第16話 上杉菊姫ちゃん その2

「なーにしてんの??」


 2人のチャラそうな男たちが馴れ馴れしく話しかけてきた。


 両者共に黒いマスクを着用し、撮影用のドローンを飛ばしていた。


「兄貴、こいつアポ魔女だぜ?」


「知ってるよ。もう1人の女も……いい乳してんじゃん。なあ、んな配信してないで俺らと遊ぼうぜ」


・なになに


・きも


・相手にするな


・逃げて


 当然、駿河は菊姫の手を引いて先に進もうとするが、行く手を阻まれてしまう。


「兄貴ぃ、俺らもそろそろ、配信を始めようぜ」


「あぁ、アンダーブの連中は素人モンが大好きだからなあ」


 駿河の眉がピクついた。

 アンダーブ。あの平田広場も利用していた闇の配信サイト。

 もしかしたらこいつら、『ドットマジェスティ』と関係があるのかもしれない。


 弟分の方が、菊姫の肩を掴んだ。


「おほー!! はやくそのマスク外して素顔が見たいぜ!!」


「ひっ!!」


 ヤバい。瞬間的に駿河がゾッとする。


「ん? なんだ? 兄貴、なんか俺。ドキドキするよ」


「俺もだぜ弟よ。気が昂ってしょうがねえ」


 発動してしまった。

 菊姫の、敵強化のスキルが。


「ふふひひひ!! こりゃ一日中ヤレそうだぜ!! おい、アポ魔女のファン共よう!! いまからおめーらの大好きなアポ魔女とその友達をめちゃくちゃにしてやるぜえ!!」


・逃げて


・返り討ちにしよう


・逃げて


・逃げて


 駿河が剣を抜く。

 おそらく、こうなっては逃してくれないだろう。

 戦うしかない。

 こいつらにバフが掛かっていようが、やるしかないのだ。


「ふーん、やる気かよ。気が強い女、嫌いじゃないぜ」


 兄弟はそれぞれ棍棒を手に取った。


「弟よ、顔は傷つけるなよ」


「わかってるよ」


 駿河が菊姫を下がらせる。


「あの、ごめんなさい、私のせいで」


「いまはいい。とにかく、隙を見て逃げなさい」


 兄弟が襲いかかる。

 速いっ!!


 間一髪見切りスキルで回避し、峰打ちカウンターを決めたものの。


「全然効かねえなあ」


「兄貴、パワーが溢れて仕方ねえよ!!」


 続け様に棍棒を振ってきた。

 剣で受けるも、


「くっ!!」


 あまりの怪力に吹き飛ばされてしまう。


「すげえぜ兄貴。Bランクの俺が、まるでAAランクだ!!」


「こりゃ数日は休まずヤリまくれるなあ。……しかし、どういう了見だこりゃ。なんで俺たちこんなにパワーアップしてんだ?」


「たぶんもうひとりの女だぜ。前にボスから聞いたことがある。世の中には、敵を強化しちまうゴミスキルがあるって」


 図星を突かれ、菊姫の顔が真っ赤に染まった。

 同時に、駿河の中で疑念が確信に変わる。


 いまこいつら、ボスと口にした。

 ドットマジェスティの関係者なんだ。


「そりゃ爆笑もんだなあ!! よっぽど俺らに犯されてえってことかぁ!? そこの根暗よお!!」


「わ、わたし……」


「いいぜえ、てめえならアンダーブでも大人気の女優になれるだろうよ!! ギャハハ!!」


 兄弟が菊姫に近寄る。

 当の菊姫は、恐怖に身を震わせ足がすくんでしまっていた。


 このままではマズイ。

 駿河が再度2本の刀を握ったとき、


「兄貴ぃ、さっき注文した活力剤、いらなくなっちまいましたねえ!!」


「あぁ、デリバリーとやらが来たら、返金してもらえばいい」


・注文した?


・黒子!?


・黒猫黒子か?


・頼む黒猫来てくれ!!


・誰か通報しろ!!


 確かに1人では手に負えない。

 駿河ですら黒子の登場を期待した瞬間、


「おおおおお待たせしましたーーっ!!」


 まるで何もかも見越したかのように、ダンジョンヒーローが見参したのだった。


・きたーーーーっっ!!


・黒猫デリバリー!!


・でもこいつらに荷物届けに来たんじゃないの?


・さすがに助けてくれるだろ


 颯爽と到着した黒子は「あ!!」と駿河を指差した後、「あー?」なんてマヌケな声で状況を見渡した。


「えっと、これはいったい?」


「黒子、たまにはあなたが問答無用で私に協力しなさい」


「え? え?」


 下劣兄弟がニタニタ笑みを浮かべる。

 おそらく、女が増えて喜んでいるのだろう。


「かくかくしかじかで、この子のスキルでこいつら強くなってるのよ、黒子!!」


「強くって……うーん、駿河さんでも手に余るレベルですか」


 駿河はプライドの高い女であるが、大事な時には他人の力を借りれる女でもあった。

 ここは、素直に黒子に頼るべきだ。


「お得意のアイテム生産スキルでどうにかできない?」


「どうにかって……あの人たちは一応、私の依頼人ですので、攻撃なんてできませんよ」


「ちょ!! 本気で言っているの!?」


「それに、私戦闘は苦手ですし……」


・嘘だろ黒猫ちゃん


・せめて便利アイテム生産してくれ


・客は客でもクソ客だぞ!!


・通報したぞ


「黒子!!」


「とはいえ、困っている人を放っておくわけにはいかないので」


 黒子がリュックから子犬のぬいぐるみ(1200円)と小型スピーカー(2300円)を取り出した。


「なにをするつもり?」


「この市販のぬいぐるみは意外なことにそっくりなのです」


「なにが?」


「キングウルフの子供の鳴き声に」


「はあ?」


 黒子は二つを融合させ、ぬいぐるみの背中にスピーカーが取り付けられたような、奇怪な子犬のぬいぐるみを生み出した。

 さらにスイッチを押すと、ギャンギャンと大きな鳴き声が響きだす。


 なにか嫌な予感がする。

 下劣兄弟も駿河も菊姫もそう冷や汗をかいていると、


「グオオオオオ!!!!」


 このダンジョンのボス、巨大なキングウルフが獰猛な眼差しで走ってきたのだ。


「これで、キングウルフは私たちを子供を襲う悪者と勘違いして攻撃してきます」


「もっと状況最悪にしてるじゃない!! そうだ、消臭スプレーとかないの? 匂いを消して感知されないように……」


「キングウルフの嗅覚なら消臭剤の匂いを嗅いで攻撃してきますよ。……なので」


 黒子は電動キックボードでウルフに接近すると、矢継ぎ早に特製ハサミで毛を切り取り、


「別の匂いでごまかします」


 リュックから出したスプレー缶と融合させた。


 それを自分と駿河、菊姫にかけていく。

 鼻をつまむような獣臭が3人を包んだ。

 自分たちをキングウルフの仲間だと思い込ませるのだ。


 こうなってしまえば、キングウルフの標的は下劣兄弟だけである。


「私はなにもしません。ダンジョンらしく、モンスターと戦ってもらいましょう」

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