた。


 あの金髪女性。友達の妹で、配信者だと旦那は言っていた。

 けれど彼女は撮影用のドローンを飛ばしていなかった。

 夫が妻にプレゼントするためにダンジョン攻略、なんて動画にしたら話題になるはずなのに。


 加えて、旦那は『罠に腰を抜かしたから、手を差し伸べてもらった』と話していたが、あそこに罠が設置されていた形跡はなかった。


 そして、途中でいなくなった彼女を捜すために送り出したスパイダーマイクが録音した音声。


『チッ、邪魔くさいババアだなあ』


 この発言の意味は?

 どうして彼女は最後まで一緒にいなかったのか?

 協力しているのなら、ブラックローズダイヤ回収まで付き合うはずなのに。



 もしかすると、旦那は……。

 いや、旦那の文香への愛情は確かなものだ。

 でなければ危険を顧みずダイヤを渡そうとはしないはず。

 演技臭いわけでもない。


 なら、どちらなのか。



 依頼主のプライベートに踏み込みすぎてはいけない。

 黒子は、ゾッと身の毛のよだつ推理を、気づかなかったことにしたのだった。


「恋愛って、恐ろしいね」





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※あとがき


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