決断

 鮮やかでド派手なテーマパークから一転し、ギガモールに戻ると再び暗く静かな空間が広がっていた。

 その静寂を打ち破るように、フロアに機械音声が響いた。


『いらっしゃいませこんにちは。モール内の移動にお困りですか? こちらへどうぞ。フロア・ビークルをお使いください』


「ひっ……!」


 可愛らしいデザインが逆に怖い。

 そして「いらっしゃいませ」というフレーズも怖い。

 俺にとってトラウマな言葉になってしまった。

 元の時間軸に戻ったとしても、しばらくはビビり倒しそうだぞ。


「さあ乗るんだ。フライトブレードのバッテリーをだいぶ使ってしまったからね」


「念のため聞くけど、これは安全なんだよな?」


「僕もベリーの感染を見抜けなかった反省はしている。この機械は間違いなく安全だ。業魔ごうまに感染していない。そしてバッテリーもまだ残ってる個体だ」


「……分かった。乗ろうか」


「これは、何だ? あまり見かけない機械獣モンスターだな」


 ミアは訝しげな顔でフロアビークルを観察する。

 ミアからすれば、旧世界の謎めいた乗り物ということになる。まあ怪しむよな。


 とにかく追っ手が怖いので、さっさと乗ろう。


『三名様ですね。お気を付けてお乗りください』


 と、フロアビークルが変形した。

 直前までは原付バイクくらいのサイズだったが、四人乗りのオープンカーのような形に展開した。


「この大きさ……物理的にあり得なくないか? 明らかに何かの法則を無視してんだろ」


「タザキの圧縮現実コンプレスリングと同じ原理を使っているのさ。車体の機構ギミックは圧縮され、別の次元に格納されている」


「お、おう……」


 よく分からんが、何やら凄い技術が使われているらしい。

 まあ、俺としては安全なら何でも良いけど。

 俺は隻腕のミアの体を支えながら、旧世界の乗り物に乗った。


『目的地はどちらですか?』


「この建物の出口――」


 と俺が言おうとすると、ポルカがそれに被せてきた。


「医療ブロックまで」


「は?」


『かしこまりました』


「はあああ? ぽ、ポルカ。ちょっと待ってくれ」


「どうしたんだい、タザキ?」


「どうしたんだい、じゃないだろ。俺達、撤退するんじゃなかったのか?」


「僕もそのつもりだったけど作戦変更だ。移動しながら話をしよう。大丈夫、選択権はまだタザキにある」


 ぶっちゃけて言えば満身創痍だ。

 体力も限界だし、一度出直してもいいくらいだ。

 ミアなんて、右腕がなくなったんだぞ。

 しかし乗り物は加速する。

 もう後戻りはできない状況だ。


「……で、どうするつもりだ? 俺は反対だ。さすがに戻った方がいいだろ。戻る道すがらだって危険がない訳じゃないし」


「私もポルカの案には賛成できないな。一旦、態勢を立て直した方が良いのではないか。あの量の業魔ごうまを相手にするのは中々に危険だ」


 俺とミアは同じ意見だった。

 ましてやミアは今は片腕のみ。

 医療ブロックに行って得られるのは、医療用のキットくらいだ。

 リスクと釣り合ってはいない。


「では、一つ一つ説明していこうか。

 まず、ギガモール内の業魔ごうまはこれからも増殖していくだろう。するとどうなるかと言うと、このモール内の資源は機械達に喰い尽くされてしまうだろうね。業魔ごうまの感染体は、有機物も無機物もエネルギーに変換することができる」


「となると――我らが立て直しているうちに、めぼしい物はなくなっている、ということか」

 とミアが言う。


「そうなるね。フェアリーランドで派手に業魔ごうまが動き出したから、感染は一気に広がっていくだろう」


「だからって、今リスクを負って行くのか? もうギガモールは諦めて、普通に都市を目指せばいいんじゃないか。あるだろう、薬くらい」


 俺の反論にポルカが、真正面から応えた。

「断言しよう。そのリスクを負うだけの価値が、ある。

 何しろ医療ブロックに行けば――ミアの腕を復元できる可能性があるんだからね」


「み、ミアの腕が……? マジかよ」

 どくん、と俺の心臓が跳ねる音が聞こえた。

 ミアは俺を庇って右腕を失った。

 ミアの右腕を代償に、俺は命を救われたのだ。

 もしもその失敗を取り戻せるなら――


「それは真実なのか? いや……やめておこう。腕のことは問題ない。祖国に戻って職人に作らせるまでだ」


「ではミアに質問だ。君が戦おうとしている業魔ごうまは、? 鉄の民が手こずる程の敵だ。よほど強力な変異種なんじゃないかな」


「何もかもお見通しという訳か。そのとおりだ。我が宿敵は業魔ごうまの猿。叫び声だけで業魔ごうまに感染させる力を持っている。私も一度は敗北しかけたほどだ」


「僕も確証は持てない。でもその右腕が、どうかな? 業魔ごうまは機械にのみ感染する。少しは勝率が上がるんじゃないかな?」


「認めたくはないが、認めよう。そのとおりだ」


 ポルカは俺に向き直り、このやりとりを総括する。

「――という訳だ。タザキ。結論を言うと、医療ブロックに行くことはミアにとって大きなメリットになる。だが同時に大量の敵が殺到する可能性も、ある。ギガモールの警備ボットも僕らに気づき始めているからね。アウトドアショップの窃盗犯を追いかけているころだ」


「…………げ。そういうことか」


「僕の見立てでは、まだバッテリーが残っているボットは百体くらいかな?」


「割と多くない!?」


 すーっ。

 と議論している間もフロアビークルは滑らかに進む。

 長い通路はついに終わり、T字路にぶつかった。


『間もなく、医療ブロックに到着します。間もなく、医療ブロックに到着します』


「終点だね。そして分かれ道にして、決断の時だ。右に曲がれば、ギガモールの出口。左は医療ブロックだ。行くも行かないも、君達で決めるんだ」


「撤退しよう。私は、」


 怖くないと言えば嘘になる。

 それでも虚勢を張らなければならない理由があった。

 俺は強い口調で、ミアに宣言した。


「待ってくれミア。俺は君の助けになりたい。そう何度も助けられてたまるか。絶対に医療ブロックに行く」


「……この先は地獄だぞ。タザキ、それでもいいのか」


「分かってる。でも、納得して行く地獄だ。それに地獄の先には天国があるかもしれないし。ポルカ、これが答えだ。医療ブロックに行こう」


「オーケーだ。ならば僕は、君の決断を全力でサポートしよう」

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