第6話 鎌瀬太郎という男

 鎌瀬太郎には才能がなかった。

 勉強の才能がなかった。

 運動の才能がなかった。


 喧嘩の才能もないし、友達作りの才能も、親と仲良くする才能すらなかった。


 なにもない。いつも孤独で、嫉妬と自己顕示欲にまみれた人生。


 ダンジョンに潜って喋るだけの配信なら有名になれるかも。

 そんな淡い期待すら叶わない。


「あ、太郎さんですね。こんにちわ」


「……ど、ども」


 飯能市内に掘られた地下ダンジョン。

 アペプ、という名を関するダンジョンの地下1階層目で、太郎は黒いマスクをした青年と合流した。


 20歳前後の男。大学生だろうか。

 彼の名前は『平田広場』。


 底辺配信者にバズる秘訣を教えてくれる、啓発系配信者らしい。

 十中八九、本名ではないだろう。


「じゃあ今日はこのダンジョンを攻略しながら、俺の配信を見て学んでください」


 広場の隣にバーチャルディスプレイが表示される。


「……はぁ。あれ、配信画面がいつもと違う」


「あぁ、ヨーチューブじゃなくて、アンダーブってサイトで配信しているんです。ヨーチューブは競争率が激しいから。アンダーブなら配信者が少ないので、一人一人の視聴者数も多い。つまり反応が貰いやすいってわけです」


「な、なるほど……」


 まったく意味がわからないが、とにかくこっちのサイトの方が良いらしい。

 確かに、現在の視聴者数は200人を超えて、コメント欄が大いに盛り上がっている。


・楽しみ


・はやくはやく


・期待してるよ


 この反応、やはり平田広場という男を信じるに足る男のようだ。

 太郎の胸が期待で膨らむ。


 ニコリと、広場が目を細めた。


「いきましょうか」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 大したダンジョンではない。

 モンスターも、罠も、初心者向き。

 これなら、太郎一人でもクリアできるだろう。


「太郎さんは水属性魔法のスキルを持っているんですね」


「あぁ、まあ」


「僕もなんですよ〜」


 配信も好調。

 たしかに、学ぶことは多い。

 テンションを維持すること、視聴者に向けて喋り続けるコツ。いかにモンスターとの戦闘で視聴者を盛り上げるか。などなど。


「このダンジョンはね、難易度の割に人が滅多に来ないんですよ。飯能市とその周辺にはここしかダンジョンがないし、そもそもアクセスが不便だから」


「へえ」


「だから、僕にとっては仲間内で集まる遊び場みたいなものなんだ」


「そ、そう」


「ではそろそろ、視聴者を増やすに当たって最も大事なことを教えましょう」


 地下10階層へ降りると、大きなフロアに3名の冒険者たちがいた。


「や、みんな。おまたせ」


 広場の知り合いらしい。

 みな、広場と同様にマスクで顔を隠していた。


「太郎さん、アンダーブはね、ただのサイトじゃないんだ」


「え」


「普段見れない暴力を楽しむサイトなんですよ」


 男たちが太郎に武器を構える。

 ニタニタと下品な笑みが、太郎の背筋を凍らせる。

 広場のコメント欄の空気が、変わった。


・きた


・やっとか


・たまには男ボコるのもありか


・まずは足を折って逃がせないように!!


「な、なにを……」


「僕たちはね、こうやって獲物を連れてきては、視聴者を楽しませて金を稼いでいるんです」


「た、楽しませるって……」


「察しが悪いなぁ。てめぇをボコボコにするってことだよ、マヌケ」


「お、俺を騙したのか!!」


「ははは、そのとおり。鎌瀬太郎、騙されちゃったね」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 鎌瀬太郎には才能がなかった。


 人を見る目の才能がなかった。

 戦いの才能がなかった。


「おら、誰かこいつの腕折れよ」


「ひひ、任せろ」


「もう鳴かなくなっちまったな」


「だれか目ぇ覚まさせてやれ」


 太郎が叫ぶたびコメント欄が盛り上がる。

 骨が折れると広場たちが爆笑する。


 各々のスキルが、人を傷つけるために行使される。


 血が、鼻水が、涙が、太郎の全身をぐちゃぐちゃに濡らす。


 どうして俺は凡人以下なんだ。

 どうして何一つ上手く行かないんだ。


 もう嫌だ、こんな人生。

 なにもかも裏目にでる無意味な人生。


 いっそこのまま、ダンジョンに放置されて、モンスターの餌にでもなった方がマシだ。


「おーい、太郎くん、起きてますかー」


 広場が太郎の頬を叩く。


「おめえさ、10階まで潜るまで一緒に戦ってたけどさ、マジで才能ないわ。せっかくの魔法も宝の持ち腐れ。バカなんだよ。バカは黙って、人気者の養分になってりゃいいんだよ」


「……かもな」


「は、まだ喋れたか。残念だが、ここには誰も来ない。助けは来ねえんだよ!! もっともっと、視聴者が飽きるまで何度でも痛めつけてやるよ。ははは!!」


「助け……」


「あぁ、救助隊だって来ねえぜ。ここの担当ダンジョン運営はボンクラだからなあ」


「……来るさ」


「はあ?」


「9階で、ポーションが無くなって、頼んでいたんだ」


 あのとき自分を助けてくれた女。

 とんでもないスキルで、強力なモンスターをあっという間に倒した女。

 自分の火傷すら、治してくれた、あの女!!


 あいつなら、広場たちなんか、きっと。


「わけわかんねえこと抜かしてんじゃねえよ」


 広場が拳を握る。

 太郎の喉を潰そうとする。


 そのとき、


「おおおおおお待たせしましたー!!」


 電動キックボードに乗った黒子と、同じく電動ボードに乗った駿河が、広場たちの前に現れたのだ!!


「ふう、黒子、このボードいいわね。前から興味があったけど、やっぱり便利だわ」


「すぐに使いこなせた駿河さんもすごいです!! よかったら上げますよ」


 黒子が太郎たちを見つめる。


「あれ、これは……どういう」


 太郎がほくそ笑む。

 まさかあの有名配信者、アポカリプスの魔女まで一緒だなんて僥倖。


 駿河が眉を潜めた。


「ボードの練習がてら仕事に付き合ってみれば……穏やかじゃないわね」


 鎌瀬太郎には才能がない。

 しかし、運だけはあった。






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※あとがき


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