脱出

 ミアの愛馬〝ストーム〟は疾走する。

 落ちていく主の腕を気にとめることもなく。

 もっとも、迫り来る業魔ごうまの群れを前にすれば、それ以外の判断はあり得ない訳だが……。


 ミアは腕を失った。

 俺のせいだ。何てこった。最悪だ。


「ミアッ! 血が出ている! 早く何とかしないと!」


「慌てるな! 腕を切れば多少の血は出るものだ!」


 多少、と言うにはあまりにも大量の血が流れている。

 ミア……。君は何て豪傑なんだ。


「俺を、かばって……なんてこった!」


「ポルカ! 私の腰に止血帯がある。止血を頼む!」


「オーケー、任せてくれ」


 ポルカはどこまでもクールに役割を果たす。

 今だけはその性格が羨ましくなる。

 ミアは〝業魔ごうま殺し〟の槍を脇に抱え、残された左腕でどうにかストームを操る。


「タザキ。今は戦いに集中するんだ。戦えるのは君だけだからな」


「わ、分かった……!」


 拡張現実オーギュメントには相変わらず、恐ろしい程の敵性反応が表示されている。

 心が折れそうになりながらも、弓を放ち、撃墜していく。


「いいぞ、タザキ! 戦いながら聞いてくれ。……私は元から腕を失っていた。義手だ。祖国に戻れば、また腕は復活する。だから貴様が気にすることなど、何もないのだ!」


「義手……? あの手が?」


「そうだ。だから落ち着くといい。元より私も、この程度の犠牲は織り込み済みだ」


「な、何て大胆な。でも、あの手が義手だったなんて想像できない」


 ミアの柔らかい手の感触を思い出す。

 明らかにあれは、生身の人間の手だった。

 あれがほんと義手だとするなら、俺が知っている「義手」とはあまりにもかけ離れている。


「……感触的には素手だったよなあ」


「おっとタザキ。ミアにお○んち○を触られた夜のことを思い出すのは止めるんだ。今は戦闘に集中してくれ」


「うっ…………って、逆に集中が乱れるだろ! 止めてくれ!」


「○ち○ちんだと? どういうことだ? なぜ私がタザキのお○ん○んを触ったことになっているのだ? ポルカ、知っているか?」


「それはね、実は――――」


「やめてくれー!!!!!!」


 さっきから命中率かめちゃくちゃに下がっている。

 撃ちもらした敵は、〈豊穣の月〉で直接斬り伏せなければならない。

 ナイフの刃渡りは20センチそこそこなので、シンプルに命を削るような接近戦になる。


「何なんだよ、ポルカ……。俺の冒険を助けてくれるんじゃないのかよ……!」


「もちろんだよ。それが僕の存在意義だからね」


「じゃあ、何で邪魔するんだよっ!」


 ポルカが俺の肩に飛び乗った。

 そして「やれやれ」と言いながら理由を説明する。


「君の自責の念を薄めるためさ。いいかいタザキ。クールになるんだ。戦いで人はランダムに死ぬ。中でもクールじゃない奴は、より高い確率で死ぬ。分かるね?」


「…………ああ、分かったよ。今理解した」


「良い表情だ。じゃあ作戦の説明をしよう」


   *   *   *


 ミアの愛馬〝ストーム〟は逃がした。

 〝ストーム〟は機械の馬、つまり機械獣モンスターだ。

 この業魔ごうまが溢れる場所に置いておくのは感染のリスクがある。


 新たな移動手段は――


装備交換チェンジ!」


 フライトブレードだ。

 俺はミアを抱え、フェアリーランドの地面すれすれを滑空する。


 機械獣モンスターの群れが、業魔ごうまの大群が、俺たちを追いかけてくる。

 加速。

 石畳の街並みがビュンビュンと背後に消えていく。


「くはははははっ! タザキ、貴様はなかなか面白いものを持っているな! これは愉快だ!」


「わ、笑ってる場合じゃないからね!? しっかり捕まっててくれ!」


 直前に腕を失った人とは思えないテンションだ。

 むしろそれくらい豪胆でないと、この世界ではやっていけないのかもしれない。


「ポルカ! 本当に大丈夫なんだよな? なんか、出口から遠ざかってないか?」


『大丈夫さ。全く問題ないね』


 ポルカの声が聴覚にダイレクトに響く。

 俺とポルカは、別行動をしているのだ。

 ぶん、と視界にうっすらとウィンドウが表示される。


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*ポルカがアイテムボックスにアクセス

*〈豊穣の月〉が使用されています

*ファイバースバイダーの繊維を100消費

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 ファイバースバイダー。

 この時間軸に来たはじめの頃に、「資源回収クエスト」で倒した機械獣モンスター

 ファイバースバイダーは強くしなやかな糸と、めちゃくちゃに粘り気のある糸を使い分ける。


 俺は粘つく糸は気持ち悪いので回収しなかったが、ポルカはこっそりと回収していたのだ。

 ポルカ曰わく、「こんなこともあろうかと、取っておいたのさ」とのことだ。猫のくせに格好いいな。


「ポルカ! 言うとおりやったぞ!」


『オーケーだ。じゃあそのまま加速。五秒後に一気に上昇するんだ! 5、4、3――』


 ブアッ! と全身に重力がかかり、急上昇。

 ミアの体が俺の背中に圧しかかる。

 さすがに今はマジで胸の柔らかさを感じてる場合じゃない。


「飛べ飛べ飛べ飛べ――!!!!!!」


 ファイバースバイダーの糸で編まれたネットが迫る。

 粘り気のある糸をポルカが加工し、即席のトラップを作ったのだ。


 ネットの大きさは縦20メートル、横10メートルくらい。

 一気に上昇し、ネットを回避。

 しかし俺たちを追って来る敵は、文字通り一網打尽となった。


 眼下には愉快な光景が広がっていた。

 さんざん俺を追い回した奴らが、粘つく糸で団子状になっていた。


「いよっしゃ!」


『作戦成功だ。タザキ、そのまま出口まで加速してくれ。僕も合流する』


 出口に向かって飛んでいると、遠くから可愛らしい女の子の声が聞こえてきた。

 ベリーだ。


「やっほー! みんな楽しかったかな!? また来てねー!」


「誰が行くかっ!」

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