人権獲得

 ギガモールは大きく二つのブロックに分かれている。

 ショッピングモールと、遊園地のエリアだ。

 で、用があるのはショッピングモールの方。

 サバイバルに必要な物質を手に入れるのだ。


「……で、どっから入る?」


「僕らは正規の客じゃない。正面から入る必要はどこにもないね。僕らにとって有利な場所から攻めるべきだね」


 名実ともに、泥棒猫なセリフを言うポルカ。

 とは言え事実には違いない。

 しかも中には業魔ごうまとか言うヤバい機械獣モンスターがいるかもしれない。

 安全で確実なルートから攻めていった方がいいだろう。


「賛成だ。じゃあどうやって入ろうか。空調のダクトとか?」


 怪盗ものでありがちなやつだ。

 主人公が潜入する建物には、なぜか匍匐前進できるサイズの謎ルートがあるのだ。


「中々に面白そうだね。でもそのアプローチだと逃げ場がなくなる可能性が高い。手持ちの装備を使おうじゃないか」


「なるほど。確かに〈豊穣の月〉にフライトブレードがあれば、どこからでも入れるな」


 何でも切れるナイフに、空を自由に飛べる板。

 考えてみれば最強の不法侵入アイテムだ。


「ギガモールの中でも警備が手薄な場所を見つけた。拡張現実オーギュメントに位置情報を転送しよう」


 俺はフライトブレードを飛ばし、ギガモールの北側の外壁まで移動した。

 外壁にはメンテナンス用の足場があった。その近くには遊園地――フェアリーランドが見える。


「よし、このあたりにしようか」


「け、けっこう高いな……ここから入るのか」


 俺は足場に降り立った。

 乾いた風がギガモールを吹き抜けていく。

 高いところは苦手だ。


「この外壁を切って中に入ろう。河辺の向こうにも敵性の個体はいない。やるなら今のうちだ」 


「了解だ」


 俺は〈豊穣の月〉を壁に突き立てる。

 すっ、とした手応え。 

 壁というよりはケーキを切っているみたいだ。


 そのまま壁に正方形の切れ込みを入れ、そっと奥に倒した。

 ボゴッと鈍い音とともに、壁に四角い穴があいた。

 一メートル四方の、俺が出入りできるサイズの穴だ。


「侵入ルートを確保したね。じゃあ行ってみようか」


 中に入るとひやりとした空気が漂っていた。

 通路は狭く、暗かった。

 俺は拡張現実オーギュメントを起動して、マップを表示させた。


「ここは従業員用の通路かな? にしてもこの感じ……なんとなく見たことがあるぞ」


 ギガモールの構造は、俺が知ってるショッピングモールと似ていた。

 表側は客が滞在する売り場があり、裏側には従業員が使うスペース、つまりバックヤードがある。という具合だ。


 俺は拡張現実オーギュメントに表示されるマップを見ながら、奥へと進んでいった。


「ほう、これはお店の人の休憩スペースかな?」


 マップを見ると、ちょうど俺がいる場所の隣にぽっかりとスペースが空いていた。客が入るような感じではなさそうだ。


「ここは店員として稼働するガイノイドや、移動用AIのメンテナンススペースだね」


「なるほど、その辺りはめっちゃ未来だな……て言うか、何か聞こえてこないか?」


 実は、少し前から気にはなっていた。

 そのメンテナンススペースから、何か不気味な音がしているのだ。


「どうする? 中に入りたくはないが」


「タザキと同じ意見だ。リスクは侵したくない。でも確認だけはしておきたいね。急に敵性の個体に豹変して、はさみ打ちにされるリスクもあるし」


「そいつはヤバいな」


 となると、出来ることは限られてくる。

 俺はそっと壁に近づき、耳を押し当てた。


「いらっしゃいませこんにちは

 いらっしゃいませこんにちは

 いらっしゃいませこんにちは

 いらっしゃいませ殺す愛をしま

 すすすすすすすすああああああ」


 (うわー!!!!)


 思わず叫びそうになるのをこらえた。

 ホラーかよ……。


 ポルカもまた壁に耳をあてていた。しかし俺みたいに動揺はしていない。その冷静さ、少し分けてほしいくらいだ。


「ふうむ。ホスト用のボットが非常電源を使って強制終了と再起動をループしているのだろうね。このまま先に進もう。そっとしておけば、見つからないだろう」


「お、おう……」


 戦闘する覚悟はできていたが、まさか精神攻撃が来るのは予想外だった。なんて不気味なんだ。


「あのボット、殺すとか言ってたぞ。物騒すぎだろ」


「発言内容から察するに、恐らくあの端末は業魔ごうまに感染しているようだね」


業魔ごうまか。……ついにニアミスしてきたな」


 機械の体を持つものに感染し、破壊衝動をもたらすヤバいやつだ。

 やはりこのギガモールで、業魔ごうまとの戦闘は避けられそうにない。


 だったらせめて、その戦闘は最小限に抑えたいところだ。

 俺は足音を殺しながら、さらに進んだ。

 すると通用口が途切れ、一枚の扉が現れた。


「ここから先が売り場か」


「慎重にいこう。セキュリティボットが巡回してるかもしれないからね」


 俺は扉を軽く押して、少しだけ開ける。

 隙間から中を覗いた。


「おお……!!!」


 電力は途絶えているのか、ギガモールの中は薄暗い。

 しかし目の前には、見覚えのある「ショッピングモール」が広がっていた。

 こんな時だというのに、俺はとてつもなく嬉しい気持ちになった。


「実家に帰ったような安心感……!!」


「やはりタザキは文明世界の人間なんだね。人工物に囲まれている方が安心するみたいだ」


「そりゃあさすがに、荒野と廃墟よりは良いだろう。よし、さっそく中に入ろう」


 俺はうきうきした気分で拡張現実オーギュメントを操作し、マップを開く。


 現在地の近くに、ポルカがマーキングしたアイコンが見えた。

 第一の目標は、靴と衣類の確保だ。

 これは簡単に達成できそうだ。


「ポルカ、周辺の警戒を頼む」


「もちろんだ。タザキも気をつけてくれ」


「了解」


 そうして数十メートルくらい進むと、ポルカがマーキングをつけた場所が見えた。


「これは……めっちゃ良いじゃないか」


 俺がいた時間軸は西暦2000年代。

 一方でこのショッピングモールは西暦2200年代のものだ。

 だからなのか、店内に書いてある言葉はさっぱり読めない。

 が、置かれている商品を見れば分かる。


 ここはアウトドア用品の店だ。

 当初の目的は靴と衣類だけだった。

 が、店内にはキャンプ用の道具なんかもある。

 まるで天国のようだ。


 ポルカに頼めば機械獣モンスターを狩るなりして必要な道具を作ることはできるだろう。

 だが時間は途方もなくかかっていたはずだ。

 つまり何が言いたいかと言うと――


「文明ってすばらしい……」


 俺は感動しながらも、店内を早足で探し回った。


「サイズが合うやつだけ急いで回収……と言いたいところだが。ポルカ、ちょっと時間を使っていいよな? 気に入ったやつだけを持って行きたい」


「少しくらいなら大丈夫だよ。僕のスキャンできる範囲に、危険な機械獣モンスターはいないからね。今のうちに回収してしまおう」


「よっしゃ……! ついに……この時が来たっ!」


 本当に長かった。

 フルチ○でサバイバルするには、この世界は余りにも厳しすぎる。

 むしろよくここまでやってこれたな、とすら思う。


 俺は店内にある商品を物凄い勢いで見て回った。

 靴下、靴、下着。

 普通の生活をしていたら当たり前に存在するものが、こんなにも尊いとは……。


 下着を装着。


「うおお……」


 安心感がまるで違う。

 完璧なホールド感、それでいて変な蒸れ感もない。

 シルクのような履き心地。


 そして靴にシャツ、パンツを装着。

 感動で全身が震える。

 しばらくの間、言葉が出なかった。


「これだよ、これ! 俺が求めていたのは。ついに手に入れたよ、人権ってやつを。気分は一気に文明人だ。明日からも元気にサバイバル生活ができるぞ」


「ははは、それは良かったよ」


 勢いづいた俺は、さらに予備の衣類やキャンプ用の小道具を回収した。

 店から商品を持ち出すのに罪悪感はあったが、こればかりは仕方がない。


 このショッピングモールは、本来の時空から切り離された場所にある。だがもし恩返しができる時が来たら、全力で返させてもらおう。

 名前も分からないけど、このアウトドアショップには感謝しかない。


「よし、このくらいで終わりにしておこう」


 アイテムボックスに戦利品を入れると、拡張現実オーギュメントが起動した。


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【アイテムリストを更新】

*高機能シューズを入手

*野営用ランタンを入手

*衣類を入手

*折りたたみマットを入手

*野営用テントを入手

*調理道具一式を入手

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 第一の目標は「靴を手に入れること」だけだった。

 一カ所目でここまで手に入るとは、実に嬉しい誤算だ。


「資源回収クエストの続きだ。次は、医療ブロックにいこう」


「医療ブロック?」


「タザキの知ってる表現を使うなら、『医療モール』ってところかな。要は病院とか薬局さ。瀕死のダメージを負っても回復できる薬なんかもあるよ」


 今のところ、何とか無傷で冒険できてはいる。

 だけど今後、どんな怪我や病気をするかは分からない。


「瀕死のダメージか。想像したくはないが……このタイミングでなるべく確保したいな。じゃあ次……行ってみるか!」

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