第19話 神谷文香と翔くん その1
ダンジョンに入るためには相応の手続きが必要になる。
なにせ危険がいっぱいなのだ。命の保証はできない。
義務教育中の小中学生は入場禁止だし、20歳以下なら親の同意書、健康診断書などを提出して専用の入場カードを発行しなくてはならない。
他にも正式な手段はまだあるのだが、基本的にダンジョンに入るのは面倒なのである。
その日、黒子はデリバリーの仕事のため、西川口にあるダンジョンに訪れていた。
巨大な城のようなダンジョンで、中は複雑な迷宮となっている。
モンスターよりも、罠が脅威なダンジョンであった。
「おおおおお待たせしましたーーっ!!」
意気揚々と、指定されたダンジョン入り口付近に足を踏み入れると、
「ちょ、静かに!!」
小柄な成人女性がそこにいた。
「ご依頼いただいた自立歩行型集音マイクをお持ちしました」
リュックから、8本足の虫のようなロボットを取り出す。
頭部には、撮影で使用されるようなマイクが取り付けられていた。
黒子がスキルで作り出した、遠隔操作マイクである。
「こちらに受け取りのサインをお願いします」
「はいはい」
依頼主、神谷文香は、サインを書きながらダンジョンの奥をチラチラ気にしているようであった。
「失礼ですが、このダンジョンでどうしてこのアイテムが必要なんですか? ていうか、このマイク自体、遊びで作ったもので、実際にレンタルされたの初めてなんですよー、あはは」
「念の為よ」
「念の為?」
「ねえ黒猫さん、聞いてるわあなたの噂。どんな依頼も引き受けて、助けてくれるって」
「いや、わたしは……」
「お願い!! 夫の浮気を調査してほしいの!!」
両手をがっしり握られてしまった。
今にも泣き出しそうな瞳で、世界の危機を救ってほしそうな凄んだ表情で、黒子に圧をかけてくる。
「い、いや、あのですね。私は探偵じゃないんですよ。アイテムデリバリーサービス。ダンジョン攻略に必要なアイテムをお届けするのが……」
「そんな細かいことどうでもいいじゃないッッ!!」
「えぇ……」
どうでもよくはない。
「最近、夫がスマホばかり気にしてるのよ。私が話しかけてもどこかそっけなくて。それに、何度もこのダンジョンに挑んでいるの。あの面倒臭がり屋で、戦いとか苦手な夫がよ? ダンジョンに入るのって、書類とか提出しないといけないのに、それもキチンとやって……絶対怪しいわ」
「んー、仮に浮気だったとして、ダンジョンで愛人と会いますかね〜」
「きっとダンジョン配信者なのよ!!」
「そ、そうなんですかねえ……」
「お願いよ黒猫さん!! 私一人じゃ先には進めない。あなたの力が必要なの!!」
浮気の調査。
だから遠隔マイクを依頼したのか。
確かに、使いそうな場面があるかもしれない。
「だとしても、私は探偵じゃ……」
「2倍の料金を払うわ!!」
「……わかりました。そこまで言うなら」
放っておけば、このまま一人で進んでしまいそうである。
おそらく神谷文香という主婦、ダンジョン攻略の経験がまったくない。
いくらダンジョン内は自己責任で、本人も承知してるとはいえ、見捨てるような真似はできない。
あと報酬2倍は見過ごせない。
「で、どんな人なんですか? 旦那さんは」
文香が写真を見せてきた。
細身だが肌が焼けた、陽気な感じの男性であった。
「さてと」
文香が撮影用のドローンを飛ばした。
「え!? 配信するんですか?」
「当たり前よ!! 旦那の悪事を世間様に晒してやるわ!!」
そこまでするか……。
これまで恋人などいたことなかった黒子には、文香の憎しみが理解できなかった。
配信が開始されると、ぼちぼちと視聴者やコメントが増えはじめる。
・ついにこの日が来たか
・旦那を許すな
・男はみんなカス
・男は浮気する生き物。成敗してください。
どうやら、視聴者の大半が男性に不信感を抱く主婦様方らしい。
・隣にいるの黒猫黒子?
・黒子も参加するの?
・黒猫黒子は女性の味方!!
そんなつもりはないのだが、NOとは言える空気ではない。
「お、大勢の人間に注目されるの苦手なんですけど……」
「大丈夫よ。さあ!! 行きましょう黒猫さん」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ダンジョンの序盤というのは基本的に、難しいアスレチック程度でしかない。
決して楽ではないが、最悪骨折するレベルなのだ。
浅い落とし穴。
仕掛け網。
低級モンスター。
黒子にかかればお茶の子さいさいなもんである。
「あ、そこ踏まないようにしてください」
「わかったわ。……でね、黒猫さん、私と旦那はもともとデキ婚なのよ」
「できちゃった結婚ですね」
「そうそう。彼には元々好きな人がいて、でもお互い、酒に飲まれてつい……。けどね、私は彼に憧れていたし、彼も私を大切にしてくれていたから、幸せだったのよ。なのに……」
「まだ浮気だって確定したわけじゃないですよ。あ、ちょっと待っててください。チビスライムが出たんで払っちゃいます」
「うわ、変な生き物。これがモンスターなの?」
「気をつけてくださいね。近づくと生気を吸われてしまうんで。……やーっ!!」
「ヒルみたい。うげ、なんか出した」
「糞ですね」
「最悪」
チビスライムは逃げるときに排泄する習性があるのだ。
臭いは弱いが汚いので、冒険者から嫌われているモンスターである。
「彼、私みたいな小柄な女じゃなくて、胸の大きいエロい体の女が好みだったの。だからきっと、そういう女を愛人にしているんだわ」
黒子の脳裏を鎌瀬太郎の顔がよぎった。
そういえば、太郎もボンキュッボンな女性が好きだと言っていた。
世の男性はみんなそうなのか。
別に太郎など意識してないし、モテたいわけではないが、何故か傷つく。
自分の平らな胸を気にしながら、黒子はチビスライムを追い払った。
・黒子がいると心強い
・黒子呼んで正解
・黒子、そのままクソ旦那倒して!!
「ちなみに旦那さん、冒険者ランクはいくつですか?」
「さあ? でもダンジョン攻略なんて最近始めたばかりだし、低いんじゃない?」
「たぶんCランクですね。とすると、そこまで奥地には進めないか……」
ランクによって攻略に制限が掛かる。
それを超えると、ダンジョン運営に位置情報がバレて即連れ戻される。
そんなこんなでサクサク進んでいると、
「もー、翔くんビビりすぎー」
奥から女性の声が聞こえてきた。
文香の顔面が青ざめる。
「翔くん……」
「ま、まさか」
「旦那の名前よ」
これはもしや、本当に浮気なのか。
若干の好奇心を秘めながら、黒子は文香と一緒に走り出した。
そして、
「翔!!」
「え、文香!?」
若く、胸の大きい金髪の女と手を繋いでいる、文香の旦那がそこにいたのだった。
------------------------------
※あとがき
みんなからのお便り、いいね、フォロー、お星様、待ってるぜ!!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます