誘惑

 装備も充実させ、次なる目的地――医療ブロックへ進む。

 が、何か上手くいかない。


「あれれー? おかしいなあ」


 ポルカが珍しく困惑している。

 拡張現実オーギュメントに表示されるマップは、ポルカが手に入れたデータを元に生成したものだ。


 が、どうやらそのデータと実際のギガモールの配置が食い違っているのだ。


「さっきから、同じところ回ってるよなあ……。ポルカ、何かよく分かんないから、あっちの方行ってみないか?」


 俺はこれまで通ってない通路を指差した。

 と、その通路の奥に不自然に明るい場所があった。


 通路の一角が、まるでスポットライトのように照らされている。

 目を凝らす。そこには――少女が立っていた。


「誰かいるぞ。女の子、か?」


「あれは恐らくガイノイドだ。ギガモールを案内するボットだろうね」


「人間の女の子にしか見えないけどな……。あ、なんかこっちに来るぞ?」


 少女がこちらに向かってくる。

 それに合わせてライトも動く。

 足取りは軽く、白いドレスがひらりと舞う。ステージの上で踊っているかのようだ。


 ふわり――――。


 少女は俺の前に躍り出た。

 そして歌うように、言った


「こんにちは、おにいさん。ここから先は、フェアリーランドだよ」


「ふぇ、フェアリーランド……? あの、デカい遊園地のことか?」


 ギガモールの通路に突如として現れた女の子。

 白いドレスに銀色の髪。

 背丈は小学生くらいで、人形みたいに整った顔立ちをしている。

 セリフから察するに、フェアリーランドへの案内役みたいなやつだろう。


「タザキ、気をつけるんだ」


 ポルカが警告する。

 俺は小声で問う。


「気をつけるって、何をだよ?」


「全てだ。何か……嫌な気配がする。今スキャンしている」


「おにーさんが行こうとしてるとこ、当ててあげようか。医療ブロックでしょ? でもこの先に医療ブロックはないんだよ」


「……何で知ってるんだ。俺達が行こうとしてる場所を」


 少女は演技っぽく頬を膨らませ、不機嫌そうな顔で言う。


「たくさんの人達が間違えるから、お兄さんもそうだと思ったんだよ。ここから先はフェアリーランド。私たち妖精の国だよ」


「ん……もしかしてマップデータと違うのか? 俺達、医療ブロックに行きたいんだけど」


「そうだよ違うよ? おにーさんの地図はたぶん古いやつ。もー。最近こういうお友達が多いんだよねー」


 俺はポルカを見て、言った。

「さっきから道に迷ってる訳だし、多分本当にマップデータが違うのかもしれないな」


 ポルカは少しの間フリーズする。

 機械の猫は、別の時間軸とか異次元の何かとデータ交信ができるらしい。


「…………ううむ。今、情報を更新したよ。確かに僕が入手したデータの時系列は、二年ほどずれているようだ」


「そうそ。猫ちゃんの言うとおり。フェアリーランドは二年前に生まれたばっかりなんだ! だから私はこうして、みんなに道案内をしてるんだよっ!」


 どうりで可愛くて愛想もいいはずだ。

 初手から俺に愛想が良い女子なんて基本的に存在するはずがないからな。


「良いことを教えてあげる。フェアリーランドを通れば、医療ブロックまで近いよ」


「……そんな建物の設計ってあるか?」


「あるある。夢の国はあるんだよ。フェアリーランドは妖精の国。私が連れて行ってあげるよ」


「若干、会話が支離滅裂なんだが?」


 少女は俺のつっこみをシカトする。


 そしてスカートの裾をつまみ、くるりと回る。

 着ていた白いドレスが輝き、カラフルなデザインに変化した。

 小学生くらいだった少女はさらに小さくなり、おとぎ話に出てくるような妖精フェアリーに変身したのだ。


「うお! 変形して、しかも小さくなった!?」


「あらためましてはじめまして。私はベリアル・リリカル・グリッドスター。フェアリーランドのガイド役だよ。名前が長いから、ベリーって呼んでね!」


「お、おう……」


 突然のテーマパークのノリについていけない。

 こういうの、苦手なんだよなー。


「どうしようか……ポルカ」


 だが今回に限っては、ポルカの歯切れも悪かった。


「残念ながら僕のデータベースにも欠損がある。判断はつかない。一応、彼女は嘘はついてはいないみたいだ。こういう時はタザキの判断にゆだねることにしている。あくまでも僕は君を支援する存在だからね」


「ですよねー」


 医療ブロックへ行くには、フェアリーランドを通るのが近道。

 しかしベリーが怪しいからと言って、建物を無闇に動くのもリスクがありそうだ。

 ギガモールの中には、業魔ごうまとか言う危険な機械獣モンスターがいるかもしれないからだ。


「なあベリー。フェアリーランドの先に、医療ブロックがあるんだな?」


「もちろん。私は嘘はつかないよ」


「そうか……なら、行ってみるか」


「やったあ! じゃあさっそく案内するよ! ベリアル、リリカル……スピードスター!」


 ベリーが呪文めいた口調でそう唱えた途端、薄暗かった通路が一気に明るくなる。

 味気ない天井は爽やかな青空に変貌し――全身に加速感を感じた。

 水平に動くスロープが、俺の体を前に進める。


「なっ、何だ……? 俺たち、動いてるのか!?」


「そうだよ? この道は、妖精の国への道なんだ! 空を飛んでるみたいてしょ?」


 俺が直前まで立っていた位置から、もう百メートル近く動いていた。

 恐ろしく強制的な力が働いてる予感がするぞ。

 そしてさらに恐ろしいセリフを――ポルカが言った。


「すまないタザキ。僕の判断ミスだ。確かにこのガイノイドはウソはついていない。だけど――――」


 移動の風圧で、ポルカの声が聞こえない。


「な……なんだって? だけど、なんだよ?」


「ベリアルは危険だっ! 友愛ウイルス――業魔ごうまに感染している!」


「フェアリーランドへ、ようこそ! みんな、久しぶりのお友達ゲストだよ! 愛して愛して愛して愛し尽くしてね!」

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