第4話:わたしの従者は、神を信じる

 広い部屋、ベッドの上の私。

 何も見えず、足も動かず、何も言葉を発せない。

 従者は、私の手を握り、話し始める。


「あのお嬢様、もしかして起こしてしまいましたか?


 そうですよね、きっとうるさかったでしょう。

 お父様やお母様も今はとてもお忙しそうにしています。


 ですが、お嬢様には関係のないお話です。またお休みください。いまよく眠れる魔法を……


 ……っと、どうされましたか。

 そんなに何があったのか知りたいのでしょうか。いえ、本当にお嬢様に危害が加わるようなことではないですし、すぐにでも収まるお話だと思います。


 ……手を、そうですか。お話を聞きたいときはいつも握ってくださりますよね。


 わかりました。私はお嬢様の従者ですから、何も隠すようなことはいたしません。

 ただ、お嬢様でもわかるように伝えるためにはどうすればよいか……


 ええと、そうですね。例えばですが、お父様とお母様が本日の夕食に何が良いかで喧嘩をしたとします。本来は話し合って、今日はお母様のメニューで、明日はお父様のメニューにするといったように解決をするものですよね。

 ですがそれは、ことができるからこそ解決できる方法なのですよ。


 難しいお話ですよね。


 今、ここから東にある国「商業都市レイヴァー」と南側の国「魔法国家」が夕食ではない、もっと大きなもので血が出るほどの大喧嘩をしていると思ってください。


 それを世間では『戦争』と呼びます。


 お父様とお母様はその戦争の影響で、このアンリーゼの村がどうなるのかを調べているのです。

 もちろん、この場所が危険になるようなことにはなりませんが、レイヴァーに近いダール村の出身の方々がこちらに引っ越しをされているなど、少なからずこの周辺の地域にも影響が起きています。


 それとお嬢様が好きなイチゴもしばらくの間はお預けになるかもしれません。イチゴはレイヴァーから仕入れていた貴重な果物でしたから。


 ……お嬢様、もしこうやって手を繋いでお話ができない人と仲良くする必要があるときは人々はどうするとお思いますか?

 本当は手を繋ぐために手を伸ばす必要があるのですが、お互いに手を伸ばさないときはどうすべきだとお考えになりますか?


 ……それが『戦争』です。


 彼らは喧嘩を繰り返すことでお互いに仲良くさせようとします。

 ですが本当の仲良しになんてなれません。表面上の仲良しでしかありませんが、それが平和への一歩だと信じて争うのです。


 その理由はさまざまです。

 お嬢様、このお話はお嬢様にとってはつまらないものだと思いますが、この世界にいまだに残る『戦争』という歴史についてお聞きください。


 そしてお嬢様は絶対に関わらないでほしいのです。

 好奇心旺盛なお嬢様ならば、きっと、いえ必ずこの現状に憎しみを抱くと思いますし、なんとかしたいと、そう思ってしまうと思いますので。


 たとえそれがどうしようもなくとも……


 次の王様を決める、新しいものが欲しい、人々が戦う理由はいろいろとあります。

 ですが、このレイヴァーと魔法国家の戦争は、国という大きな地盤を中心とした、さらに深刻な理由があるのです。

 そして、到底我々にはどうしようもないものなのです。


 彼らが争う理由、それは『宗教』です。


 お嬢様はリリー教を信仰していると思います。

 ですが、この世界にはさまざまな教えがあり、それぞれに名前が異なります。


 自然を愛するリリー様を信仰した『リリー教』、魔法が大好きな『魔法信仰』、人々の生きる道を預言とともに導く『アルマ教』、他にも獣人やドラコリザードが各々おのおのに信じるものとさまざまです。


 しかし悲しくも、それを認めない者がいるのがこの世界の『常識』なのです。

 それは私たちには関係のない話だと、切ってしまえないような根が深い世界に紐づけされた大きな『常識』なのです。


 以前、グレートベアを討伐したとおっしゃいましたよね。

 きっと、その殺したグレートベア一匹一匹にも家族や子供がいて、生きる意味や何かを守る思いがあるのだと思います。

 そして、それを守るために私たちと戦い、そして彼らは死んだのです。


 殺した私たちは悪くない。

 ……そう言えるのでしょうか。


 これが戦い、殺し合う理由です。

 話し合えないから殺し合うというのは意外と身近にある出来事なのです。その延長線上に『戦争』が常にあり、日々の心をむしばむむものなのです。


 もちろん、それで私はグレートベアに慈悲をかけて殺さないという選択はできません。彼らには彼らのルールがあり、それにのっとったのであれば、私たちニンゲンのルールに縛られるような真似はしてもいられないと私は思っているので。


 そのルールを人は『正義』と呼びます。


 弱きを守る正義、どんなことがあってもくじけない正義。

 とても良い言葉に聞こえますが、私にとってこの言葉は誰かを傷つけるための免罪符めんざいふのようにしか聞こえないのです。


 戦争とはその正義と正義の戦いです。互いに殺し合うための免罪符を片手に、ツルギと弓を持ち、杖をふるい、話の通じない者を黙らせることに価値を生む。


 ……それが正しいことだとは思えません。


 今、戦争をはじめた魔法国家では非魔法国を排除する動きが活発です。

 魔法を使わない町や村を魔法によって根絶することに『正義』を振りかざしているのです。


 対するレイヴァーでは魔法に頼らない万人が使える新しい技術や法、社会を作ろうとしていますが、その非魔法国の思想が魔法国家は気に喰わないのです。


 どちらが正解など誰にもわかりません。


 どちらも正解なのです。


 ですから、話し合いなどできず、血を流すことでしか不正解を決めつけられないのです。


 魔法国家の信じる宗教は『魔法』、レイヴァーが信じる宗教は『技術』。


 ……お嬢様もわかりますか。『魔法』も『技術』も直接的に関係がないのです。


 はい、もはやこれは夕食のメニューを決める以前の問題なのです。

 だから、いずれ人々は気が付くのです。なぜ私たちは争うのだろう、と。


 その当たり前の考えを鈍らせるものが『正義』であり『宗教』なのです。

 そして、その考えは私たちの思いもしていないところにまで届いているかもしれない、そう思っておいてください。


 襲ってくる熊を殺してもよい『正義』。


 嫌いなものは傷つけてもよい『正義』。


 ただ「自分と違う」、たったそれだけで誰かを傷つけるような方に、お嬢様がなってほしくはありません。

 お嬢様は、とてもお優しい方です。そのようなことにはならないと信じていますが、もしこれから、誰かのために誰かを殺すような選択を迫られる時が来たら私のこの言葉を覚えておいてください。


 この世界に「神」などいません。


 いるのはただひとり「自分」だけです。

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