第2話:わたしの従者は、祭りを憂う

 広い部屋、ベッドの上の私。

 何も見えず、足も動かず、何も言葉を発せない。

 従者は、私の手を握り、話し始める。


「お嬢様、お嬢様、起きていますか。


 ……あぁ、よかった。


 ……え、なんで笑っているのですか?


 はぁ、また寝たふりですか?

 もう寝たふりなんてやめてくださいよ。そんなに私が大げさに心配するのが面白いですか?


 ……はぁ、お嬢様がそれで笑ってくれるならよいのですが。


 それよりも始まりましたよ。お嬢様が好きなアンリーゼの村の花祭りですよ。

 毎年、二回目の黄月おうげつに行われるのですが、今年は雨の影響で数日遅れてしまいましたね。


 今は村の子供たちのダンスが披露されていますよ。ええ、お父様の知人のお子様が出るということで、お父様とお母様は従者を連れてアンリーゼに向かわれています。

 ほかにも、従者の数人も楽しみにしていましたから、みんなお屋敷を離れて、アンリーゼの村にいますよ。


 なので、この屋敷には……私とお嬢様、それと数名の従者しかいません。

 だから、とても静かですね。なので、ここからでも祭囃子まつりばやしが聞こえてきます。


 ……お嬢様、覚えていますでしょうか? もう5年も前のことになりますが、お嬢様がわがままを言って、お祭りに行きたいとおっしゃったときのことですよ。


 それで……イタタ、あまり手を強く握らないでください。

 よいじゃありませんか。お嬢様はまだ10歳でしたから、わがままを言うような年齢でしょう。


 それに、あなたは私のあるじで、私はあなたの従者じゅうしゃですよ。

 どんなわがままでも笑っていただけるなら私はお嬢様のためになんでもいたしますから、いくらでも何でもおっしゃってください。


 とはいえ、あの日のようなわがままはもう勘弁してほしいですがね。


 ……あの日も今日みたいによく晴れた日でした。前日の雨もウソみたいな暑い日でした。

 お嬢様は、屋敷の外から聞こえるお祭りの音を聞いて、行きたいとおっしゃってくれました。

 そのときはどうしようものかと思ったものです。お嬢様からこうやって何かをしたいとおっしゃってくれたことがなかったものですから、困ったものですよ。


 その反面、とても嬉しかったこともよく覚えています。今まで、お体が悪く、ずっとベッドの上での生活だったので、一人の女の子として何かをしたいとわがままを言ってくれるほど、大きくなられていたとわかったので。


 その……なので、あのお嬢様?


 ずっと手を握ってきますが……そんなに、このおはなしは嫌でしたか?


 ……あの日は楽しかったですね。

 お母様は、またカラダを壊すからと言ってお祭りに行くことを許してはくれませんでしたが、どうしてもとお嬢様がおっしゃるので、お父様と必ず夜までには戻るとお約束をして、お嬢様を私の背中に乗せて、この部屋の大窓から木をに飛び移って逃げ出しました。


 部屋が二階だったのであまり高くなかったからどうにかなりましたが、お嬢様を気にして木を降りるのはとても大変でしたよ。

 そして、アンリーゼの村にやってきたときにはもう、子供たちのダンスが始まっていましたね。


 お嬢様は目が見えないので、音楽と子どもたちの掛け声しか楽しめなかったかと思いますが、とても喜んでいただいたのがわかりました。

 それでも怖かったのか、ずっと私の背中から離れたくないのもよくわかりましたよ。だから、ダンスが終わってすぐに、帰った後にこっそり食べるためのイモだけを買って屋敷に戻りましたね。


 あのあと、私はお母様からとても怒られましたよ。一緒にお父様も怒られていましたが、お父様がお母様をなだめてくれたおかげで、私はまだ五体満足でいられます、はは。

 お嬢様に限らず、お父様やお母様にも頭が上がりませんね。


 お嬢様もあの日はきっと覚えているかと思います。確か、お医者様に見てもらうため以外に外出をした初めてのことでしたから。


 ですが、それ以上に私にとってもあの日はとても大事な日なのですよ。


 ……


 私がこの屋敷で働き出したのはお嬢様の従者の一人がお辞めになり、新しい若いチカラと医術に長けた働き手の男をお母様が探しているときでした。

 私は当時15歳、学校を卒業して、進学もできないほどお金に困ってしまい、私の生家から逃げ出したときでした。


 成り行きで私はこのお屋敷で働かせていただくことになったわけですが、はじめて頼まれた仕事が、お嬢様の部屋の整備でした。


 はい、この部屋です。

 私はお嬢様を新しい部屋に移すお手伝いをいたしました。そのときに、私はお嬢様と初めて出会いました。


 お嬢様のためにベッドを整えて、お嬢様の身に何かがあった時のための道具を用意して、お嬢様を別の部屋からベッドの上に移しました。


 そして、お嬢様のことを抱えた時、お嬢様の体重の軽さにとても驚いた記憶があります。

 ですが……あまり、体重のことを言うとお気に障るかもしれませんが、あの年齢の女の子の正常な体重だとはお世辞にも言えませんでした。


 お嬢様は当時9歳でしたから、15マルク(30キログラム)あればよかったですが、10マルク(20キログラム)もなかったと記憶しています。

 あまりに軽かったので、部屋に運ぶときはとても緊張しました。

 少しでも間違えば壊れてしまいそうで怖かったとともに、お嬢様のことをどうにかして助けたいと強く願ったのも、きっとこのときだったと思います。


 そして5年前、背中にお嬢様を乗せた時、とても……とても重たかったです。


 って、あのちょっと、お嬢様痛いです!


 そんなに強く手を握らないでください……本当に重たく……


 ……あ、いえ! 太っているとかそういう意味ではありませんよ!


 その、えっと、昔よりも重たいと思っただけで……ああ、違う。ええと……


 ……って、そんなに笑わないでくださいよ。


 あの時は本当に……嬉しかったのです。


 お嬢様は成長していたと実感したのですから。


 たとえ寝たきりで目も見えず、声も出せなくても、お嬢様はしっかりと生きて、大きくなられていました。それがどれほど嬉しかったことか……


 あぁ、すいません。な、泣いていませんよ!


 あの日から、もう5年も経っているのですから……今更泣くも何も……


 だから顔を触らなくても……


 ……ありがとうございます。


 心配しなくてもお嬢様からはいつも元気をもらっていますから、あの日から泣いていませんよ。

 本当ですよ、信じてください。


 ……え、お嬢様? 何かお書きに………


 あ………はは、はい……そう、です。


 あの日、お嬢様を外に連れ出したあの日、少し震えていたのはお嬢様のことを支えるのに精一杯になっていたわけではありません。


 あのとき、私は泣いていました。お嬢様の成長を背中で感じながら、一人で泣いていました。


 ……あ、あの、すいません。


 その、恥ずかしいからあまりこういった話はしたくないのですが……


 ……もう、お嬢様もそんなに笑わないでください。


 そんなことよりも、もうそろそろお祭りが終わりますね。


 ほら、外から聞こえますか? ドン、パチパチと聞こえますよね。


 あれはアンリーゼの魔術師が空に炎の弾を打ち上げたときに鳴る音ですよ。本当は見ることができればとても美しいのですが。


 はい、大きな花が咲いたみたいに光の粒が空一杯に広がってとてもきれいですよ。雨が降ると術が使えなくなるので、今年は日を改めたのです。

 それくらい、あのお祭りでは大事な催しのひとつです。


 いつかまた、その大きな花のすぐ下でお嬢様と一緒に……


 いえ、きっとお嬢様は大きな音で怖がってしまうと思いますからやっぱり……


 ……あの、お嬢様、すいません、お嬢様!


 ……わかりました、そうですよね。お嬢様ももう大人ですから怖いことなんてありませんよね?


 だから頬を掴むのは……イタタ。

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