第3話:わたしの従者は、魔法を学ぶ

 広い部屋、ベッドの上の私。

 何も見えず、足も動かず、何も言葉を発せない。

 従者は、私の手を握り、話し始める。


「あの、お嬢様、おはようございます。


 私以外の従者がいらっしゃったので何か不便を被ることはなかったかと思いますが、何か問題などは……


 ……はい、なさそうですね。安心しました。


 いえ、お嬢様は私を心配はさせまいと、何かあっても隠してしまう癖がありますので。

 以前も足が痛いというのに、私を呼ばずにひとりでお泣きになっていましたから。

 それからずっと近くににいるようにはしていますが、この数か月は遠方への治癒魔法の研究のために度々、おそばにいることができなくて申し訳ありません。


 私の場合は、お嬢様のお顔を見れば何も言わなくても何を言いたいかはわかりますが、私以外の従者だと……その、私が不安になるのですよ。


 あれ、お嬢様? 何が可笑しいんですか?


 もう、お嬢様は笑っていますが、私は本当に不安で……といってもお嬢様はきっとそんなことはおもっていないのでしょうね。わかっていますよ。

 それにお嬢様にはどんなときでも笑顔でいてほしいと思うのも私の願いですから。


 それで……はい、いつものですね。


 わかりました。この数か月のミティスへの遠征のお話ですね。ですが、もしかしたら今回の旅はあまりお嬢様が好きなものではないかもしれません。


 ミティスへの道は巨竜とグレートベアがそれぞれ休眠時期にはいったことで、とても楽になりましたし、何かピンチに陥ったなんてことはありませんよ。


 改めてミティス公国を訪れましたが、やはりあの町はこのアンリーゼ村の比にならないほど、とても大きかったです。

 そうですね、このお屋敷は四階まであり、ここ一帯では一番大きな家ですが、ミティスには同じ大きさの建物がずらりと道に並んでいます。そしてそのそれぞれが魔法や魔法薬学に携わるお店でした。


 すごかったですよ。

 聞いたことがない術式の魔法が家じゅうから聞こえてきましたし、そのたびに歓声が上がるのです。

 もちろん、ときどきお嬢様にかける治癒の魔法もその中にはありましたが、聞こえてきた魔法のほとんどが生活を豊かにするための魔法でした。


 たとえば水を生み出す魔法。そして水を操る魔法。それぞれの魔法に一人ずつ魔術師が魔法を唱えていました。


 水以外にも炎や風、さらには雷の魔法も人々の生活をよくするために利用すると日々、研究を続けているようでした。


 ほとんどは専門外だったのでよくわかりませんでしたが、私が知らないだけでとてもすごいことをしているということだけはわかりました。

 水魔法は上下水道の流れの一部を制御するために使われ、炎と風魔法をあわせて冬の室内を暖めるそうですが、いったい何が何やらです。


 そのなかでも一番わからなかったのが雷魔法ですね。

 もともとは炎魔法の一部と思われていましたが、どうやら雷にしかない特性があるようなのです。


 いったい何ができるようになるのかと聞いたら「手紙よりも早く、遠くの人と話ができる」と言っていました。

 ほかにも「火の要らない明かり」「馬以外の大きな車輪を動かす機構」だとも言っていましたが、ちんぷんかんぷんでしたよ。


 どうですかね、お嬢様? その……想像できますか? 私は残念ながらどう私たちの生活を豊かにするのかが分かりませんでしたが……


 でも、新しい何か大きなことをしているというだけで、私はあの町にいる人々は素晴らしいと思いました。


 どんなに突拍子のないことだと思っているものでも、誰一人と一切冗談だと思わず真面目に答えてくれました。

 車輪は動きますか、明かりはできますか、と魔術師それぞれに聞きましたがまっすぐな瞳で全員が「できる」と言うのです。


 私と同じぐらいか、もう少し若い青年でしょうか。奥から目が光り輝いた彼らのその一言でミティス公国という町のすばらしさを理解しました。


 彼らならお嬢様のカラダを治す魔法や治療法をいずれ見つけてくれる。仮に私がお嬢様の隣にいれなくなったとしても、いつか彼らが何かを見つけてくれる。そう信じられる、よい人々でした。


 そこでの日々は……やはりお金がなかったため、そこまでたくさんの魔法にあふれた充実した生活ではありませんでした。


 ですが数か月の間、とても多くのことを学びました。


 を楽に運ぶことのできるチカラの魔術から、のお口に合うようなおいしくいただける魔術由来の漢方のスープ、が好きないろいろな町の歴史や神話と、それからの……


 ……どうされましたか、


 その、あちらを向かないでください。


 あの、何かお気に障るようなことを言いましたか?


 ……


 ……それは、もちろん私がそうありたいからです。私の中心にあるのはお嬢様です。ですので、今回の遠征でも、お嬢様のために何ができるか、何を見つけることができるか、そればかりを探していました。


 私自身が楽をする魔法など必要ありません。誰かが幸せになる魔法を私は探すための冒険だと思いミティスに赴きましたから。


 ですがお嬢様の病を治す魔法はやはり……しかし、先程おっしゃった雷魔法を使った新たな治療も研究されている上に、新しい治療のための道具も開発段階なのだそうです。


 実際に使うとなると数十年とかかってしまうと言われてしまいましたが……

 でも、お嬢様が生きている間にいつか外で歩けるようになるのです。私もとてもわくわくしています。


 あぁ、申し訳ありません。

 その、ミティスでの生活についてですね。


 わかりました。どこからお話ししましょうか……


 えーっと、それではエングリゼン学院のお話をしましょう。


 私が一ヵ月、お邪魔になったミティスが誇る魔法学校です。

 そこでは日々、新しい魔法の研究が進められています。さらには生活魔法ではなくもっと上級の魔法のさらなる活性化も行っているそうです。

 しかし、まだまだ外部に持ち出してはならないものが多く、ほとんどは見ることはできませんでした。


 その中で私は最も簡単な治癒魔法のヒールをより強くさせたものを覚えてきました。

 お嬢様の足はいつ折れてもおかしくはないとのことでしたので、いつでも治せるようにと思い、ミティスでの魔法研究に励んでまいりました。


 ですが、さすがに骨折などの大きなけがを治せるようになるのは、もっと上位の魔法にあたるそうで、恥ずかしいことに私程度では扱えたものではありませんでした。

 それでも転んだ際の傷や筋肉への負担を軽減できるだけの魔法は覚えることができました。


 さきほど施したものになりますが、どうでしょうか?


 ……え、あ、そうですか。

 そうですよね、すいません。

 すぐに変化なんてよくわからないですよね。いてしまって申し訳ありません。


 どうやら私は覚えがよいらしく、他に学んでいた方々よりも高等な術式まで学べました。ほんの数か月でここまでできるとは私自身も驚いています。


 そして私の実力を見込んでいただいた方がいまして、その方ととても仲良くなりました。

 その方は「フレイ」という私よりも2つほど若い女性です。


 え、はい、女性ですが……あっ、あのお嬢様。

 いえ、その、お嬢様以外の方を気に掛けるなんて真似はしないようにはしていますのでご安心してください!

 なのでそんなにねないでください!


 はい……だからあまり私の身の内話になってしまいそうでお話ししたくなかったのですが……ですがこの際、お嬢様にもこのお話は聞いていただきたいので。


 フレイさんは治癒魔法を研究しているエングリゼンの生徒です。常に研究室で新しい魔法やそれらを踏襲とうしゅうさせた力学魔法を研究されているとても素晴らしい方です。

 ですが、フレイさんの研究はきっと私たちの世代……いえ、その先の研究者が研究を続けても完成に120年とかかると言われているものです。


 彼女が研究しているものは「義体ぎたい」と呼ばれるものです。


 別名「肉体の一部をゴーレム化させる」ことによる新しいカラダを作る研究です。


 魔法によってあの謎の多い鉄の人形である『ゴーレム』を動かす機構が発見されたのが今から60年前。ですが、その構造の表面を理解できたのが10年前、エングリゼンの教授の一人である「マータ」先生の研究でした。

 しかしマータ先生はそのゴーレムの研究中にゴーレムの暴走に遭い、体の右半分を破壊されて……


 あ、申し訳ありません。

 あまりこういったむごいお話はしないほうがよろしいですね。


 大丈夫ですよ。マータ先生は生きていますから。


 今は病院にて上級魔術師による時間停止魔法で永久睡眠状態を保っている状態です。

 ですが、今までの研究やゴーレムの暴走の原因をよくご存じなのはマータ先生なので、どうにかしてマータ先生の破壊された右半身を治療する研究をしなければならない。


 その研究こそがフレイさんの研究なのです。


 フレイさん、あとで知りましたが、マータ先生の一番弟子だったそうです。


 そして一番弟子だったからこそ、治療のカギはそのゴーレムにあるとわかっていました。

 それが「義体」でありゴーレムと同じカラダの機構を持つことによる治療でした。


 ……あまり、お嬢様にお話ししたくなかったのはそれが理由です。


 私は、実はあまりその……カラダのゴーレム化というのに良いイメージがないのです。

 それが当たり前になり、人々の体が金属にえられる未来が良いとはどうにも思えないのです。

 これは私のわがままなのかもしれません。


 お嬢様の足が……鉄になると思うと、どうも嫌なのです。


 それでも歩けるようになると思えば嬉しいのですが、素直に喜べないのです。お嬢様がこれを聞くことで、この治療法を選んでほしくないのです。


 ……自分でもわかりません。なぜこのように思うのか……


 あ、あぁ、話が逸れましたね。


 それでフレイさんとともに「義体」以外にも足の治療のための魔術を学んできましたが、やはりお嬢様の足の状態を治すためのものは見つかっていませんでした……はい。


 ……申し訳ありません。

 その、怒らないでください。もっと私が早い段階でそのことを知っていれば……

 いえこれも、わがままです。すいません。


 その、代わりと言っては何ですが。フレイさんから珍しい新しい魔法を学びました。ミティスはさまざまな魔法が日々研究されていますし、とても面白い魔法だってありますよ。

 見ていてください。


 少々お待ちを。筆談用の紙を一つお借りします。


 ……


 ……できました。こちらを。

 はい、紙の鳥です。お嬢様が子供の時にたくさん作ってと懇願こんがんしてきましたよね。まさか、それよりもたくさん学園の授業の一環で折ることになるとは思いませんでしたがね。

 よく持っていてください。

 そうです、そうこの折ってある部分を指で。


 では……


 ……


 ……どうですか。


 飛んでいるように動くんですよ。

 はい、鳥という生き物はこうやって大きな翼と呼ばれる腕をおおきく動かして空を飛びまわるのですよ。


 はい、魔力を紙に注入して糸を使って動かすように……も、もちろんズルはしていません。お嬢様の見えないところでこっそり動かしていませんよ。


 ……ほら、本物の鳥みたいに。


 ……ほら。


 クェーッツ!!


 ……


 ……あ、あれ……似ていませんでしたか?

 そんなに笑うほど変……でしたかね?

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