第2話 絶望の故郷

母は、一向に帰ってこない飼い主達を心配していた。ようやく離乳食を食べ始めていた僕らは、飼い主さん達の農機具の入っていた物置小屋にいたから、自由に出歩けたけど、時折、山間からは、悲痛な声が聞こえていた。多くの人間達がどこかに消えた。僕らの飼い主さん達も、それと同じだった。山の空気が変わっていた。母は、物置にいくつか合った、僕らの食べ物を探し出し、僕らに与えていた。自由のきく体だったから、あちこち、見回りに出掛けては、暗い顔で帰ってきた。

「何か、あったの?」

「なんでもないわ」

庭には、井戸を引いた水道があり、少しずつ、飲み水が流れてくる仕組みになっていた。僕らは、たまたま運が良く、食べ物や飲み水に困る事はなかったけど、遠く山間からくる風の便りは、残酷なものばかりになっていた。

「どうして、いつも、叫び声が聞こえるの?」

弟や妹が母に聞いた。

「悪さをする獣がいるのよ」

「どうして、泣いている人がいるの?」

「お別れをしなければいけないのよ」

夜は、母と一緒に眠る事ができるが、昼間、母は、飼い主さん達を探しにいく様になった。そんなある日のことだった。母は、いつもの様に、どこかに、出かけていった。また、飼い主さん達を探しに行ったのだと思う。すっかり、人間達の姿を見る事は無くなっていた。僕らは、いつもの通りに、庭で戦いごっこをしていた。

「誰か、いるのか?」

声が聞こえた。人間ではない。野犬と化した犬達が、何匹も、僕らの家に押しかけていた。

「にいちゃん?」

大型の犬達に、弟や妹は、震え上がった。慌てて、古タイヤの隙間に隠れていると、野犬達は、ぐるぐると僕らの匂いを嗅ぎ回った。

「どこいった?」

恐ろしく痩せており、目は血走っていた。肋骨は浮き出ており、もう、何日も、食事を摂っていない様だった。

首から、下がる切れたロープが何があったのかを物語っていた。

「どこからか、逃げてきたんだ」

僕は、小さく呟く。一匹だけではない。何匹も、飢えた様子で、辺りを嗅ぎ回り、僕らの居た物置小屋を嗅ぎ回ると、僕らの食べ物が置いてある棚に気づいた。

「あるぞ!」

そのうちの一匹が叫ぶと、一斉に、僕らの食べ物に飛びついていった。僕らは、存在に気づかれない様に、体を小さくして、隠れ続けた。時折、飼い主さん達のお世話していた鶏小屋からも、逃げ惑う声や羽ばたきする音が聞こえてくる。何匹の犬達の吠えあう声。猫の鳴き声。たくさんの生き物が、僕らの家を目指していた。

「母さん。帰ってこないで」

僕らは、早く母が帰ってくるより、飢えた犬達が食べ物を争い戦う所へ、帰って来るのを恐れた。

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