第5話 動き出した運命
その日、黒子は家電量販店にいた。
「うーん」
店内をぶらぶら歩いてるものの、目ぼしい商品は見つからない。
黒子は探しに来たのだ。とあるアイテムを生み出すための素材を。
「お掃除ロボットなら、ワンチャンあるのかなぁ」
自分の代わりに荷物を届けてくれる、高性能ロボットを作るために。
「んー、どれも微妙」
黒子のスキルレベルなら、素材を見ただけで何が作れるか判断できる。
その慧眼を持ってしても、中々いい素材を発見できないでいた。
「はぁ、バズりさえしなければ」
駿河の配信に映ってしまった結果、1日1、2件あればよかった依頼が一気に2000を超えた。
到底一人では対処しきれない。
現在は時間と距離を考慮して選んでいて、それ以外は断っている。
とはいえ、せっかく依頼してくれているわけだから、可能な限り届けたいわけで。
「良さそうな素材はないな〜。……あ、そいえば」
家の掃除機が古くなってきたから、買い替えたかったっけ。
というわけで、お手伝いロボットはまったく関係なく、普通に掃除機を購入して、黒子は店を出た。
人通りの激しい歩道を進んでいると、前方から気品漂う女子生徒が歩いてくる。
有名なお嬢様学校の制服であった。
女子生徒も黒子に気づく。
「「あ」」
この日、黒子と駿河の間に三度目の偶然が発生した。
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「いやー、はは。奇遇ですね」
近くの喫茶店のテーブルで、2人は対面するように座っていた。
黒子は年相応にオレンジジュースを注文しているが、駿河は生意気にもコーヒーである。
「なんであなたとお茶しなくてはならないのよ」
「お願いがあるからです」
「お願い?」
「とその前に、せっかくですから自己紹介でもしますか。私はーー」
「黒猫黒子でしょ。もう覚えたわよ。私は松平駿河」
「へー。まつだいら……」
スマホで検索してみる。
「本名でネット活動してるわけがないでしょう。配信では『アポカリプスの魔女』と名乗っているわ」
「あぽ……。自分で考えたんですか?」
「当たり前でしょ」
「わーお」
独特なネーミングセンスをお持ちのようである。
黒子は再度、アポカリプスの魔女で検索をかけた。
「わっ!! チャンネル登録者数120万人ですか!!」
「まあ、一応ね。で、なんなのよ、頼みって」
「はい。あのですね、駿河さんのファンに伝えておいてほしいんです。私のことは気にしないでくれって」
「どうして? 商売をやってるなら……」
「一人じゃ回りきれないんです!! 期待して依頼されても、ガッカリさせるだけなので」
「なるほどね。いいわ、伝えとく」
「ありがとうございますっ!!」
コーヒーに砂糖が追加される。
駿河は甘党なのだ。
静かに口へと運ぶと、音もなく、小さく飲み込んだ。
まるで異国のお姫様のような優雅な振る舞いが、黒子の意識を独占する。
「ところであなた、何故アイテムデリバリーなんてやっているの? 戦闘スキルがなくても、冒険者としてある程度やっていけそうなのに」
「お金儲けですよ。友達には配信してスパチャしてもらった方が稼げる、とか言われてるんですけど、私、配信ってどうも苦手で」
「なら普通に働けばいいじゃない。わざわざ危険な場所へ行って、たいして稼いでないのでしょう?」
「そうですねー」
「それとも、なにか他の理由でも?」
「あははー」
はぐらかされた。
素直そうでありながら腹の中を見せない態度が、駿河にとっては気に食わなかった。
とはいえ、実質初対面に等しい人間に胸の内を語れる人間のほうが少ないが。
「これまで何人の依頼をこなしたの?」
「かれこれ、50人ですかね」
「……一応聞いておくけど」
駿河が纏う空気が変わった。
「松平小牧って人に荷物を届けたことある? 少し私と似ている人」
「いえ。駿河のような美人さんだったら絶対覚えてますけど、記憶にないです」
「そう……。もし依頼されたら教えてちょうだい。姉さんなの。ずっと探してる」
「行方不明なんですか?」
「えぇ」
3年前、最後にダンジョン配信をした直後、駿河の姉、松平小牧は姿を消した。
親とは仲が悪かったが、妹を置いて家出するような人ではなかった。
「私が配信をしているのは、少しでも手掛かりがほしいから。もしかしたら偶然ばったり出会うかもしれないし、配信を見てくれるかもしれないから」
「なるほろ……。わかりました、可能な限り協力します。ダンジョンは私の庭みたいなものなので」
「庭みたいなって、どのダンジョンのこと言ってるのよ」
「全部ですよ?」
「は?」
「すべてのダンジョンを攻略してますから」
「なっ……」
埼玉県に出現したダンジョンは約100個。
駿河でさえまだ30ヶ所しかクリアしていない。
「じゃないと、配達なんてできませんからね、はは」
「ははって……」
もしその話が本当なら、こいつは、想像以上の化け物だ。
そんな人間が、これまで表舞台に出ていなかったなんて……。
自他共にトップクラスの実力者だと認めている駿河の自信が、微かに揺らいだ。
「お姉さん、事件に巻き込まれてないといいですね」
「え?」
「ダンジョンには、悪い冒険者もいますから」
「……よくそんなデリカシーのないことを言えるわね」
「あ!! す、すみません……」
はじめて見せるしょんぼり顔が、駿河の口角を微かに上げた。
確かに、視聴者の言う通り黒子は可愛い。
小動物のようだ。両手でワチャワチャしたい。
とまあ、見事に庇護欲を掻き立てられてしまった。
可愛さは別として、こいつとは『繋がり』を持っていたほうがいいだろう。
適当に友好関係を結んでおいて損はない。
いつか必ず、役に立つ。
「そ、そのコーヒー奢りますよ……」
「別にいいわよ。気にしてない」
「あの〜」
「なによ」
「また時間があるときお茶しません? 駿河さん、すっごく綺麗で、見てるだけでもテンション上がるので」
「……」
「私、120万1人目のファンになっちゃいましたかね!! あはは」
「……別にいいけど」
駿河の胸中がザワつく。
他人から好意をモタれることなどとっくに慣れているはずなのに。
目の前にいる不思議な女が自分に興味を持っている事実が、何故だか嬉しいのだ。
それから2人は連絡先を交換し、店を出た。
その数分後。
「お疲れ様でーす」
駿河と同じお嬢様学校の制服を着たルルナが喫茶店へ入店する。
ここでバイトしているのだ。
お嬢様とはいえ推し活には大金が必要なのである。
当時の推しは引退してしまったが、いずれ黒子に貢ぎまくるために、バイトを続けているのだった。
「店長、おはようございます」
「ルルナちゃん、さっきすっごい美人さんと可愛い女の子がいたのよ」
「へー」
「興味なさそうね。可愛い女の子好きなのに」
「私は一途ですから。推し以外の女には靡かないんです」
そう言いながら、スマホで時刻を確認する。
ちなみに待機画面とホーム画面は、駿河の配信に映り込んだ黒子を拡大したものである。
「はー、会いたいなー、黒猫黒子ちゃん」
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その日の夜。
一棟のボロアパートの一室にて。
「あいつ、有名人だったのかよ」
スマホで目にした情報に、鎌瀬太郎は驚愕していた。
ただのアイテム配達人だと思っていたのに、いまネットを騒がせる有名人だったわけだ。驚くのも無理はない。
「くっそー、そうとわかっていれば……」
黒子を利用してチャンネル登録者数を増やせたかもしれないのに。
「はぁ……」
後悔と諦めが混じったため息が溢れる。
高校を卒業し、フリーター生活も5年目に突入。
もう、配信者なんて辞めて真っ当に働こうかな。
そんなふうに違う人生を想像しながら、ダラダラとスマホをいじっていると、
「ん?」
目を引くような記事が視界に入った。
『伸び悩んでる配信者募集中!! 有名になる方法、こっそり教えます!!』
どう見たって怪しさ満点。
絶対詐欺に違いない。
それでも、なにもしないよりは……。
太郎は藁にもすがるような気持ちで、記事をタップした。
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※あとがき
プロローグ終了って感じですかね。
これからもよろしくおねがいしますっ!!
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