わたしの異世界は、あなたの声で彩ってほしい

琴吹風遠-ことぶきかざね

従者とわたしの3年と少し

第1話:わたしの従者は、冒険をする

 広い部屋、ベッドの上の私。

 何も見えず、足も動かず、何も言葉を発せない。

 従者は、私の手を握り、話し始める。


「聞こえますか。


 私の声が聞こえていますでしょうか。


 あぁ、よかった、このまま目を覚まさないかと思いました。


 お嬢様、お体のほうは大丈夫でしょうか。何か問題がありましたら、私の手を強く握ってください。


 どうですか。あ、いや、無茶はなさらないでください。いま、無茶をされたら、またお体にさわります。なので、あまり無茶は……


 え、お嬢様どこか悪いところが!?


 そんなに手を握って……


 ……あ、手を握りたいだけ、ですか。


 またお嬢様は私をからかって。いつもそうやって笑わないでください。

 ほんとうに心配なのですよ。いつ容態が悪化して足以外の箇所が悪くなるかわからないのですから。


 お嬢様、何かお困り事でしょうか?


 ……


 ……はい、私のことでしょうか。


 は、はい、ミティス公国に赴きました。

 ええ、あの治癒魔法で栄えたことで有名なあのミティス公国ですよ、はい。

 やっと我々の願いが通じて、あの竜の住む山脈を越える許可をいただきましたので、北部の街への往来もできるようになりましたよ。


 ですが………


 やはりお嬢様の病を治す魔術はありませんでした。


 いえ、ですが、まだミティス公国には多くの術者がいます。なので、まだ希望はありますよ。

 それに、光の魔術の応用させた新しい治癒魔法も研究されているそうです。

 もしかしたらお嬢様の目が見えるようになるのも、そう遠い未来の話ではないかと……


 え、あのお嬢様、ペンを持って何をお書きに………


 ………


 はは、またですか。

 本当にお嬢様という方は冒険がお好きなのですね。


 自分の容態ではなく、また私の長い旅の話を聞きたいのですか。


 わかりました、お嬢様がお聞きしたいのであればいくらでもお話しいたしましょう。

 一週間と短い旅でしたが、お嬢様が気に入るものもあると思います。


 では、何からおはなしいたしましょうか。

 そうですね、でははじめに私とともに旅を共にした傭兵のお話でも致しましょうか。


 彼らはミティスよりももっと北のウィルブルという町の出身で、私は彼らの帰郷に着いていきました。


 彼らの名前は「ミカ」と「グライス」。

 とても頼もしかったですよ。特にミカさんは女性なのに力持ちでした。なので、ただの貴族の従者である私はきっと彼らにとっては荷物と同様だったかもしれません。

 それでも、数日の間でしたがとても良くしてくれました。


 以前、お嬢様の足の様子を見に来て下さった女性のお医者様がいましたよね。

 あの方とミカさんの話し方はそっくりで、やさしいところも似ていましたね。

 それに私と同じく青い目をしていました。


 そんな彼らでも、やはり竜の住む山脈を越えるとなるとやさしさが一変して、険しい表情になっていました。

 冒険というのは言葉では簡単に説明できてしまいますが、危険と隣り合わせだということを実感しましたよ。


 我々はできるかぎり竜のいない道を通って、山を大きく回っていきました。

 しかも動物たちが寝静まる夜に出発したので、暗い中でいつ山の斜面から足を滑らせて落ちるかもわからない恐ろしさと隣り合わせです。


 そのたびにグライスさんが大丈夫だ、大丈夫だと言ってくれましたね。


 はは、なんて情けない。

 いろいろな町に赴いたことがあり、山賊にも襲われたことがあるというのに、わたしよりも若い方に心配されるとは。


 ……え、お嬢様?


 手を握って……


 どうかされましたか?


 あぁ、彼らはお嬢様と同い年の15歳なのですよ。


 出稼ぎのために学校を出たあとは村を出て、東の商業都市で冒険者として働いている方々です。

 お嬢様もいつか、彼らみたいにいろいろな場所を冒険ができるぐらいお元気になればよいのですが。


 あぁ、失礼いたしました。

 お話の続きですね。


 安全な道を通ったため、竜はいませんでしたが、山を住処としているグレートベアの群れと鉢合わせてしまいまして、ええ。

 とても驚きましたがミカさんとグライスさんが連携して追い払ってくれましたので、大丈夫ですよ。どこもけがをしていません。お嬢様もどうか心配なさらずに。


 グレートベアと戦う二人の連携はとてもすごかったですよ。

 グライスさんが盾でグレートベアの噛みつきをおさえたところをミカさんの爆破魔法で撃破する。ミカさんの詠唱を邪魔しようとしてくるときはグライスさんが剣でグレートベアの首を落とす。

 圧巻でしたよ。


 ………ただその、わ、私は岩陰に逃げているだけでしたが……

 なんとも、私は逃げてばっかりでしたね。

 私では何もできないくらい彼らはとても心強かったですよ。

 ミカさんの魔法はまるで……そう、お嬢様の誕生日会にいらっしゃったアリア様の歌声のように美しく、グライスさんの剣は地面を揺らすほど力強かったです。


 それでも、お二方がグレートベアとの戦闘で疲れてしまいまして、大きく予定を変えて、偶然見つけた山小屋でオヤスミすることにしました。

 私たちも必死だったもので、中がどんなことになっているのか調べずに急いで入ってしまってですね……


 なんとその山小屋、屋根がなかったのですよ!


 ……ってあ、あの、お、お嬢様、そんなに笑わないでください!


 私たちも慌てていたのですから!


 お嬢様はご存じないかと思いますが、夜の山はとても冷え込みます。それなのに屋根がない壁だけの小屋で一夜を過ごすなんて。本当に夢にも思っていませんでした。

 その小屋の中で、体が冷えて死んでしまわないように、温かい毛皮の布を体に巻いて、細長いペンネみたいな格好で寝るのです。

 そして敵がこないように見張りを交代しながら夜を過ごすのですが……


 私がグライスから怒られてしまいまして……


 その、あまりに夜空の星がきれいで見とれていたら寝ることを忘れてしまったのですよ。

 命の危機が迫っているから、急いで眠らないといけないのに、明るい星に見とれてすっかりと目が冴えてしまったんです。特に屋根のない山小屋から見た景色は見たことない新鮮さもありましたから。


 あの星空はとてもきれいでした。

 いずれお嬢様をつれて、また同じ道を通ると思いますが、そのときまでには目が見えるようになっていると、ご一緒に楽しめるのでしょうね。とても楽しみです。


 あぁ、ですが、お嬢様はちゃんとお眠りくださいね。そう、長旅になりますからしっかりとお体を休んでください、いいですね。


 それよりも、もっと珍しいものを見ました。

 あのリリー神話でしか聞いたことがない巨竜がいましたよ。


 はい、お嬢様が昔お好きだったあの絵本のリリー神話です。


 私も初めて見ましたが、とても体が大きかったです。ちょうど、このお部屋におさまるぐらいの大きさでしょうか。

 あの時は休眠時期だったこともあり、襲われませんでしたのでご安心ください。


 はい、それは日が昇った朝の出来事です。

 グレートベアもいなくなり、静かになった山に大きな声が響きました。


 ミカさんは『竜の目覚め』だと言っていました。一生に一度見られるかわからないそうです。

 その声が聞こえる山の際を見ると巨竜が山の中腹で朝日を浴びていました。とてもおおきく恐ろしいものを見てしまった以上に、日を浴びて青く光るウロコが美しかったです。


 そしてその巨体を大きく動かして、おおきな翼をはばたかせて東の空に突風を巻き起こしながら飛んでいきました。


 朝日に飛び立つ巨竜。

 あの荘厳そうごんで太刀打ちの出来ない摂理せつりを目の当たりにしたあの光景は二度と忘れることはないでしょう。


 お嬢様にも見せてあげたかったです。

 お嬢様は私の冒険話がお好きですが、その気持ちはいつまでも大事にしまっておいてください。

 私が死の淵に立たされた山の中で見た星や竜は絵本や物語で読んだものとは違いました。


 星は一等星がもっとも美しく光り輝くと物語では書かれていましたが、実際の空に瞬く星々はみなどれも等しく光を放ち、どれが一番などと比較するなんてこともできません。すべてが美しく光る星でした。


 それに、竜も巨大で恐ろしいものだと思っていたものが、まるで人間のように眠そうに起きる生き物だなんて知りもしませんでした。竜でも体を起こした時は人間みたいに目を擦るんですよ。意外ですよね。


 そして、星や竜だけじゃありません。

 人はよくわからない、未知のものにあこがれて美しいと感じるのです。光り輝く宝石もどうして生まれてくるのか、その明確な理由はまだわかりませんし、魔術も我々が使えるようになることも奇跡の産物だと言われています。

 そういった未知のもの、それがこの世界に溢れています。


 お嬢様のお体が治れば、きっと新しい発見と出会いが待っていることでしょう。


 それらをすべてお嬢様にお見せしたいです。

 私のささやかな願いです。


 元気になったお嬢様とともにあの星空を見ることができる日まで、私はずっとあなたのおそばにいたいものです。

 それがどんなに未来のことになろうとも、私はあなたの従者としてずっとお嬢様を支えていきます。

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