束の間の
ベースキャンプに、新キャラが現れた。
いや、キャラじゃないけど。
「本当にポルカがやったのか? この風呂、立派すぎだろ」
俺は我が目を疑った。
洞窟の近くに、巨大な風呂が鎮座していたのだ。
岩を重ねた土台の上に、お湯を沸かすタンクがどーん。
それに加えて、冷水を貯めるタンクがばーん。
二つのタンクは浴槽につながっていて、お湯と水の量を調整できるようになっている。完璧な湯加減だ。
しかも浴槽はかなり大きい。
手足をのばして風呂に入るなんて、いつぶりだろう。
「作業自体は原始的なものだった。それほど難しくはないよ。材料も廃墟を漁ったらすぐに見つかったしね」
「いやいや……だって水路まで引いてるじゃないか。相当大変だぞ、これは」
洞窟の近くには穏やかな小川がある。
ポルカはその小川を分岐させ、風呂の近くまで水路を通したのだ。
「必要だと思ったからやったまでさ。風呂の水を汲みに行くのは大変だからね」
ポルカは相変わらず淡々とした口調だ。しかしやってることはもの凄いぞ。
「ね? 簡単でしょう? みたいに言われても……。というか、ポルカって猫型アンドロイド的なやつだろ? めっちゃ肉体労働じゃないか。水路を掘ったりタンクを運んだり、どうやったんだ?」
「さすがに力仕事は僕には難しい。だから彼に頼んだのさ」
と、俺の背後で「ぶるる」と
ミアの愛馬〝ストーム〟だ。
厳密には機械の獣だから馬ではないが。
ストームは「こんな感じでやったよ」とばかりに前足で地面をガリガリと削り、角で岩を砕いた。
パワフルすぎるだろ。
「ほぼ重機じゃねえか……」
「力仕事は彼の担当だ。で、細かい作業は、僕がこんな具合にやったのさ」
ポルカは機体の内部をぱかりと開き、機械のアームを展開させた。
「マジで何でもできるじゃないか。て言うか……俺が探索して資材を手に入れるより、ポルカがやった方が早かったんじゃないか?」
俺はこの世界に来た最初の頃を思いだす。
全裸でサバイバル生活をしていた時は、本当にしんどかった。
その辺の雑草を腰に巻いていたこともあった。
ポルカの知識と機械のアームを持ってすれば、大抵のことは解決しそうだよな。
「あれはあれで意義があったよ。タザキがこの世界に慣れる必要があったからね。でも今の状況なら、生活のことは僕に任せて瀕死と全快を繰り返した方が効率が良い」
「合理的過ぎて怖い! 確かにレベル、ものすごい勢いで上がってるけど!」
「何の騒ぎだ?」
と鍛錬から戻ってきたミアが話しかけてきた。
かなり激しかったようで、全身に汗をかいている。
「やあお帰り。お風呂にする? それとも食事にするかい?」
昭和の専業主婦みたいなポルカの問いかけに、ミアは困惑した顔になる。
目の前にあるお湯のタンクの使い道が分かっていないようだ。
「お……ふろ?」
「おっと失礼。〝鉄の民〟は湯船に浸かる習慣はなかったね。お風呂というのはね――」
* * *
「気持ちよかった……」
ミアが恍惚とした表情で風呂から上がってきた。
「一万年前の人間は、あんなに気持ちいいことを毎日していたのか」
妙に語弊がありそうな言い方だな。
「まあシャワーで済ます時もあったけどね。〝鉄の国〟にお風呂の文化はないのか?」
「戦に不要なことはしない。体を洗うのにお湯を沸かすのは時間の無駄だ」
「お、おう……。まあ何となく予想はできていたけど」
ある意味〝鉄の国〟のイメージどおりの答えだ。
スパルタでマッチョなやつ。
と、話が一段落したところでポルカが俺たちを呼んだ。
「二人とも、食事が完成したよ」
夕食はギガモールから調達してきた保存食だ。
保存食、とは言うが栄養バランスは完璧なやつだ。
残りはまだまだあるので、しばらくはトレーニングに専念できる。
「今日はメニューを変えてみた。二人の口に合うといいんだけど」
「え、保存食てそんなバリエーションあるの?」
「同じのばかりでも飽きるだろう。タザキが知っている味で言うなら、今日は中華だ」
「うおまじか!」
保存食のケースを開けると、中華料理の匂いが広がった。
「ほう……実に美味そうだ」
ミアのお腹もぎゅるりと鳴る。
ここ数日はハンバーガーとポテトが続いていて、ポルカの言うとおり少し飽きていた。
そこにまさかの中華。
ポルカはたまにこういうサプライズをしてくる。
そこが絶妙に憎めないところだ。
「うまい。うますぎるぞ。これもうまい。全部うまい」
俺の目の前から、一瞬で食べ物が消えていく。
ミアは急激に語彙力を落とし、パクパクと春巻きや北京ダックを口に運んだ。
いっぱい食べる女の子っていいよね。
〝鉄の民〟はかなりストイックな食事をしているらしい。
獣を丸焼きにしたやつとか、獣の血を煮固めたやつとか。
だからこういう食事が美味くて仕方がないのだろう。
「それにしても……ポルカのおかげで我らの拠点が充実していくな。ポルカを我が国の参謀に迎え入れたいものだ」
ギガモールから調達した資材で、ポルカはトイレや寝室も作っていてくれた。
俺の生活水準は格段に向上している。
ミアが欲しがるのも無理はないだろう。
「ははは、考えておくよ。タザキが僕を必要としなくなった時が来たらね」
「それはないだろう、ポルカ。俺一人じゃ何もできないって」
新たな場所に冒険するにしても、この場に留まるにしても、ポルカがいなければ話にならない。
この世界は、どれだけレベルを上げたところで知識がなければ詰むって状況が無数にあるからだ。
「やはりそうか。残念だが、諦めるしかないようだな」
「でもタザキが死んだら話は別だ」
「……ちょっと待て!! 縁起でもないことを言うな!」
「ほう、ならばタザキを殺せばポルカが手に入るということか?」
とミアが悪のりする。
「ミアまでそんなこと言う!?」
「ミアの指摘は正しい。理論上は可能だ」
「二人ともふざけるなよ……って、どうしたんだ!?」
愉快な話をしていたはずなのに、ミアの目から涙がこぼれだしたのだ。
「俺なんか悪いこと言った?」
「駄目じゃないか、タザキ。やはり人の死というナイーヴな話をするべきではなかったね。君は反省した方がいい」
ちょいちょい小ボケを入れてくるんじゃない。
「言い出しっぺはポルカだよな?」
ミアは涙を拭き、しかし嬉しそうに笑った。
強い女の子が笑う仕草っていいよね。
「違うんだ。こうして愉快な時間を過ごすのが、あまりにも久しぶりだったものでな」
「……そういうことか」
因縁の敵を追いかけ、一人戦う〝鉄の王〟。
ミアもまた、孤独な戦いを続けていたのだ。
「タザキといると、とても楽しい気持ちになる」
「俺もだよ」
荒廃したこの世界で、こんなにも楽しい時間を過ごせている。
心の底から思う。
こんな時がずっと続けば良いと。
ミアも可愛いしな。
――しかし数ヶ月、事態は予定調和的に急変する。
ポルカの予測どおり、ミアの宿敵――〝
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