第5話:わたしの従者は、遺跡を探索する

 広い部屋、ベッドの上の私。

 何も見えず、足も動かず、何も言葉を発せない。

 従者は、私の手を握り、話し始める。


「お嬢様、おはようございます。


 よく眠れましたか。先ほど、レイヴァーから越してきた方からあちらの地方でしか手に入らないアロマをいただきまして、そちらを部屋に焚いております。


 その、どうでしょうか?

 とても落ち着く香りがするように感じますが、お嬢様のお気に召しましたでしょうか。


 ……気に入っていただけて何よりです。


 それはそうと、先ほどミティスから戻りまして、新しいお話を持って参りました。

 お嬢様のお体を治す魔法ではありませんが、お嬢様ならとても興味を持ってくださる冒険をしてまいりましたので、お話ししたく思います。


 今はお時間のほう、大丈夫でしょうか。


 ……はい、わかりました。


 まず、はじめに以前お話しした「義体」の研究を行っているフレイさんを覚えていますでしょうか? 


 はい、フレイさんです。その方がゴーレムの研究のために西の都に向かうとのことで同行させていただきました。

 本当は、同行するつもりはありませんでしたが、いずれ訪れてみたかった場所でしたので、フレイさんの案内のもと向かいました。


 西の都、その名前は明記されていなく人々からは『苦悶くもんさと』と呼ばれている場所です。

 西の都にある巨大な山、グロウディオ山にてゴーレムが出土してからというもの、ゴーレムの研究が進められている都である一方で、以前お話しした「商業都市レイヴァー」のように魔法に頼らない技術を発展、開発している町です。


 しかし、そこが『苦悶の里』と呼ばれているのは、あまり良い評判を聞かないからです。


 魔法によって動くと思われるゴーレムですが、あの巨体を動かすために必要な魔法を精錬することは困難だとされています。なので、魔法以外の何かがゴーレムを動かしているという説もあります。


 そんなゴーレムを巡って町の中でも、魔法を信仰する方と魔法を信仰しない方で争っているなんて背景もあります。


 そして名付けられたのが『苦悶の里』です。ゴーレムの研究という大きな目標のために人が争う町ですが、その技術の進歩はすさまじいです。


 ミティスが生活のための魔法の研究に長けているならば、苦悶の里は世界のことわりを突き詰める研究に特化しているのです。

 そのひとつに「義体」があると思ってください。


 おおきな体のゴーレムの人並外れたパワーを人が使えるようになる。

 ほかにも動かなくなったモノをゴーレムの技術を用いて動かす。

 そんな日常的には使うことができないようなものを研究しているのも苦悶の里なのです。


 とはいってもその副産物には面白いものもあります。

 前にお嬢様に見せた紙で折ったトリを動かしたのもゴーレムを動かしている魔法とされている技術を使ったものですね。


 西の都にフレイさんと二人で立ち入った時のとても面白いお話もあります。

 それは宿に泊まったときのお話です。


 夜にいきなりフレイさんが目覚めて空を眺め始めたのですよ。フレイさんは星がきれいでスゴイとおっしゃっていました。

 特にその日は道中にひどい大雨にさらされて、これからも雨は続くとされていましたから、つかの間の星空に驚いたのでしょう。


 ですが、それは星空ではなかったのですよ。


 天井に光る宝石の数々です。


 西の都、実は日の届かない地下にあります。途中の洞窟を抜けた先のヒカリイシの鍾乳洞しょうにゅうどうに町があり、昼はヒカリイシが照らすため明るく、夜はヒカリイシが消えるため暗くなるのです。それを知らなかったフレイさんはちゃんと空があると思って、真っ暗な天井を眺めていたんです。


 その天井にはまだ採掘の進んでいない宝石の数々が光っていて、確かに星空のように輝いていました。

 それも、普通の星空とは異なり、宝石の色である赤色や黄色、青色といった多種多様な色を放ちながら光っているので、星空とは違う美しさがありましたよ。


 ですが……フレイさんはとてもお恥ずかしそうにして宿に戻ってしまいまして、別に綺麗なものはキレイだから嬉しくなるのは良いと思うのですが……


 それに、お嬢様にその美しさを理解するのはまだきっと難しいでしょう。

 世界にはいろいろな色があり、まじりあうことで美しさを増します。日の色の赤、空の色の青、この世界の沢山のモノには色があり、お嬢様もいつかその美しさを知ることができるでしょう。


 我々が宿泊した宿の店主がこんなことをおっしゃっていました。宝石と宝石を結び合わせるとモグラの星座になったり、笑う人の星座になると言われています。


 本当に星座があるみたいですよね。


 そこでも面白かったのが、地下の生活なので『鳥』のような空を飛ぶ生き物の星座がなかったことです。

 地下に暮らす人々の生活の一部が見れたような気がします。


 そしてすっかりとフレイさんと星座の話で盛り上がってしまい、ほとんど寝ないで次の日のゴーレムの遺跡の探索に向かいました。


 ……ええ、また星を眺めて夜更かしを……はい、今度は探索する方々にまた怒られてしまいました……


 遺跡は西の都のさらに奥地にあり、グロウディオ遺跡と地元では呼ばれているそうです。

 石造りの壁や整った道が続くことから、かつてこの山に住んでいた人類の遺産、あるいは神の住む場所などと言われる謎の多い遺跡です。


 そこを守るのが巨大なゴーレムの数々。

 作り方や動かし方、そして何を守るために作られたのかもいまだに不明の巨大な鉄の人形です。

 そんな未知に溢れたモノ、場所にあこがれて探索を続ける冒険者もとても多くいます。私たちはミティスからの研究員としてその冒険者ギルドの討伐隊に同行しました。


 遺跡内には数多くの魔物が潜みます。ですが、ゴーレムはそれらを襲いません。

 なぜか人だけを認識して攻撃をしてくるのです。とても不思議ですよね。


 フレイさんが教えてくださいましたが、フレイさんの師匠に当たるお方であるマータ先生が、その理由を解明するために魔物のブラックウルフの着ぐるみを着て、四足歩行で遺跡内を探索したことがあるそうですよ。

 面白いことを考えますよね。


 そうしたら、はじめはゴーレムは気が付かなかったそうです。

 が、そのあとになって、人だと認識してマータ先生を攻撃し始めたそうです。


 ですが、それでも魔物になりすますのはとても効果的だと判明した、世紀の発見だったと学会ではとても有名な話みたいです。


 といっても、我々はブラックウルフの恰好はしていませんよ。

 ブラックウルフの恰好をするとブラックウルフに襲われてしまいますので。


 そして私たちの前にゴーレムが立ちふさがりました。

 今まで見たどんなにおおきな魔物よりも大きかったです。それに臆せず、冒険者の方々は剣を振るい、魔法を撃ちだし、ハンマーで巨大なゴーレムの腕を破壊しました。


 すごいチカラです。

 私やフレイさんも、どうにかして討伐隊のお手伝いができないかと考えましたが、ずっと戦いを眺めているだけでした。


 そしてある程度、ゴーレムの動きが遅くなったタイミングをはかって、逃げ出そうとしたときに、フレイさんがあることに気が付きました。

 しかもそれは今までのゴーレムの研究では発見できなかった世紀の発見だったのですよ!


 やはりフレイさんは素晴らしい方です。

 どんな状況でも落ち着いて行動ができる方で、彼女がいなければもっとゴーレムとの戦いは長引いていたことでしょう。


 なんとゴーレムの動力となっているものが分かったのです。


 はい、魔力であることは研究でわかっていましたが、それの供給源が不明でした。

 そこでフレイさんがゴーレムの足取りがとき、あるいはで立ったときに動きが遅くなることで、もしかしたら「足」に何かがあるのではないかと推測をしたのです。


 その推測をもとに冒険者は足を中心に攻撃をしたところ、なんとあっさりとゴーレムを倒せたのです。

 本来、一体のゴーレムを倒すためにはミティスの上位魔術師一人分の魔法が必要だとされていたのですが、ただの冒険者ギルドが討伐するのは初めてのことだそうです。


 フレイさんがミティスで雷魔法の研究をしていたことが活きました。ゴーレムの中には動力源はありません。なんと動力源は「遺跡」自体だったのです!


 遺跡の床や壁を通してゴーレムに魔力を供給していたのですよ。ですので、ゴーレムの足を破壊することで動きが止まったのです。

 これは雷魔法の特性でもある『モノを伝っていく』原理を応用させているのだとフレイさんがその場で発見したのです。


 それでもまだ、遺跡自体にゴーレムを動かすだけの魔力を流すチカラがあることはまだ判明したばかりで、本格的な研究にまではできていませんが、いつかフレイさんの発見がゴーレムの研究に活用できるのではないかととても楽しみです。


 私はこの経験を大事にしていきたいです。


 お嬢様はまだまだ知らないことばかりでしょうが、できる限りこの世界の知識を知っておいてください。フレイさんのように新しい発見ができる瞬間がいつか訪れるはずです。


 私もお嬢様に知っていただきたいことはいくらでもお教えしましょう。だからフレイさんが新しい何かを発見したように、お嬢様も新しい何かを見つけてほしいのです。

 そして悩み、調べて、見つけてまた悩む。そうやって、これからもお嬢様には成長していってほしいと、私は帰りの馬車で考えました。


 ……その帰りに、あまりの悩みっぷりに冒険者の一人から「彼女さんのことを思っているのか」と聞かれてしまいましたが……


 もちろん違いますと答えました……が。


 ……お嬢様、どうかされましたか?

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