医療ブロック攻防戦

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*医療ブロック

 ゼネメディック社が開発したナノテク医療により、

 旧世界の医療水準は格段に向上した。

 とりわけ同社の汎用医療装置〈抗死ユニット〉

 ――通称、医療ブロックは、

 多くの人々を病の恐怖から解放した。

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 想像していた「病院」とあまりに違いすぎて、俺は立ち尽くした。

 ミアも普段過ごしている荒野と全く異なる世界に、言葉を失っているようだ。


「これが医療ブロック、だと……?」


 俺達はひたすらに白く巨大な部屋の中にいた。

 だだっ広いフロアに、本棚くらいの高さのブロックがひたすらに並べられていた。

 ブロックの数は数え切れない。軽く数百は超えているだろう。

 あまりにも異様な光景に圧倒される。

 戸惑いながら、ポルカに問い掛けた。


「ここ、ただのブロックしかなくないか?」


「そうとも。あのブロック一つ一つが、患者の全てを知るスキャナーであり、万能医師であり、薬品の合成プラントって訳さ」


「え、そういうことなの?? あのブロックが? 医者?」


 俺はてっきり、ショッピングモールの中に病院とか薬局が集まって入居しているのを想像していた。

 平日の昼とか、じーさんばーさんがまったりしてる例のアレである。


 白亜の部屋にブロックが並べられ、そのブロック一つ一つが最先端の医療マシンとか、意味不明すぎるぞ。


「て言うか『医療ブロック』ってそういう意味だったのか?」


「そうさ。ここは医療用の区画ブロックで、患者を治療するのはあの白い立方体ブロックだ」


「ダジャレかよ」


「今から三十分の間だけ、ギガモールの非常電源回路をハックする。電力量的にはこれが限界だ。その間に、やることをやってしまおう」


「ちょっと待った。もしかしてこれ、アイテムボックスに入れて持ち帰れないか?」


「良いアイデアだ。でもそれは不可能だね。タザキの時代に即して言えば、医療ブロックは火力発電所二基分の電力を必要とする。そして設置場所から外そうとすると、自己破壊する仕組みになっている」


「セキュリティーガチガチだなっ!」


「そりゃあ、高価な機械だからねえ」


「了解だ。じゃあ予定どおり……やるか」


「ま、待ってくれ、二人とも。ここの箱がどうやって私の腕を治すのだ? 私は、どうすればいいんだ?」


 隻腕の女戦士はひたすら戸惑っている。

 もちろん俺もよく分からない。


「深く考える必要はないよ。ミアはただここに腕を出して座っていればいい。三十分ほどね」


「そ、それだけでいいのか? それだけで、本当に腕が生えてくるのか?」


「そうなるね。むしろミアは何もしないでくれ。敵がやってきても動かずに、タザキに任せておくんだ」


 ミアがこわごわと医療ブロックの前に立つと、床から白いブロックがにゅっと生えてくる。

 座れ、ということなのだろう。


 ミアは〝業魔ごうま殺し〟の槍を床に置き、腰掛ける。

 するとブロックの一部がモニター画面のように光った。

 全く読めない文字が表示される。


「問診の画面だね。時間もないし、僕がやってしまうよ」


 ポルカが肉球でぷにぷにとブロックに触れる。

 するとその動きに合わせてブロックは光を放ったり、音を鳴らしたりする。


「これは何の作業なんだ?」


「ミアは正規の市民じゃないから、僕の方で適当にデータを入力してるのさ。ちょいちょいっとね」


 ポルカの作業が終わると、ブロックがぱかりと開いた。

 内部からピンク色の触手のようなものが、うにょうにょと伸びてきた。


「うお、何だこりゃ……!! 気持ち悪っ!」


「生体情報診断ユニットさ。ミアの肉体の状況はこれで明らかになる。少し気持悪いかもしれないが、我慢してくれ」


 触手がにゅるっと伸びてミアの手足に絡みついた。

 あれ?

 こういうの、えっちなインターネットで見たことがあるぞ。

 案の定、診断が始まってすぐにミアの様子がおかしくなった。


「んっ、ああっ…………」


「大丈夫か?」


「問題はない。だが……こんなので本当に……んっ……ぉほっ……!! 治るのか……?」


「治る、と思う」


「んっ……」


 シンプルに言おう。

 えっちだ。

 ミアもこんな声、出すんだな。


「さて。問診は終わりだ。それじゃあ、ミアの体内の機械を除去し、新たな腕を生成する。ミア、準備はいいね?」


 ポルカが医療ブロックの画面を操作する。

 ブロックの一部が平べったいトレーのような形になり、ミアの前にせり出してくる。


「この上に右腕を乗せてくれ。その包帯も取った方がいい」


「……こうか?」


 ミアは包帯を外し、残された腕部をブロックの上に乗せた。

 腕の傷口が痛々しい。そして確かに、ミアの右腕からは機械の部品のようなものが見えた。

 この時間軸の人間は、割と普通に体のどこかが機械と同化しているようだ。


「それじゃあ、治療開始だ」


 医療ブロックが再び動き出す。

 内部からオペ用のアームや、よく分からない触手がせり出してくる。

 やったぜ、また触手とミアのちょっとえっちな絡みが見れるぞ。


「タザキ、なぜ私を見るのだ? 視線に妙な気配を感じるぞ」


 さすがは戦士だ。

 俺のよこしまな視線はすぐに気づかれてしまったようだ。

 俺はあわてて取り繕う。


「べべべ、別に何でもないよ? このブロック、本当に何でもできるんだなーって思って。俺の家にも欲しいくらいだ」


「さっきも言ったが、それは無理だよ? タザキ、君からは雑念を感じるぞ」


「ち、違うって! そんな雑念だなんて、ははは」


 俺が取り繕おうとしたその時だった。

 ビィイイイイ――…………

 と、ギガモールのどこか遠くでブザーのような音が鳴り響いた。


「予想どおりの展開だね。間もなくセキュリティボットが大勢やってくるぞ。タザキ、覚悟はいいかい?」


「既にできてる。今度こそ失敗しないぞ」


「タザキに朗報が一つある。警備ボットはどうやら、まだ業魔ごうまに感染していなさそうだ」


「そいつは良かったよ」


  *   *   *


 巨大な医療区画ブロックの四方から、セキュリティボットが侵入してきた。

 ミアの右腕を賭けた、攻防戦が始った。


 ミアは医療ブロックで治療をする。

 右腕が回復するまでの所用時間、三十分。

 その間、動くことはできない。


 対するは大量のセキュリティボット。

 俺達を制圧しにやって来る。

 俺が負ければ、当然ミアの腕は治らない。


「来たな……って、本当に多いな!」


『不法侵入者を検知。窃盗、医療ブロックの不正使用、フェアリーランドの器物損壊により対象を確保する』


「やれやれ、ひどくお怒りのようだね。話し合いは通じそうにない」


「つうか、フェアリーランドの件は先に喧嘩売ってきたの向こうだよな?」


「彼らと僕らとでは認識に相違があるようだね。こう言う時は、暴力で解決するしかないね」


「中々過激だな。まあ、同じ意見だけど――武器交換チェンジ!」


 俺はミアに背を向け、機械弓コンポジットボウを構えた。

 医療区画ブロックは白い箱と白い床で構成されている。

 その白い空間に、黒い塊が押し寄せている。敵の位置はこの上なくわかりやすい。


 医療ブロックの上によじ登り、拡張現実オーギュメントをオンにする。

 弱点部位がハイライトされる。


「情報支援を強化する。着弾予測地点エイムも表示されるようにした。しっかり狙ってくれよ!」


「任せてくれ!」


 弱点部位に照準を合わせる。

 弓を引き、矢を放つ。


「――――フッ!!」


 バチュン!!


 矢は鋭い音を出しながら、吸い込まれるようにボットに突き刺さった。


「ナイスショット! やるじゃないか」


「この機能、すごく便利だな。弓と言うかシューティングゲームみたいな感じだけど」


 弓道部員的にはアナログ感がないのは逆に物足りないが、そんな贅沢を言っている場合ではない。

 るかられるか。

 今は命のやりとりをしているのだ。

 しかも賭けの俎上にあるのは――ミアの体だ。


「次は後ろだ。一機、ミアの方に近づいてるぞ」


「分かってる!」


 俺は振り返り、矢を放った。

 ――シュパッ!!!!

 矢はボットの機体を貫通し、床に突き刺さる。


「高い集中を保てているね。その調子だ」


「言われるまでも、ないよ――!!」


 その後しばらくの間、ヒリついた時間が流れていった。

 撃っては矢を番えの繰り返し。


 ボットが入ってくる数と、俺が撃破する数は均衡していた。

 作業としては単調だが、気は抜けない。

 が、俺の限界も近づいていた。


「くそ、俺の手が間に合わない……!!」


 機械弓コンポジットボウのギミックはかなりハイテクだ。

 弱い力で引けて、しかし威力は拳銃並にある。

 が、いくら弱い力で引けると言っても、限度がある。

 何十回と撃てば疲労は溜まってくる。

 そして今や、疲労と言うレベルを既に超えていた。

 もはや腕は、熱を帯びて痛みが出てきている。


「のぁあああ……う、腕が……」


 集中力が途切れたその時、狙いを外してしまった。

 その隙に、一台のボットが防衛ラインを突破してくる。


「うお、しまった……!」


 ミアは完全に無防備な体勢でいる。

 医療ブロックに体を固定され、腕を復元している最中だ。

 そして――ボットは機体から警棒のようなものを出した。

 棒の周りがパチパチとスパークしている。相当に強い電流が流れているのだろう。


「くそ、ミアに近づくな――!! 武器交換チェンジ!!」


 俺はブロックから飛び降りた。

 〈豊穣の月〉の鞘を抜き、ボットに迫った。


 ――ざんっ


 滑らかな手応えとともに、〈豊穣の月〉がボットを両断する。

 からり、と警棒が音を立てて転がった。


「はあ……はあ……間に合った」


「もう十分だ! 早くここから逃げよう! お前はよくやった! もう十分だ!」

 ミアは切迫した声で叫ぶ。

 もはや遠距離で狙撃していられるような余裕はない。

 ボット達は防衛ラインを突破していた。


「まだ、だ。俺はまだやれる。ミアの腕が治るまで、絶対に逃げない……ッ!」


「タザキ……何という奴だ……」


 背後からポルカの声。

「ここまで近づかれたら弓は使いづらい! 視覚支援をする。落ち着いて順番どおりに敵を斬るんだ!」


「了解!」


 俺の視界に、ポルカによる情報が上書きされていく。

 ターゲットの警備ボットと床が赤くハイライトされる。

 要するにハイライトされたとおりに動き、指定された敵を倒せ、という訳だ。

 戦局の分析と最適化はポルカが行い、俺はひたすらに戦うという役割分担だ。


「うおおおっ!」


 俺はがむしゃらにナイフを振り回した。

 ボットが気持ち良いくらいに次々と倒れていく。

 戦ううちに、段々とハイになっていくのが分かる。


 ――俺は戦闘狂なのか?


 違う。


 それは断言できる。

 俺はミアを助けたいだけだ。


 その感情だけが、俺を突き動かしていた。

 極限状態に追い込まれたことで、いわゆる〝ゾーン〟というやつに入ったのだろう。


 敵の動きが急に遅くなって見えた。

 撃ち出される暴徒鎮圧用のネットも、テーザーガンもたやすく斬り落とせた。


 反撃。

 〈豊穣の月〉の刃を機体に突き刺す。


 撃破。

 三体の同時攻撃。


 回避、反撃、撃破。

 俺は時間を忘れ――斬って斬って斬りまくった。


 そして限界が来た。

 集中がぶつりと途切れた。


「ぐはぁっ……はあ、はあ、やばい。急に体が、思い。息が、苦しい。ああ、くそ…………体が…………」


 一台のボットが、俺に突撃してくる。

 くそ、体が動かない。


「はぁああっ!」


 最後の力を振り絞り〈豊穣の月〉を前に突き出す。

 ボットの警棒と俺の〈豊穣の月〉が、差し違えるような形で交差する。

 しかしボットの警棒は俺の体に届かない。


『ギ、ギ……』


 弱点部位を貫かれたボットは、その場に崩れ落ちた。

 ふと背後を振り返る。

 果てしない数のボットが、その場に倒れていた。


「終わりだよ、タザキ。君はよくやったよ。ミアの腕も再生された」


 俺は極限まで疲労していた。

 ポルカの言葉の意味がすぐには理解できずにいた。

 ミアが、あ然とした様子で俺を見ている。


「何てやつだ……。一人でこの場を切り抜けるとは」


「え? え? どういう状況だ?」


 ポルカがもう一度、ゆっくりと俺に告げた。


「タザキ、僕らの勝ちだ。今度こそ、ここを抜けだそう」

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