爛れ猿

 ミアの相棒の名は〝ストーム〟

 機械獣モンスターとしての分類名は〈アックスホース〉というらしい。

 全体的なフォルムとしては、その名のとおり馬に近い。

 が、頭には金属製の角が生えているし、四肢は硬い金属で覆われている。


 〝ストーム〟の乗り心地は良く、爽やかな草原の風が吹き抜けていく。ミアは手綱をで握る。

 医療ブロックが大量にナノマシンを投入し、ミアの骨や血管を新たに生成したのだ。

 成果としてはある意味プラマイゼロかもしれない。

 が、ミアの右手を見ているだけでものすごく達成感がある。


 ……と、それだけ周りを見渡す余裕があるのは、ギガモールから生還できたからだ。

 振り返ると、遠くにギガモールが見えた。

 巨大な建物は夕日に染まり、夜の闇が迫りつつあった。


「終わったな……今日は長かった」


「11時間と29分25秒ぶりの帰還だ。みんな、お疲れだったね」


「ポルカ、刻むなあ~」


「正確なデータを提供するのも僕の役目だからね。もっとも――ギガモールのマップデータは古かったけどね。いやあ悪かったね」


「問題ないって。全部結果オーライだよ。それ以上にポルカには助けてもらいまくりだ」


「そう言って貰えると嬉しいよ」


「そのとおりだ。私も久しぶりに命がけの戦いができて、勘が戻ってきた」


「ものすごく戦闘民族!?」


「ははは。鉄の民とはそういうものだからね」


 呑気な会話をしながら、ベースキャンプに到着。

 〝ストーム〟から飛び降りて、俺はしみじみと今日の出来事を振り返った。


「今日は中々の冒険だったなあ。でも手に入れたアイテムと言ったら服とキャンプ用品だけか」


 他にも使えそうなのを拝借しても良かった気もするが、戦闘でそんな余裕はなかった。

 残念っちゃ残念だが、無事に帰って来れただけでよしとしよう。


「ふふふ」


「何だ、その意味ありげな笑いは」


「タザキが戦っている間、何気に暇だったから色々と回収してきたのさ。君の圧縮現実コンプレスリングを遠隔操作で使っていたんだよ」


「な、何だと……?」


 ポルカが言うと、拡張現実オーギュメントが起動し、大量のテキストが表示された。


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【ポルカの探索支援】

*アイテムが追加されました

・〈DRD社〉製 非常用糧食×100

・飲料水×5000

・自然エネルギー変換装置×10

・食料保管庫×3

・生分解性エコシステム×5

・緊急蘇生キット×10

・抗ウイルス/抗菌薬×50

・超回復サプリ×200

・シングルベッド×2

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「うお!? 何かすごいことになってる!」


「回収できる範囲は限られていたけど、当面はサバイバルに労力を割かなくても大丈夫そうかな?」


「大丈夫って言うか、むしろ遊んで暮らせるだろ」


「回収したアイテムにはそのうち活躍してもらうとして、日も暮れてきたことだ。食事にしようじゃないか」


   *   *   *


 近くの川で水浴びをした後、俺とミアは焚き火で体を温めていた。

 今日の夕食は、ギガモールで手に入れた非常食と、重装牛バッファローの肉だ。


 肉の調理はよってポルカがやってくれる。

 背中から機械のアームを展開し、ギガモールで手に入れた道具で肉を調理する。


 既に直火で焼かれて香ばしい匂いが漂っている。

 ミアの腹もグルグルと鳴っている。 


「さて、ギガモールで回収した非常食も食べようか。タザキ、アイテムボックスから出してくれ」


 拡張現実オーギュメントを操作し、アイテム一覧を開く。


「この〈DRD社〉のてやつか。でも何で非常食も食べるんだ? 肉だけでいいだろ」


「この非常食には肉体を補修する医薬成分ナノマテリアルが練り込まれているようだね。戦闘で消耗した二人には必要な薬でもあるのさ」


「うお、めっちゃハイテクじゃん」


「一晩眠れば完全に回復しているだろう。これで明日も瀕死になるまで戦えるね」


「それが狙いかっ! 一日くらい休ませてくれ」


 俺はアイテムボックスから非常食を二つ出した。

 外見からは中身が分からない。

 ただのプラスチックのケースのようだ。


「これ、どうやって食べるんだ?」


「注ぎ口に水を入れて、スイッチを押すんだ。このケースそのものが自動調理キットになっているからね」


 俺はケースの蓋を開けて、水を注いだ。

 直後、ケースの隙間から蒸気が出てきた。

 もしかして駅弁みたいなやつかな?

 ……なんて適当な想像をしながらケースを開ける。

 すると、食欲をそそる匂いが立ちこめた。


「これってまさか……ハンバーガー? ポテトにシェイクもあるじゃないか」


 ケースの中には「あのチェーン店」にそっくりなハンバーガーが入っていた。

 しかも出来たてだ。

 バンズはしっとりで、間に挟まれている肉は良い感じに肉汁が溢れている。

 こんな場所に来てまで出会えるとは思ってもいなかったぞ。


「これが保存食? レベル高すぎだろ」


「当時の水準からすれば、まあ普通の保存食だね」


「どこが普通なんだよ。このレタスとか生野菜そのものじゃないか!?」


「これは……ハンバーガー、と言うのか? 〝鉄の国〟では見たことがないが――」


 と言った次の瞬間、ミアの手からハンバーガーが消えていた。

 食いしん坊すぎて笑ってしまいそうになる。


「うまい! 旧世界の食事とは不思議なものだ。食べれば食べるほど腹が減るぞ! うまい!」


「それはミアだけでは……?」


「まだまだあるから、いくらでも食べなよ。足りなくなったら、タザキがまたギガモールに行けば良いだけだからね。死にかけるけど」


「俺の扱い酷すぎだろ!?」


   *   *   *


 食事が何となく終わった頃、俺はミアに切り出した。

 もしかしたら、これまでのどの場面よりも緊張する瞬間だったかもしれない。


「ミア。しばらくここにいてくれないか?」


 ばくばく、と心臓が鳴っている。

 女の子にそんな話をするのは初めてだ。

 下心がない訳ではないが……俺としてはもっと切実な問題があった。


「ほう? それは、なぜだ?」


「ミアが因縁の敵を追いかけているのは、分かっている。それを邪魔するつもりもない。でも少しだけで構わない……俺を鍛えて欲しいんだ」


 今回の探索で、俺は痛いほど自分の弱さを理解した。

 基礎体力も低ければ、武器の使い方も素人同然だ。

 拡張現実オーギュメントで世界はゲームみたいに見えていたとしても、俺自身がゲームみたいにレベルアップしていく訳じゃない。


 俺の言葉に、珍しくミアの顔が曇った。

 明るく豪快な女戦士……と思っていたミアの、別の顔を見てしまったような気がした。


 そして俺の予感は的中してしまう。

 ミアはひどく深刻な顔で秘密を打ち明けてきた。


「すまない。実は、タザキに黙っていたことがある。私は鉄の国〈フェムグラーダ〉の女王……だった者だ」


「だった、者? それってどういう意味なんだ」


業魔ごうまを殺すまでは、王の座を返上している。あと一年以内に私が祖国に戻らない場合、新たな王がその座に就くこととなっている。

 だからタザキ。私には時間がないのだ。私は、行かねばならない。この腕を治して貰った恩は忘れない。またいつか会おうではないか。次は〝鉄の国〟の玉座で待っているぞ」


「……な、なぜだ? 業魔ごうまを倒すことが、そんなに重要なことなのか? しかもミア一人だけで?」


 ひどく混乱する。

 ミアが鉄の王だということはもちろん、なぜ業魔ごうまを倒すために王が国を出ているのだろう?

 無数の疑問が湧き上がる。

 しかしミアは、たった一言で答える。


「それが〝鉄の王〟の役目だからだ」


 俺は全てを理解した。

 いや、理解せざるを得なかった。

 ここは一万年後の世界だ。人々は俺が知っている常識で動いている訳ではない。

 ミアにはミアの理由があるのだ。


「分かったよ。すまない、変な話をして悪かったな」


「ちょっと待った。まだ話は終わっていないよ」


「ポ、ポルカ……? もう良いだろ。これ以上ミアを説得することもないだろう」


「一言だけ言わせて欲しい。ミア、君はこの場に留まった方がいい。その方が、君のためになる」


「ほう? 理由を聞かせてもらおうか」


業魔ごうま業魔ごうまに惹かれる。君も知っているだろう?」


「もちろんだ。知っていたからこそ、この場所に戻ってきた。だが、ギガモールに奴は来なかった」


 ミアは首飾りの方位機針コンパスを取り出した。

 コンパスの中には、ミアが追いかける業魔ごうまの部品が入っている。

 おおよその居場所と距離が分かる仕組みになっているが、敵の反応は薄いらしい。


「恐らくは私を警戒しているのかもしれない。やはり一度殺しかけた敵だ、慎重になっているのだろう」


「そうだろうね。でも、今以上に強力な業魔ごうまが出現すれば、君の敵は必ずここにやってくるだろう。

 僕の見立てでは、ギガモールの中には大量の資源が眠っている。あの中の業魔ごうまは、今よりもさらに成長するだろうね。待てば待つほど、餌としての魅力が高まるって計算さ」


「……なるほど。それは悪くない話だ。だがどこまで信じられる?」


「僕の計算シミュレーションだと、向こう100日で95%の確率だ」


「すまない。数字は苦手だ」


「ならこう言おう。待っていれば確実にミアの敵は来るよ」


「そうか………………」


 ポルカが提示した未来予測を、ミアは神妙な面もちで聞いていた。

 沈黙の時間が流れる。

 ミアと一緒にいて、こんなに静かな時が流れるのは初めてだった。


「やはり、難しいかな。究極的にはミアが僕の話を信じるかどうか、だからね」


「そうではない。同じ場所に留まるのは、存外に勇気がいるものだな。何しろ〝鉄の国〟を出て一年が過ぎているからな」


「気持ちは分かるよ。でも同じことをしていても、結果は変わらない。思いきってやり方を変えてみるのも手じゃないかな」


 ポルカは、念押しをするように改めて依頼する。


「衣食住のことは僕が何とかしよう。決して悪い話ではないと思うんだ。ここで君の宿敵を待っている間、タザキを鍛えてくれないかな? きっとにもなるはずさ」


「なるほど……確かにそうかもしれないな」


 空気がピンと張り詰める。

 もはや俺が口出し出来る状況じゃない。

 全ては王たるミアの判断に委ねられているのだ。


 長い静寂は、ミアの笑い声で破られた。


「はっはっはっはっは!!! ポルカは実に交渉が上手い! その話に乗ろうではないか!!! この場所に留まる。宿敵を待ち、タザキを鍛えよう!」


「やったね! ミア、これからもよろしく!」


「こちらこそよろしく頼む! タザキも、明日から〝鉄の国〟の修練を始める。覚悟をしておくことだな」


「もちろんだ。手加減はいらない。全力でお願いしたい」


「良い心意気だ! 私も楽しみだ!」


 俺とミアとポルカは、誰ともなく手を出し合った。

 手と肉球を重ね、束の間の同盟関係を祝った。



 その夜。

 俺はミアのことをもっと深く知ることになる。

 なぜ、右腕が義手だったのか。

 業魔ごうまの獣が、〝鉄の国〟で何を行ったのか。

 業魔ごうまの獣は、誰を殺したのか。


 ミアが追いかける宿敵は、業魔ごうまに侵された機械の猿だった。

 その機械猿モンスターは〝鉄の国〟ではこう呼ばれている。


 〝先王殺しのただれ猿〟と。

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