第15話 上杉菊姫ちゃん その1
ある昼休み。
毎度変わらず、駿河が屋上で一人飯を食べていると、
「あ、あの」
髪の長い女子が、小さな声で話しかけてきた。
猫背で、顔の半分が前髪で隠れていて表情が読み取れない。
しかし、スカートをギュッと握っているあたり、多少緊張しているようであった。
「なに?」
また黒子のファンか。
駿河はお弁当のつくねを箸でつまむと、落とさないように気をつけながら口へ運んだ。
「松平先輩、ですよね」
「そうだけど」
「……」
もじもじして黙り込んでしまった。
なにか言いづらいことでもあるのだろうか。
無意識に駿河の心が身構える。
彼女に憧れて交際を求める女子生徒は少なくない。
「配信、してますよね」
「えぇ」
「わ」
「わ?」
「わた」
「綿?」
「私も、してみたい、です」
「すればいいじゃない」
「……」
また黙ってしまった。
お弁当も空になってしまい、今度は駿河から口を開いた。
「そもそも、あなた名前は?」
「上杉菊姫、1年生です」
「菊姫さんね。それで、なぜダンジョン配信がしたいと私に言うの?」
「先輩の配信を見て、カッコよかったので。あんなふうになりたい、って」
「それで、私にいろいろ教えてほしいと」
コクコクと菊姫が頷いた。
正直なところ、駿河に断る理由はなかった。
最近は配信もマンネリ気味。個人的にも新しい風が欲しかったところ。
それに……。
じっと菊姫を見つめる。
おどおどして、怯えた子犬みたいだ。
黒子とは違った意味で、小動物っぽい。
駿河は立ち上がると、菊姫の前髪をかき上げた。
丸くて、大きな瞳。
整った顔立ち。
だけど不安そうで、視線を逸らしている。
可愛い。守ってあげたい。
「いいわ」
松平駿河。
案外見た目で人を選ぶ女なのであった。
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何もできない自分を変えたくて。
それが菊姫がダンジョン攻略に挑む理由であった。
勉強も運動も学年で最下位。コミュニケーションも苦手なダメダメ人生を脱却したいのだ。
2人は放課後、さっそく最寄りのダンジョンへ乗り込んだ。
『タネ』と呼ばれる地下迷宮型ダンジョンで、木々が植生し、湖もある自然豊かな洞窟だ。
近年では、避暑地として開拓できないか検討されているとのこと。
「キングウルフっていう狼には気をつけて。まあ、住処に近づくこともないけど」
「は、はい」
当然配信をする。
菊姫はマスクで顔を隠していた。
・新人レクチャー?
・がんばって
・声が可愛い
・アポ魔女優しい
「ふふ、みんなも応援してるわ。気負わず、リラックスしていきましょう」
「は、はい」
「ところであなたのスキルは?」
「え、えーっと」
「うん?」
「……」
まーた口を塞いでしまった。
攻撃系のスキルを所持していれば、自ずと武器を出現させることができる。
未だ手ぶらということは、魔法系かサポート系なのだろう。
「まあいいわ。私についてきて」
「はい……」
ダンジョンを進んでいると、さっそくスモールゴブリンたちが飛び出してきた。
「ひっ!!」
「平気よ」
スモールゴブリンは人間に殺意を抱かない。精々所持品を奪ってくる程度だ。
殺す必要もなく、駿河は自慢の双剣スキルで、峰打ちを試みた。
が、
「ん?」
いつもより、硬い。
それに動きも速く、一撃で仕留められない。
たまたま強い個体ばかりが集まっているのだろうか。
まあ、それでも駿河の敵ではないのだが。
・おみごと!!
・さすアポ
・美しい……
・ガンガン行こう!!
「思ったより強かったわね。さて、進みましょうか、菊姫さん」
「……」
「どうしたの?」
「強かったんですか?」
「えぇ、普通のスモールゴブリンに比べたら」
「……」
菊姫が歯痒そうに、スカートをギュッと握った。
「なに? どうしたの?」
「わ、私のせいです」
「どういうこと?」
「私のスキルのせいなんです」
「は?」
「わ、私のスキルは……」
恐怖の対象のステータスを上昇させてしまうスキル。
敵を強化する地雷スキルであった。
「え」
「こ、こんな私でも、強くなれるかなって、期待しちゃったんです。黒猫黒子さんが、アイテム生産スキルを使いこなしているのを見て」
「ま、待って」
コメント欄も大騒ぎである。
・なにそのスキル!?
・敵をバフ?
・そんなハズレスキルあったんだ
・えええええ!!??
・クソスキルかよ
「だ、騙してごめんなさい。やっぱり私には……」
おまけに菊姫は怖がり。
今後出現するすべてのモンスターにスキルのバフがかかるだろう。
さすがにそれは勘弁願いたい。
駿河が苦笑すると、
「おや〜? 可愛い女の子いるじゃーん」
なにやら怪しそうな男たちが現れたのだった。
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