第8話:わたしの従者は、これからを願う

 広い部屋、ベッドの上の私。

 何も見えず、足も動かず、何も言葉を発せない。

 従者は、私の手を握り、話し始める。


「……あっ、


 ああっ、あの、お嬢様!


 お体のほうは大丈夫ですか!?


 あの、どこかが痛いとか些細ささいなことで構いません。

 もしどこか悪いところがあればすぐに言ってください!


 お嬢様……え、お嬢様!?


 強く握っ……やっぱり体が……え、お嬢様?


 ……また手を握りたいだけですか。

 またお嬢様は……ですが、そうやって笑ってくださるのであれば私は本望です。

 いつどこが悪くなってもおかしくはないのですから。

 ですが、そうやって私をからかわないでくださいね。


 …………あの、お嬢様?


 はい、私ですか。


 はい、ミティスのエングリゼン学院での治癒魔法の研究が終わりました。しばらくはミティスに赴くことはないでしょう。

 なので長旅もしばらくはお預けになりそうです。いつもの冒険のお話ができないのがとても残念です。


 ですが、もしかしたら私はもう冒険をする必要がないかもしれません。


 …………いいでしょうか。


 ……はい、お嬢様の病気がわかりました。


 いろいろなお医者様や魔術師に見せても前例がないからと相手にすらされなかった、お嬢様を脅かしている病気の正体がわかりました。


 ……よくお聞きください。


 お嬢様の病気は『過魔力壊死かまりょくえし』とよばれるものです。


 ほかに似た症状の患者さんがいないため、この大陸では初めての症例となります。

 ですが、それに似た症状はよく見受けられるそうです。これはまた別の理由があると思われていた病気でしたが。


 その病気は主にが発症します。


 魔術師、特に特大魔法を扱う上位魔術師が魔法を編み出すために膨大な魔力を有する際に体に大きな負担をかけるため、力を使う箇所に魔力が集中してしまうのです。

 そのときに、魔力が集まった箇所の筋肉や細胞が壊されるそうです。

 しかし、それもすぐに自身の魔力で回復してしまうため、上位魔術師はほとんど気にしていない程度の病気でした。

 逆に、この病気の症状が悪化するのは上位魔術師になったばかりの若い方だそうです。自分の魔力保有量を大きく溢れてしまうため、制御ができなくなって、足が動かなくなったり腕が上がらなくなるなんてことが起きると伺いました。

 まるで筋肉痛のようですね。


 それをさらに悪化させたもの。


 それが『過魔力壊死』です。


 ……症例がないので、こちらの病名は私が名付けました。

 あまり大っぴらにしないでくださいね。自分でつけた名前なので……

 その、なんだかムズ痒くなるのです。


 ……わかりましたか。


 つまり、お嬢様は普通の人よりもを持っているのです。

 それも上位魔術師が訓練によって手に入れるような膨大な量です。


 それがお嬢様の足や喉、そして瞳の細胞を壊してしまっていたのです。


 ……あまり例を見ないケースで、これが発覚した際は治療法などないと学会では馬鹿にされました。

 ですが、なんとゴーレムに使われていた魔力操作の技術を使うことで魔力を集中的に流れることを防ぐことはできるとわかりました。


 それに、その処置はとても簡単でした。


 雷魔法の応用をお嬢様の体に流すだけでしたから、私でも扱うことができました。

 といってもよく魔力が集中する部分やひどく壊死している部分を避けて処置をしなければいけませんが、お嬢様のお体なら私がよく知っているので問題ありません。


 これもミティスでの治癒魔法の研究がお嬢様の体を治すキッカケになったことに変わりはありません。

 お嬢様のために、ミティスでの研究を斡旋あっせんしてくれたお父様とお母様には本当に頭があがりません。それに、この時まで隣で待ってくれたお嬢様にもとても感謝しています。


 ……わかりますか?


 もう、お嬢様の足は正常にと思います。


 心臓に近い部分の瞳や喉は『過魔力壊死』の影響がひどく、回復はまだ難しいでしょうが、足ならば十分に処置が可能でした。

 なので、お嬢様が眠っている間に治療をしています。お嬢様にひとつお伺いをたててもよかったのですが、簡単なマッサージのようなものだったので、そのまま寝ている間に済ませてしまいました。


 ただ……その……


 予定ですと、すぐに回復すると思っていましたが……

 お嬢様の魔力の含有量が想像以上だったこともあり、いきなり魔力の流れが変わったことで魔力酔いが起きて、丸一日お嬢様は眠ってしまいました。

 申し訳ありません。


 ですが、以前の足の成長痛のときの表情よりも穏やかでしたから大丈夫と判断しました。あのときは足の痛みと『過魔力壊死』の関係で一週間、苦しみながら眠っていましたね。


 あのときも懐かしいですね。ずっと手をつないでおくはずが、私が先に座ったまま寝てしまって、お嬢様に泣くほど怒られましたね。今となっては良い思い出です。

 もうお嬢様も大人になり、泣かなくなったものですが。


 それで……どうでしょう。足の具合のほうは?


 まだリハビリは必要でしょうが……


 ……


 ……あっ、


 …………足が……


 ……あぁ……っ……


 ……


 ……


 ……すごいです、お嬢様……本当に……


 ………………本当に……よく頑張りました。


 あぁ……は、はは……


 すいません、すいません……本当はお嬢様が一番嬉しいはずなのに、私が……


 それに、大人になって泣かないと言った矢先に私がこんな……


 ……


 ……


 ……


 ……ふぅ……


 はい、お嬢様はこれから少しづつですが、足を動かす訓練も治療に加えていきます。まだベッドの上で右左と足を動かすだけですが、前後ろ、そして二本足で立つ、そして歩く。この練習を頑張っていきましょう。


 不安でしょうが私がついています。ご安心ください。

 それに自分のチカラで歩くのはとても面白いですよ。お嬢様はずっと歩けなかったので、筋肉量を調節する魔法も加えながらになりますが。


 世界がぐっと広がります。

 歩くことのとりこにすぐになりますよ。


 大丈夫です。だってお嬢様はがお好きなのですから。


 それで……お嬢様?


 え、お嬢様!?


 どこか具合が……なぜ泣い……


 ……あぁ……そうですね、わかりました。

 わかりましたからあからさまに手を離して拗ねないでください。


 そうですよね、お嬢様が一番うれしいに決まっていますよね。

 これからお嬢様は自由を手に入れるのです。まだ目は見えませんが、新しい何かに、自分の足で挑戦する自由もお嬢様にはあります……


 ……


 ……あ、いえ、すいません。また……


 ……


 ……んんっ!


 はいっ、歩く練習についてはまた後日にして、もうひとつお話ししたいことがあります。

 ですが、もしかしたらお嬢様にとってはこくなお話になるかもしれません。なので一応、気を引き締めてお聞きください。


 ……ふぅ。


 ……私は、


 お嬢様の従者を辞めます。


 ……あ。


 あっお嬢様っ! あの、手をそこまで握らないでください。

 まだお話はありますので、最後までお聞きください。それに従者を辞めても、私はお嬢様のそばを離れることはありませんので。


 はい、もう少しお聞きください。


 お嬢様が眠っている間にお父様とお母様とお話をさせていただきました。

 私はこれからも従者としてお嬢様のそばで歩けるようになるまで、そして色々な場所におひとりで進めるまでの成長を見届けたいと申し上げたときに、お母様から『自身にとってお嬢様がどのような方か』を改めて考えるように言われました。


 ……お嬢様は大切な方です。


 ですが、その私の言う『大切』というのはあるじ従者じゅうしゃといった関係ではないと気づきました。

 山脈で星を見たときにお嬢様にも見せたいと思ったときのように、どんなとき、どんな場所でも私のなかにはお嬢様がいました。


 ほかにもミティスの街並み、祭囃子まつりばやし、天井の星や広大な海、そこで食べたおいしいもの、すべてをお嬢様とともに共有したいと常に思っていました。

 ですが私は今まで、それはあくまで主従関係だから当たり前の感情だと思っていました。でも、アンリーゼの花畑をフレイさんと見たときに気が付いたのです。


 ……いえ、もう気が付けていたのです。


 私はフレイさんが好きです。

 ですが、もっとそれよりもがいるから私はフレイさんの申し出を断ったのだと、美しい花畑を見てわかりました。

 どんなに綺麗な風景と美しい方が並んでいても、私の心にはずっと愛する美しい人がいたのです。


 ……お嬢様、あなたです。


 私は……お嬢様のことを愛しています。


 目が見えず、足が動かなくとも笑顔でどんなときでも私のそばで、私のお話を聞いてくださるお嬢様をとても尊敬し、愛しています。


 ……そう、お母様に伝えました。


 そして私は従者を辞めました。それはもちろん、お嬢様と離れるためではありません。それは「主と従者の関係ではになれないからだ」とお母様から言われたからですよ。


 ……


 ……お嬢様、今まで気が付かなくて申し訳ありません。

 お嬢様も私と同じお気持ちだったのですね。

 まさかお母様からお聞きするとは思いませんでしたが、お嬢様のお気持ちもお母様はよくわかってくださっています。だからこそ、上下の関係をなくしてくださったのだと思います。


 ……改めて。


 お嬢様、私はあなたを愛しています。


 この先の暗い未来も、この先の進めない道も、私が目となり足となります。


 だから私とともに、これからの未来を進んでいきましょう。


 そして、お嬢様と色々なところを冒険して回りたいのです。


 私は従者ではなく、お嬢様の生涯のパートナーとして、あなたのそばに居させてください……これが、従者としてお嬢様にする最後のお願いです。


 ……


 …………ふふ…………


 お嬢様……泣かないでください。


 そこで泣いてしまわれると、私も…………

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