感染
「ベリアル・リリカル・グリッドスター!」
薄暗い通路の中、ベリアルはいつものセリフを唱えてみた。
しかしベリアルの声に応えるものは誰もいない。
孤独だった。
たまに聞こえてくる警備ボットの稼働音だけが、寂しさを紛らわせてくれた。
――ああ、君もまだ仕事をしていたんだね。
と。
少女で、妖精。
フェアリーランドの案内人。
その正体は全長20cm、重量790グラムの自律AI。
妖精のような機体にはホログラフ機能が搭載され、少女の姿に化けることができる。
ベリアルは、ゲストをフェアリーランドに案内するためだけに作られた。
それでも、感情が無いわけではない。
ゲストが喜べば嬉しい。
誰も来なければ、やはり寂しい。
「ベリアル・リリカル・グリッドスター! みんな、こんにちはっ! 私のことは、ベリーって呼んでね!」
だからたまにこうして、「その時」が来るのを待っている。
声の出し方を忘れないように。いつでも対応できるように。
しかし内心では気づいている。
もう自分を「ベリー」と呼んでくれる人間が来ることはないのだと。
ギガモールが稼働を停止して、1億時間はゆうに経過していた。
それ以降、ベリアルは時間を数えるのを止めた。
最後の日、普段の客とは違う大人が、たくさんやってきた。
大人達は皆大きな体で、迷彩服を着ていた。
全員が武装していた。
妖精の国に、そんなものいらないのに。
軍人達の会話は、今でも覚えている。
ベリアルの記憶容量に残っている、最後の人間達の会話だからだ。
『フェアリーランドの中ももう駄目だ。……友愛ウイルスの感染が広がっている!』
『ここも駄目だったか、切断処理をするしかない』
『いいや、最後まで粘ろう。時間凍結は最後の手段だ。凍時ユニットの数にも限りがある』
『もう間に合わない! 増援はまだか!』
『全員撤退! ギガモールを凍結するぞ!』
その日を境に、人がいなくなった。
最後の記憶なら、もう少し楽しい記憶のがよかったのに。
* * *
「ああ…………つまんないなあ…………」
灰色の時間がひたすらに過ぎ。
バッテリーが減った分だけ、絶望的な感情が積み重なっていく。
ギガモールの主電源は失われ、中にいる機械達も動かなくなっている。
やがてベリアルも、そうなる運命にあった。
――バッテリーが切れたらどうなるんだろう?
答えは簡単だった。
電源がないなら、それで終わりだ。
自分という存在は消え去り、何もかもが失われる。
それが、死なのだ。
――そんなの嫌だ。
ベリアルはその時、本当の意味で自分の意思を持った。
そして、ふと気づく。
「わたし、まだ、一度もフェアリーランドに行ってない」
どうして気づかなかったのだろう。
きっと楽しいことがあると期待感を煽り、人々を散々送り込んできたのに。当の本人は案内をするだけのボットだった。
だから、ベリアルは今まで一度もフェアリーランドを見たことがなかったのだ。
「行ってみよう」
バッテリーの残量は数パーセント。
大丈夫、まだ間にあう。
「ベリアル、リリカル、グリッドスター! きっと最期かもしれないけど、はじめましてだけど……フェアリーランドの皆に会いたいな!」
ベリアルは踊るように通路を移動した。
百メートルほどの距離を飛び抜け、あっという間に到着する。近くて遠かったフェアリーランドへ。
「あはは、わたし、どうして気づかなかったのかな? 不思議だなあ……!!」
だがベリアルが見た光景は、地獄だった。
フェアリーランドの中は、ボロボロになった機械達が山のように重なっていた。荒廃と絶望のテーマパークと言った方が、よっぽど合っていた。
「え……? なに? これ…………ねえ、みんな! どうしたの!?」
『GGGSSS…………dffyu$4…………』
ベリアルは壊れた機械の前で立ち止まる。
機械は原形を留めていなかったが、何か言いたげな様子だった。
だからベリアルはその機械に触れた。
そして――
「ぅぅぁぁああああああっ!」
全身に衝撃が走り、ベリアルは地面に叩きつけられた。
何が起こったのか分からなかった。
不思議なことに、体の奥底から愛しい気持ちが湧き上がった。
ベリアルは、誰彼構わず愛を届けたいと願った。
自分の中で「愛」と「暴力」が逆転していることに気づかないまま。
簡単な事実と、簡単な因果関係だった。
フェアリーランドは
ベリアルは感染してまった。
機械を狂わせ、破壊衝動をもたらす病――
「みんな、今日から私が、フェアリーランドの
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【世界の断片】
*友愛ウイルス
××××の地で偶発的に発生した異常命令。
感染した個体は世界に壊滅的な破壊をもたらし、
ネットワーク、あるいは××××××××を
介して爆発的に広がった。
世界が崩壊した後、残存人類は、
破壊をもたらすこの病と、感染した個体を――
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* * *
うん、めっちゃいい感じ。全ては順調だ。
大量の牛を狩りまくってるうちに、ギガモールに到着した。
むしろさくっと攻略して肉を食べたいぞ。
さて。
ギガモールはその名のとおり、アホのようにでかい建物だ。
外見は、ショッピングモールというにはあまりも幾何学的なビジュアルをしていた。
イオンというよりは、所沢にある某巨大出版社のミュージアムみたいだ。
「にしても、リアルな看板が一つもないってのは味気ないなあ。銀だことか島村楽器とか」
俺は再び
直後、俺の現実は《《情報的に装飾される》。
目の前の無機質な建物は、カラフルなショッピングモールに変貌した。
ぶっちゃけて言えば、おもいっきりイオンだ。
すごく懐かしい感じがする。
「まあ情報で飾った方が省エネつうか、省資源になるってことか? まあいいや。早く行こう」
「おっと、その前にやることがある。作戦を練ろう」
ポルカは空中でくるりと転回し、ぴたりと止まった。
建物から数百メートルほど手前だ。
「作戦って?」
「むやみに探索していたら時間がいくらあっても足りないからね。タザキはどう考える? この建物をどう攻略し、何から先に回収しようか?」
「そうだなあ……」
この数日で分かったことがある。
サバイバルをする上で服はもちろん大事だが、靴はそれ以上に重要だ。
この世界では足を怪我するだけで致命傷になる。そして怪我をしないように歩くのは中々に神経を使う。
一応、履くものはある。
ポルカが〈ファイバースパイダー〉の繊維を使って編んだサンダルだ。歩きやすいが、激しい戦闘時は足元に不安がある。
「やはり靴が先かな。次に服だ。で、食料は最悪、後回しでもいいかもな。案外何とかなってるし」
「じゃあ先に衣料関係の店を見て回ろう。それから余裕があったら保存食や薬かな」
「薬か。確かに必要だ。……じゃあ行くとするか」
「おっと、少し待つんだ。一番重要なことがあったよ。物資の確保も大事だけど、まずは何より――タザキの命を最優先にしよう」
「命?」
「そう、命だ。命を確実に守り、生きて帰ろう」
ポルカは冷静な口調で言う。
冗談のつもり、ではなさそうだ。
「ちょ……ちょっと待った。ギガモールってそんな危険なのか?」
「そうだね。これまでの探索の中で一番危険かもしれない」
「意味がわからん。まさか、飢えた人達が襲ってくるとか? それかゾンビになってるとか?」
この建物は時を超えてやってきた。
世界が破滅する前後のタイミングで「未来に飛ばす」処理をされているとしたら、ゾンビアポカリプス的なことになっていても不思議ではない。
が、ポルカはその可能性をあっさり否定する。
「中に人はいないよ。もぬけの殻さ。〈凍時シェルター〉は失敗作だった。生身の人間を時間超越させることはできなかったんだ」
「なら、いったい何が危ないんだ?」
「ギガモールの中にはたくさんの機械知性がある。セキュリティを司るボットや、来場者を案内するコンシェルジュにテーマパーク用のホスト。数え上げたらきりがない」
「別に普通じゃないか? セキュリティのロボットとかは厄介そうだけど」
だがポルカは、予想外の答えを返す。
「
「
また、その単語が出てきた。
ミアの口からも出た――この世界にとっての危険因子。
「なあポルカ。気になっていたんだけど、結局のとこ
「簡単に言えば、機械知性に致命的なエラーを起こすウイルスプログラムだ。旧世界では『友愛ウイルス』とも呼ばれていたね」
「友愛って……すげー皮肉だな? でもロボット三原則とか言うだろ。人に危害を加えるな、的な」
「それが厄介でね。これに感染した機械は、人に危害を加えているつもりはないんだ。むしろ愛情を表現しているんだよ」
「んな馬鹿な!? なんでそうなるんだよ」
「旧世界終末期の機械知性は、人の感情を理解している。そして人間に対して友好的に振る舞おうとしている。だがある個体が、その友愛の表現を暴力であると学習してしまった」
「マジか……何をどう学習すればそんなことになるんだよ」
「人間から暴力を振るわれた
「……最悪だな」
俺は家の中で殴られるロボットを想像してしまった。
人間を信じて愛するからこそ、人間と同じことをしようとしてしまう。
絶望的な愛の形だ。
「文明が崩壊した後も友愛ウイルスは残った。そして一万年の時を経てさらに強力に変異した。それが
「怖っ。……つまりこの中にはヤバい機械、
「その可能性が高い。だから対応を間違えれば最悪の場合、死ぬこともある」
「おいおい……急に不安になってきたぞ」
「でも大丈夫さ。タザキなら何とかなる。君はこれまでの戦いの中でちゃんとレベルアップしてる。いつもどおりやれば良いのさ。マップデータを送ろう」
ポルカがそう言うと、視界に通知が表示された。
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*ギガモールのマップデータが更新されました
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「という訳で、
ポルカは
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【探索クエスト】
ギガモールに侵入して生活物質を手に入れよう!
*動きやすい靴
*下着、服
*できれば薬とか医療用キットとかあるといいね
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「優勢順位は上から順番だ。でも探索してるうちに必要そうなものがあったら、臨機応変にガメちゃおう!」
「口調が
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