炸裂

 「その日」は突然にやってきた。

 いつものように目を覚まし、朝の稽古をしていた時だった。

 訓練用の木の槍で模擬戦をやっていた時、ミアの首飾りが弾けて粉々になった。


「な、なんだ今の……?」


 俺は粉々になったミアの首飾りをみた。

 機械のパーツと鉱石が粉々になっていた。

 そして奇妙なことに、それらのパーツが地面を這うように動き出したのだ。


「動いてる!? ミア、この首飾りって確か……」


「ああ。これは〝奴〟の一部だ。本体がいる方に向かって移動する特性がある。ここまで反応を示すのは初めてだ。奴が――近づいている」


 ミアは即座に訓練用の槍を投げ捨て、〝業魔ごうま殺し〟の槍を持つ。

 同時にポルカが合流してきた。


「やあ二人とも。想定したとおりの展開だ。ミアの敵はギガモールの方にいることだろう」


「そのようだな。では、行くとしよう。二人とも、しばしの別れだ」


 ミアは指笛を吹いてストーム――ミアが飼っている移動用の機械獣モンスターを呼んだ。

 程なくしてストームが平原の向こう側からやってくる。

 ミアの行動は恐ろしく迅速だった。

 言葉をかける隙もない。

 普段から「この時」を想定し、準備を重ねてきた人間の動きだった。

 俺はミアの気迫に圧されながらも、意思を伝えた。


「ま、待ってくれミア。俺も行く」


 俺の決意を察したのか、ミアは俺を止めようとはしなかった。


「駄目だ、とは言わない。だが死ぬ覚悟はしておけ。〝ただれ猿〟の攻撃対象は、私だけではないからな」


 脅しのようなミアの警告に、俺はハッタリで返す。

「分かっているさ。ミアが〝ただれ猿〟を倒し損ねたら、俺が仕留めよう」


「まったく、しょうがない奴だ……」


 ミアは苦笑しながら、ほほえんだ。

 そして〝ストーム〟に跨がる。


「ぶるるるっ!」


 〝ストーム〟は威勢良くいななく。

 ミアは凛々しい声で、俺に告げた。


「急ぐぞ。振り落とされるなよ」


   *   *   *


 全身に風を浴びながら、草原を疾走する。

 風と振動で、よほど大きい声で叫ばなければ会話もできない。俺は沈黙し、ストームを操るミアの尻を見ていた。


 ずっとこうしていたいと思うが――ギガモールがあっと言う間に近づいてくる。

 もう、いつどこから敵が現れてもおかしくはないだろう。


『分かっていると思うが、今回は戦闘支援に徹するんだ』


 と、意識の中でポルカの声が聞こえてきた。

 拡張現実オーギュメント端末を介した無線通信だ。


『そうだな。これはミアの戦いだし』


『それもあるけど、実際問題、タザキは〝業魔ごうま殺し〟を持っていない。戦うには不利だ』


 その件は何度かポルカと話し合っていた。

 俺が持っている武器は接近戦で使うナイフと、弓だけだ。

 どちらも強力な武器ではあるが、業魔ごうまには通用しない。

 〝業魔ごうま殺し〟でなければ、敵はすぐに回復してしまうのだ。


『分かっているさ。――遠くから矢を放って動きを止める。敵の死角に回り込み、ナイフで切る。敵の気を逸らすのがメインだろう』


 ナイフは旧世界の遺物――〈豊穣の月〉。

 何でも切れるナイフだ。

 間合いに飛び込めば、確実にダメージを与えられる。


『そのとおりだ。でもナイフも避けた方が良いね。業魔ごうまは再生力が厄介だ。普通の攻撃ではすぐに復活してしまう。接近戦でやるのは難易度が高いよ』


 機械と機械を有機的につなぎ合わせ、命令を下す病魔エラーコード

 それが業魔ごうまの正体だ。

 不死の機械獣モンスターを倒すにはプログラムそのものをどうにかしなければならない。


『ミアの〝業魔ごうま殺し〟はただの槍じゃない。旧世界の兵器だ。業魔ごうまというプログラムを強制的にリセットする機能があるのさ。〝鉄の王〟が持つにふさわしい武器だね』


『残念だよ、俺にも〝業魔ごうま殺し〟があればなあ……』


 実はこれまで、俺とポルカは旧世界の遺跡を探し回っていた。だが業魔ごうまを殺せる武器は見つからなかったのだ。


『ない物を嘆いても仕方がないさ。そのぶん、タザキにはミアとの修練で手にした体力や戦闘スキルがある。存分に力を発揮してくれ――もっとも、一番良いのはタザキの出番がないことだけどね』


「タザキ、上を見ろ!」


 ふとミアが叫ぶように声をかけてきた。


「で、でけえ……!! ……あれが、ミアの敵なのか!?」


「そうだ。あの猿が、私の獲物だ。――この時を待ちわびていた」


 ギガモールの建物のてっぺんに、「巨大な人型の獣」が立っていた。

 初めて見るタイプの機械獣モンスターだ。

 前情報で猿、と言われてはいたが、とてもそうは見えない。


 猿は奇妙な鎧を装備していた。

 黒と紫で彩られた、時代も国籍もよく分からない奇妙な鎧だ。強いて言うなら、戦国武将が装備するものに近いかもしれない。

 そして異常に大きい。

 俺がいる場所から建物の上までは数百メートルは距離がある。普通に姿が見えるような距離ではない。つまり、かなりでかい。

 異常だ。

 業魔ごうまは、明らかにただの機械獣モンスターではない。


「なあポルカ……あれは本当に猿の機械獣モンスター、なのか?」


「間違いないよ。あの業魔ごうまのベースは、猿の機械獣モンスターだ」


「俺が知ってる猿とぜんぜん違うんだが……?」


業魔ごうまはありとあらゆる外部存在を食らいつくす。機械も生命も関係なく、使えるものなら何でも自らに取り込んで、強化していくのさ。まるで人間みたいにね」


 巨大な重装備の業魔ごうまが、飛んだ。

 重力を無視するかのように、恐ろしく高く、軽やかに。

 ずしゃぁああ!

 土煙をあげながら、猿が俺たちの前に着地する。

 心臓が跳ねる。

 ミアが追い求めていた敵が、俺たちが待ちかまえていた敵が、目の前にいる。


「タザキはこのままストームに乗っていろ。状況に応じて使ってくれ」


「ありがとう。……ミア、勝つんだぞ」


「誰に言っている。私は〝鉄の王〟だ。今度こそ役目を果たす」


 ミアは力強く言って、ストームから飛び降りた。


「始まったな……ここまできたら慌てても仕方がない。いつでも戦える準備だけはしておくか」


 俺はストームに乗ったまま、弓と矢を構えた。

 訓練の成果がでている。俺は一人で〝ストーム〟に乗りながら弓を使えるようになったのだ。


「ひとまず僕らはバックアップに徹するとしよう。僕の分析情報も、リアルタイムでタザキに共有するよ」


「ああ、頼んだ」


「ところでタザキ。本当にいいんだね?」


「何がだ」


「一応、確認する。逃げるなら今のうちだ」


「ポルカは本当に人の心がないな。そんな選択肢、あるか?」


「最後の確認をしたまでさ。あの業魔ごうまとタザキのレベル差は約700だ。そして僕の推測では、タザキが巻き込まれる可能性はほぼ100パーセントだ。それでもやるつもりかい?」


「関係ないね。ポルカがいれはレベル差は0だ。そこにミアも加われば、俺たちの勝ちだ」


「ははは。その不条理さこそタザキだ。いいだろう。僕も全力でサポートするよ――」


 ――ドッ!

 と大気を揺らす衝撃が走った。

 ミアの〝業魔ごうま殺し〟が炸裂したのだ。

 戦いは既に、始まっていた。

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