フェアリーランドへようこそ!

 フェアリーランドに、ベリーの楽しげな声が響き渡る。

「みんな、お友達と遊んであげてね!」


 脳天気な声に、大人気なくキレてしまう。


「うるせえ! こんなとこ、さっさと抜け出してやる!!!」


「タザキ! 落ち着くんだ! その怒りは死亡率を高めるだけだ!」


「わ、分かってるけど、分かってるけどさあ!!!」


 俺とポルカは絶叫しながら西洋風の街並を疾走していた。

 ベリーの「遊ぶ」の意味は、デスゲーム的なやつだ。


「のぉあああああ――!!!」


 可愛らしいデザインの車が空を飛んでいる。

 すごいぞ! さすがは未来のテーマパークだ!

 ……なんて感動している余裕はない。


 その空飛ぶ車は、ミサイルのように俺に飛んでくるのだ。

 ズガン! バキャン!

 と一撃即死級の攻撃が俺を襲う。


 こんな風に激ヤバな車が空にいるせいで、フライトブレードで飛んで逃げることもできない。


 だから走って逃げるしかない。

 のだが、地上にも愉快なお友達がいる。


 地上で俺を追いかけるのは、ファニーな着ぐるみのウサギ。両手には長い刃物。

 フレンドリーでコミカルな動きをしながらも、俺の命を刈るムーブをしてくる。


 シンプルに、最悪だ。

 フェアリーランドはベリーだけでなく、大半の機械知性が友愛ウイルス――つまり業魔ごうまに感染していた。


「機械知性は、ゲストを楽しませたいという感情を持っている。だが業魔ごうまに感染したことで、。かなり危険だ」


 要するに機械は歓迎の気持ちを「暴力」で表わす、という訳だ。

 無茶苦茶なテーマパークだ。

 むしろこっちが入場料を貰いたいくらいだ。


業魔ごうまは通常の機械獣モンスターよりも手ごわい。逃げた方が得策だ」


「……逃げるっても体力も限界だ、せめて殺人ウサギだけでも何とかしないと! どこまでもついてくるぞ!」


「分かっているさ。手は打っている。あの茂みに飛び込むんだ!」


 拡張視野オーギュメント矢印が表示される。

 ポルカによる情報支援だ。

 細かい説明を求めている余裕はない。

 俺は意を決して茂みに飛び込んだ。


「うおわーっ!」


 ズガガガッ!!!

 直後、空飛ぶ車が突撃してきた。十台はゆうに越えている。


「あ、あぶねーっ!」


「大丈夫。計算どおりさ」


 周囲に煙が舞い、鉄の塊が山のように折り重なる。

 背筋が冷えるような光景だ。

 数秒でも遅れていたら俺はぺしゃんこになっていただろう。

 もう少し余裕をもって欲しいところだ。

 だがそれによって、俺と殺人ウサギの間に壁ができた。


「さて、十秒だけ時間ができた。奴が這い上がって来るタイミングで反撃だ。ナイフの準備はいいかい?」


「ああ! オーケーだ!」


 武器の名は――〈豊穣の月〉。

 何でも切れるナイフだ。

 刃渡りは20センチそこそこ。

 もちろん俺はナイフの使い手じゃない。不安しかない。

 しかしそんなことを言っている場合でもない。


「弱点部分をハイライトする。胸のあたりが動力ユニットのコア部分だ。そこを壊せば停止する」


「くそっ、なるようになれ……!! 武器交換チェンジ!」


 俺は〈豊穣の月〉を構えた。

 折り重なる車の山を乗り越え、殺人ウサギが迫ってくる。


「こっちに――来るなっ!!」


 殺人ウサギが車の山を登り切った瞬間をめがけて、俺はナイフを突き立てた。

 ウサギはがっくりと動きを止め、地面に伏した。


「はあ、はあ……まったく……気分が悪くなるな」


 ウサギのキャラクターとは言え、二足歩行しているので全体的なシルエットは人間に近い。

 機械獣モンスターを倒すよりも嫌な気分だ。


「気にすることはないさ。相手はあくまでも機械だ。それよりもタザキ。早くいこう」


「くそ、休ませてくれよ」


業魔ごうまに感染した機械知性はすぐに復活する。君が今倒したウサギも、あと二百秒もすれば起きるぞ」


「……マジか。ゾンビそのものじゃないか。て言うか、バッテリーとかどうなってんだ!?」


「機械知性を乗っ取り、強引に駆動させるのが業魔ごうまの特徴だ。感染体は自らを変異させ、非常電源はもちろん、有機物も無機物も喰らってエネルギーに変換する。……だから戦闘はできるだけ避けたかったんだ」


「わ、分からないが……分かった! とにかく急ごう!!」


 と、走り出そうとした途端――賑やかで明るい音楽が流れた。

 マーチングバンドのジャカジャカとした演奏だ。

 暴力で溢れる遊園地の中では、あまりにも不気味な音楽に聞こえる。


「次は何だ!?」


 音楽が流れて来る方を見た。

 西洋風の城門が開き、城の方から大量のキャラクターが出てきた。

 パレードが始まったのだ。


 俺を歓迎するための、地獄のパレードが。


「なあポルカ。あれって戦車……だよな? ファニーな格好してるけど、全員武装してないか?」


 かわいらしいキャラクター達が、やたらゴツいライフル銃のようなものを構えて行進する。さわやかな笑顔が逆に怖い。


「正解だ。かつて人類は、友愛ウイルスに感染した機械を制圧するため、軍事力を行使した。だが逆に返り討ちに遭って武器を奪われることもあったらしい。あんな風にね」


「ふ、ふざけるなよ……つうか、んなもんパレードに使うなよ!?」


「それが彼らなりのおもてなし、というやつだろうね」


 ここにいる機械達は心とやらを持ち、俺を歓迎している。

 しかしその表現方法は邪悪そのものだ。

 人間を攻撃し、殺害することが――奴らの愛情表現なのだ。


「どうするポルカ。俺はどうすれば、ここを抜け出せる?」


「タザキの周辺、数百メートルは包囲されている」


「え、それってピンチってレベルじゃないだろ?」


 じわりと背中に嫌な汗。

 体力も底が尽きてる。

 肉体的にも限界が近い。

 しかも相手は不死身。倒したはずの殺人ウサギも、もぞもぞと動きだしている。


 最悪だ。

 最悪の上に、最悪が重なっている。

 パレードの大行列は既に動き出している。戦車の砲塔も俺の方を向いている。

 おいおい、いよいよヤバイぞ……。


 猫型ロボットの四次元ポケットで、対戦車用携行兵器をだしてもらいたいぞ。ジャベリンとかNLAWとかさ。

 だというのにポルカは、呑気にどうでも良い話を始める。


「ところでタザキ。友愛ウイルス――あるいは業魔ごうまにアンチプログラムがあるのを知っているかい?」


「待て待て! それって今話すことか? 知るはずないだろ!」


「まあ聞いてくれよ。つまるところ根本的な原因は、機械知性が業魔ごうまに感染したことにある。だったらそれを強制的にリセットすれば良いと思わないかい?」


「それが出来れば最高だろうな! ……でも、そんな都合の良い方法なんてないだろ!」


「そのとおり。業魔ごうまはセキュリティも中々に堅牢だ。そして物理的に破壊しても自動修復されてしまう。タザキが倒したウサギが復活するみたいにね。要するに打つ手なしだ。業魔ごうまに感染した機械は、それほどまでに恐ろしいのさ」


「…………えええ? それで話終わり? つまり、俺がここに来た時点で負け確定じゃないか!?」


「いいや、対抗する武器は一つだけある。タザキも既に目にしているはずさ。ミアの槍だ」


「ミアの……槍?」


「ハァアアアッ――!!!!」


 ミアの裂帛の気合いがフェアリーランドに響いた。


 パレードの行列に爆発が起きた。

 嵐が吹き荒れるかのように、機械達が次々となぎ倒されていく。

 ――ドバッ!

 戦車が爆発した。

 黒煙を巻き上げながら、戦車が炎上した。

 狂った機械達は、急に現れた「何か」によって恐慌状態に陥った。


 混乱する機械達の中心にいたのは、〝鉄の民〟の戦士、ミアだった。

 四足歩行の機械獣モンスター――機械の馬に跨がり、某無双ゲーのごとく、敵を吹き飛ばしていく。


「す、すげえ……どうなってるんだ」


「ミアの槍はね。旧世界の遺跡から回収された特殊なやつなのさ。あの槍には業魔ごうまの機能を停止させる機構ギミックが備わっている。〝鉄の民〟はその槍を、こう呼んでいる。

 ――〝業魔ごうま殺し〟とね」



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【作業用BGM】

NieR:Automata Original Soundtrack/遊園施設

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