隻腕王女の追想 前編

 愛してる、愛してる、愛してる。

 大好き、大好き。

 みんなを楽しませたい、喜ばせたい、夢中にさせたい。

 私は妖精、優しく、可愛い、フェアリーランドの女の子。

 フェアリーランドは私のもの。

 私は王。私は主。

 私は、私は、私は――



 フェアリーランドの上空に、小さな妖精ベリアルが現われた。

 妖精は王の如く振る舞い、機械の手下達を自在に操る。


「ベリアル・リリカル・シューティングスター! みんな、突撃だぁ!」


 滞空していたドローン達が、空飛ぶ車が、妖精の姿をしたキャラクター達が殺到してくる。


拡張現実オーギュメントに戦闘支援情報を全力で流し込む! タザキは迎撃に徹してくれ!」


「了解!」


 俺の視界に、新たな現実ポルカの支援が上書きされる。


 全てのエネミーの、攻撃予測ライン――レッド

 俺が撃墜すべき敵のマーキング――グリーン

 俺が構える弓の、着弾予測地点――ブルー


 錯綜さくそうする現実、錯綜さくそうする情報。

 世界は色鮮やかに染まる。

 世界が色鮮やかに染まるほど、戦闘は激しさを増す。


 危険なものほど美しい。

 だから世界は美しいのかもしれない。

 戦いながら俺は、そんなことを思った。


「うりゃぁぁぁぁぁああああああ!!!!」


 構える、狙う、放つ。

 撃墜ヒット


 構える、狙う、放つ。

 失敗ミス

 迎撃不能ラインまで敵が迫る。


「くそ、武器交換チェンジ!


 近接武器――〈豊穣の月〉に持ち換える。


「ぬぉおおっ!」


 ――ズァッ!!

 突撃してきた妖精が、真っ二つになって落ちて行く。


「タザキ、やるではないか!」


 ミアが俺の背後で快哉を叫ぶ。

 まるで自分のことのように喜んでいて、戦闘中だと言うのに俺まで楽しくなってくる。

 ミア、本当に良い性格してるなあ。


「よもやこんな所で戦になろうとはな! だがタザキ! 貴様がいれば百人力だっ!」


「す、すげー嬉しいけど! 話は戦いが終わってからにしないか!?」


「はっはっは!!! はーっはっはっはー!!!!」


 ミアは爽やかに笑いながら、〝業魔ごうま殺し〟で敵を弾き飛ばしていく。

 〝業魔ごうま殺し〟に触れたとたん、敵は機能を停止する。

 ミアの膂力も相まって効果は抜群だ。


「このまま突っ切るぞ!」


 石畳の街。西洋風の建築が立ち並ぶ夢の街。

 今は廃虚となり、壊れた機械達がひしめく地獄の街。

 俺達は地獄を突き抜けていく。


 ――かに思われた。


「タザキ! 左だッ!」


 ミアの叫び声。

 建物の死角から巨大な影が現われた。

 きっと拡張現実オーギュメント警告アラートを出していたのだろう。

 だが俺は、気づくことができなかった。


『いらっしゃいませ、フェアリーランドへようこそ!』


 丸っこいシルエットの、愛嬌のあるガイドボット。

 平時はフェアリーランドを巡回するコンシェルジュなのだろう。

 しかし今は、巨大な斧を両手で持ち、俺の頭上に振り下ろしてくる。


『本日はいかがなさいますか?』


 あ、死んだ。

 全身が硬直して動かない。


「かぁあああッ!」


 バギッ!!


 俺の頭上で、鈍い衝撃音がした。

 痛みはなかった。

 俺の意識は、まだ続いていた。


 だがその代償に。

 俺を庇ったミアの右腕が、切断された。


「うぁあああああああああ!!! ミアッ! ミア!!」


「騒ぐなタザキッ!! この程度の傷など問題ではない! 進め、進め、進め! この死地を切り抜けるのだッ!!」


   *   *   *


「〝鉄の王〟を継ぎし者。ここに集いし〝鉄の民〟に宣言せよ。王の名を、その誓いを――――」


 鉄の国〈フェムグラーダ〉の王が、声高らかに宣言した。

 王の名はゼイゲン。

 ミアにとっては祖父にあたる男だ。


 ミアが立つのは、儀式用の祭壇。

 そして眼下には幾千の民。

 老若男女が畏敬の念を持ってミアをみつめている。

 新たな王の誕生を、誰もが心待ちにしているのだ。


 が、ミアにとってはさして興味のあることではなかった。

 ミアはあくびを噛み殺す。


 ――退屈だ。さっさと終わらせ、狩りをしたい。


 内心でミアは、そんなことを思っていた。


「……ほれ、ミア。何をぼさっとしておる! さっさと言わんか!」


「やかましいな。なんだっけ、ええと……」


「昨日あれだけ練習したものを忘れたのか!」


 ゼイゲンが小声で叱責する。

 もちろん忘れた訳ではない。

 ミアはただ、ゼイゲンに反発しているのだ。

 誰が王などになるものか、と。


「こんな言葉に、何の意味がある」


 そんな悪態をつきながら、ミアは民に向き合う。

 練習通りの言葉を民に告げた。それなりの威厳をもって。


「その血は我らの血。

 その肉は我らの肉。

 その骨は、我らの剣とならん。

 王は王として、自らの責務を果たす。

 国を治め、機械獣モンスターを屠り、汝等に糧を与えん。

 汝等は民たる責務を果たせ。

 我が王国に捧げよ――血を、肉を、その魂を!

 我が名はミア・ゲールライド。〝鉄の民〟を統べる者、新たな王である!」


 ミアの宣言とともに、地鳴りのような音が響いた。

 かしづいていた群衆が立ち上がり、いっせいに地面を鳴らしているのだ。


 ドッ、ドッ、ドッ、ドッ…………


 誰ともなく王を讃える言葉を呟いた。


「我ら鉄の王!」


 その呟きはまたたく間に大きなうねりとなり、腹の底を打つような大波となる。


「「「我ら鉄の王! 我ら鉄の王! 我ら鉄の王!」」」


 大歓声の中、儀式は粛々と進む。

 ゼイゲンは巨大な槍を手に、ミアの元へ向かった。

 ゼイゲンは天高く槍を掲げ、再び宣言する。


「王の証を継承する!」


 ゼイゲンが手にするのは、長く鋭い鉄の塊。

 幾何学模様の装飾は、何かの呪文めいた不気味さがある。

 〝業魔ごうま殺し〟と呼ばれるその槍は、ある伝承とともに、歴代の王に受け継がれてきた。


 これを手にしたら最後、ミアはただの戦士ではいられない。

 王であるとともに、業魔ごうまを殺す戦士となるのだ。


「……受け取れ。お前はこれより王となるのだ」


「ゼイゲン。私は王になりたくなかった。ただ一人の戦士として生きていたかった」


「それが敵わぬことだと分からぬか。こうなることは決まっていた。我が息子が死んだ時からな」


「分かってはいる。だが――」


 ミアの言葉は、群衆の叫びにかき消される。

 ミアも理解はしている。


 〝鉄の民〟は、ミアに期待を寄せている。


 並み居る男を蹴散らす、最強の女戦士。

 巨大な機械獣モンスターをも一撃で倒す、圧倒的な実力。

 強く、美しく、聡明な支配者。


 誰もがミアを王と認めているのだ。

 ミアが槍を受けとると、群衆はよりいっそう大きな歓声をあげた。


「「「我ら鉄の王! 我ら鉄の王! 我ら鉄の王!」」」


 しかしミアの心は、どこまでも覚めていた。

 槍を受け取るやいなや、ミアは祭壇から降りる。

 ゼイゲンは慌てた声で制止する。


「待て、どこへ行くのじゃ!」


「鉄の風を浴びに、荒野へ。槍の使い心地も確かめておきたい」


「馬鹿者め、縁起でもないことをするな! それは〈業魔ごうま〉が現れた時にのみ使うものだ! それにこの後は宴があるのだぞ! お前がいなくてどうする!」


「ならば、頃合いを見てまた来る」


   *   *   *


 ミアが城に戻る頃には、宴は始まっていた。

 会場は城の中にある広場だ。

 いつもは国政の討議を行なう場として使われているが、今日は宴の会場となっている。


「我らが王のご帰還だ!」


 人々はミアを見るや傅き道を開ける。

 広場の中心では、先王となったゼイゲンが側近たちに囲われていた。

 しかしミアを見るなり立ち上がり、


「遅すぎる! まさか、本当にあの槍を使ったのか!?」


 側近たちが青ざめるような剣幕で吼える。

 たがミアは平然と応じる。


「使ったからどうだと言うのだ? というか何ということはなかった。使い勝手の悪い、ただの槍だったぞ」


「な、な、馬鹿者め! ミア! お前はわしの教えをことごとく破るつもりか! それで王が務まるものか!」


「先王……いや、じいや。武器とは、使ってこそ意味があると思わないか。そう言えば――じいやの〝槍〟は使わなすぎて萎びていると聞くが?」


「……なっ!」


 誰も予測していなかった、先王に向かってのきわどい冗句。

 その意外さに、二人を見守っていた側近がどっと笑う。


「この馬鹿者め! それは年のせいじゃ!」


 ミアの一言で場は和み、槍の話はそれきり流れていった。


「まったく、お二人の周りは笑いが絶えませんな。城の中でもさぞ楽しいことでしょう」


 酔いが回って愉快になった側近の一人が、ゼイゲンの杯に酒を足す。

 ゼイゲンはしかめ面で酒を飲み干す。


「わしは何も面白くない! そもそも王のわしが、なぜミアのお目付役をせねばならんのだ!」


「ご冗談を。ミア様を御せるのは、ゼイゲン殿の他にはおらぬでしょう!」


「そんなことはないだろう。まったくどいつもこいつも! この国の奴らは年寄りをこき使いすぎるのじゃ!」


「では今から律法を変えましょうぞ! ちょうどあちらに法務官と四賢人がいる。発議ができますぞ!」


「馬鹿もん! どいつもこいつもベロベロに酔っているではないか!」


「わはははは!」


 まつりごとを司る者達の会話を聞いているうちに、ミアの中に悲しい実感がこみ上げてくる。


 ――私は、本当に王になるのか。


 ミアは一人の戦士でいたかった。

 野を駆け、獣を狩り、敵国の兵士を駆逐する。


 そんな日々の方が自分にはあっている。


 だが夢のような日々も、今日で終わる。

 ミアはあくまでも〝鉄の民〟を統べる者。


 ――王などになりたくないものだな。


 そして。

 ミアの望みは叶うこととなる。

 ミアが望まぬ形で。

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