レベルアップ

 最初の三日間で、〝鉄の練兵場〟が作られた。

 俺たちはあちこちから木材を運んできて、森林公園のアスレチックのようなものを建設した。


 俺とポルカ、そしてミアの愛馬〝ストーム〟までも駆り出して、大規模な土木工事を行った。

 この時点でとてつもない運動量だ。


 四日目から、地獄が始まった。


「……はあ、はあ、ぶべぇええ……!!!」


「タザキ! まだ寝る時間じゃないぞ! 早く進むのだ! 進みながら目を閉じて弓を引け! 敵の動きを肌で感じろ! そこだ! 撃て!」


「ぷぁーっ!」


 俺の情けない声とミアの罵声が修練場に響く。


「だ、だめだ……もう、限界……」


 俺は全身泥まみれになりながら、地面に倒れ込んだ。

 もちろん機械弓コンポジットボウを泥で汚してはならない。とっさの場面で精密な狙いができなくなるからだ。


 地面に倒れても、弓は体より上へ。

 何日かの間ですっかり体に染み込んだ動作だ。

 このルールを破れば腕立て百回。

 俺、いつから軍隊に入った……?


「外れたら動け! 当たっても動け! 敵の反撃を予測しろ! ポルカの援護はないものと思え!」


「ぬぉおお…………む、無理だよ…………」


 今やっている訓練は、ぬるぬると動く平均台を進みながら、これまた動く的に当てる。というものだ。

 そして動く的には機構ギミックが仕掛けられていて、ランダムにボールを飛ばしてくる。


 ボールに当たれば当然死亡扱い。

 その場合も腕立て百回。

 シンプルに無理ゲーだ。


「これは基礎だ! どのような体制からでも弓を放たねばならない! 攻撃も回避しなければならない! ここは戦場だ!」


「く、くそ……分かっている。でももう体が」


「そうか。ならば休憩にしよう。――腕立て百回!」


「休憩じゃなくないか!」


「用意、構え! 1! 2!」


「タザキの生体情報はリアルタイムでスキャンしている。まだまだ追い込んでも命に別状はないね」


「わ、分かっている……くそ、ポルカまで……分かったよ、やるよ!」


「貴様の力はその程度か! そんなことではこの世界を生き抜けないぞ! 3!」


 ミアは〝鉄の国〟では王になる前は軍隊の指揮をしていたという。〝鉄の王〟の称号に違わず、訓練は無茶苦茶に厳しい。

 もちろん俺はそれを理解した上で訓練を受けている。


 強くなりたい。


 その意思が俺を突き動かしていた。


 そんな俺の思惑を察してか、ミアは想像以上に全力で俺をしごきに来ている。最初のうちは多少の遠慮はあったが、ドSな鬼教官に豹変している。


 うん、覚悟はできていたがめっちゃきついぞ。

 というか、いつもよりきつくないか?


「……タザキ! 貴様は今、『いつもよりきつくないか?』などと思っているのではあるまいな。当然だ! 昨日よりもぬるい訓練をしていては、成長できるはずがないだろう! 67! 68! 69! 69! 69! 次の数字はなんだ!」


「70!」


「69だ! 69! 69! 69!」


 というかミアみたいな女の子が69て連呼するの、別の意味を想像して気が散るな。色々と持て余してしまう。


 ――なんて考える余裕もなくなってきたぞ。


 リミッターが壊れたエンジンみたいに心臓はどくどくと血を巡らせ、全身から汗がどばどばと流れる。前が見えない。


 腕立てで鍛えられる筋肉って、二百種類くらいあるんじゃないか?


 と思えるほどに全身が疲労している。

 これだけ数をこなせばそうもなるだろう。

 全身が痙攣めいて震えだした頃に、ミアの鬼教官モードが解除された。


「今日はここまでとする」


 ミアは生まれたての子鹿みたいになっている俺を、そっと抱え上げた。

 やだ、お姫様抱っこじゃない。

 お胸も近いじゃない。


「…………大丈夫だったか? 痛いところはないか? タザキ。本当に、こんなことをしていいのか? こんなに汗をかいているじゃないか。今、水を持ってくる」


「あ、ありがとう。……何か癖になりそう」


「何がだ?」


「何でもない。ばぶぅ」


「ばぶ? どうしたのだ」


「げふんげふん、何でもない」


 超ドSな後の甘々なご褒美、最高です。


「おや? タザキのバイタルが急に回復したようだね。もう1セットはできそうだよ。どうする?」


 とポルカは冷酷なことを言う。

 ポルカとは最近ようやく分かり合えてきたと思っていた。

 だけどやっぱり…………この猫型ロボ、人の心とかないな?

 ミアは優しい声で俺に言った。


「よろしい。ならば次は近接戦闘――槍術の訓練だ」


「ひょぇええ…………!!」


   *   *   *


 日が暮れる頃に訓練は終わった。

 俺はミアと別れ、いつもの拠点――草原地帯の外れにある洞窟に戻る。

 ミアはこの時間からさらに自分のトレーニングをやっている。

 〝鉄の王〟は、本当にタフだ。心の底から尊敬する。


「やあ。今日の稽古はずいぶんと激しかったね」


 ポルカはしれっとした口調で俺を迎え入れた。


「激しかったなんてもんじゃないだろ。俺、何度か死にかけたぞ!?」


「ふうむ。じっさい、普通の人間なら死んでいるレベルだね。でも効率よく鍛えるには、そうやって超回復をくり返す必要があるからね」


「理屈はわかる。でもあの薬、明らかに飲んじゃいけない成分が入ってないか? どっから手に入れて来たんだ?」


 訓練の後半、俺が倒れるたびにミアは薬を飲ませてくれた。

 薬の効果は抜群だった。

 意識がない状態から口に含むだけで、一瞬で普通に歩けるようになったのだ。

 だから今日の後半は、ずっと気絶と復活の繰り返しだった。

 絶対体に悪いやつだ。


「ははは。危険な成分は入っていないよ。『超回復サプリ』は医療ブロックに調合させたものなのさ。安全な回復薬さ」


 医療ブロックはミアの腕も治療した。

 ドスケベな触手がツッコミどころではあるが、あれ一台で病院と薬局の機能が搭載されている。

 超絶チートな白い箱なのだ。


「あー……あの時に調合してたのか。未来の薬、ヤバすぎだろ。でもそれなら簡単に肉体を強化できる薬が良かったよ。ドーピング的な」


「残念ながら、その手の薬は自我が崩壊する可能性が高い。肉体改造の速さに精神がついてこれなくなるからね。だからタザキ。君にはこの言葉を贈ろう。――痛みなくして成長なし、だ」


「この世界、微妙に痒いところに手が届かないな?」


「そのおかげでミアと一緒になれたじゃないか。ところで、レベルの上昇は確認したかい?」


 俺は拡張現実オーギュメントを起動し、ステータス画面を開いた。


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【NAME】タザキ

【体力】80/98

【攻撃力】250

【防御力】40

【技量】 61

【俊敏性】73

【集中力】39

【器用さ】8

【機転】 60

【工作力】10

【総合Lv】40

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「うお、すげー上がってるじゃん」


 前にチェックした時の総合レベルは12だったはずだ。

 それに比べると、かなり上昇している。


「どうだい? 訓練の成果は。数字で見せられると説得力があるだろう?」


「マジでぐうの音も出ねえな……」


 やはり効率良く成長するには、何かを犠牲にしなければならないのだ。

 しかも犠牲の結果は着実に出ているのだから、文句を言っても仕方がない。


「まだまだレベルアップの余地があるね。でも、タザキはどこまでやる気なんだい?」


「来月までに、レベル900だ。無理だと分かっていても、それが目標だ」


「……そうか。やはりタザキも〝ただれ猿〟と戦うつもりなのか。ミアはそれを望んではなさそうだけど」


「分かっている。俺も業魔ごうまと戦うのは二度とごめんだ。……でも、もしもの時ってあるだろ?」


「タザキがそう考えるなら、僕は止めない。僕はあくまでも君をサポートする存在だからね」


 〝先王殺しのただれ猿〟

 それが〝鉄の国〟を蹂躙した業魔ごうまの名だ。

 ミアの追跡を交わし続けるほどに高い知性を持つ、機械獣モンスターの変異種。


 ミアは一人で戦うつもりでいる。


 俺は表向きは単純に「強くなりたいから、ミアに鍛えて欲しい」くらいに留めている。

 だが本心では俺も戦うつもりでいる。


 もちろん積極的にやる気はない。

 ミアが一人で倒せるならそれに越したことはない。

 ミアは〝鉄の王〟で、〝業魔ごうま殺し〟の槍を受け継いでいる。

 これは〝鉄の王〟としてなすべきことなのだ。


 そこに俺が出る幕はない。


 それでも、だ。

 もし、ミアがピンチに陥ったら?

 俺は何もできない自分でいたくない。


 ポルカが推定する〝ただれ猿〟のレベルは900。

 一方で俺のレベルは上昇してこそいるが、40。

 「駆け出し冒険者vsラストダンジョンのやべーやつ」くらいの実力差がある。


「タザキ。一つ教えて欲しい。一体、何が君を突き動かしているんだい? 自分のペースでレベルアップしていった方が、無理もないだろうに」


「自分の弱さで後悔をしたくないだけだ。それに単純にミアを助けたい。その手段がレベルアップだって言うなら、やるだけだ」


「僕としては、実に喜ばしいよ。君がこの世界の冒険に前向きになってくれているんだからね」


「それとこれとは、別だ。やっぱり普通に帰りたいは帰りたいし」


 まあ、ミアとのフラグを建てるのも悪くはないけど。

 でも〝鉄の女王〟とアレやコレな関係になったら、ちょっと大変そうだ。

 うん、今くらいのソフトな感じでちょうど良いだろうな。

 またミアにしごいてもらいたいなあ。


「……おや? タザキがよからぬことを考えているような気がするが、気のせいかな?」


「気のせいだ」

 ポルカのような勘の良い猫は苦手だ。


「そうか。なら良いけど。では食事としよう……と言いたいところだけど、その前にお風呂にするかい?」


「え、今なんて?」


「お風呂がわいているよ」


「ええ? 風呂……?」


 トレーニングのしすぎで耳がバグったのかと思った。

 俺の周囲数百キロは廃墟と草原が広がっている。

 お風呂なんてものがこの崩壊した未来世界に……あるはずがないのだ。


「ぽ、ポルカ……まさかお前……!!」


「ああ、そうさ。君がトレーニングしている間にお風呂を作っておいたのさ。案内しよう」

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