チャンス到来

 ミアがベースキャンプを去ってから、3日が過ぎた。


「ああ……可愛かったなあ…………はあ……………………はああああああ」


 超ウルトラハイパーくそでかため息。

 女々しくて女々しくて。


「辛いのかい? タザキ。でも仕方がないじゃないか。ミアにはここを出ていくだけの理由があった。

 それに別に君たちは恋人でも何でもなかった。彼女を引き留める理由が、どこにあったと言うんだい?」


「うっ」


 俺の下半身がうずいた。

 あの夜を思い出すと、同時にミアの手の感触もフラッシュバックするのだ。

 未経験な俺には刺激が強すぎた。


 男女交際の序盤は、手と手をつなぐところからスタートするはずだ。でも俺はいきなりミアの手とち○こがつながってしまったのだから。


 ちなみにミアには本当に他意はなかったらしく、ガチで夢を見ていたようだ。

 ポルカ曰く、ミアは「夢の中でも槍の修練をしていた……やはり私は、奴を倒さねばならない。タザキによろしく伝えてくれ」と言って旅立ったらしい。


 おお、ミア。

 何て罪作りな女なんだ……。


「ふう……」


 俺はどうにか平静を保ち、話を戻した。


「確かにミアと一緒にいる理由はない。でも、もう少し何かこう、あってもいいんじゃないか? 何やかやあって女の子と一つ屋根の下、みたいなの」


「そんな超現実的な展開があるはずがないだろう?」


「ですよねー」


 そんなことは一万年前から分かっていた。

 でもここは俺が知っている現代社会ではない。一万年後の未来だ。その時点で割と現実ばなれしてるだろ。少しくらい俺に都合がいい展開が来てもいいじゃないか。


「いいかい、タザキ。世界は複雑だ。色々な人間がそれぞれの思惑でもって、自分が思うとおりに生きている。タザキもタザキが進むべき道を見つけるんだ」


「ほとんど強引に俺をここに連れてきた奴に言われたくないけどな……」


「ははは」


「今、笑ってごまかしたな!?」


「でも、これで冒険をするモチベーションにはなっただろう? この世界にも可愛い女の子は、いっぱいいるよ。タザキはこれからもたくさん冒険をして、強く魅力的な存在になるんだ。そうすれば色々な女の子にモテモテのウハウハさ」


 ポルカはエロいお店の客引きみたいなことを言う。

 何か俺の内心を見透かされているような気がする。

 冒険に乗り気じゃない俺をエロで釣ろうとしている、みたいなやつだ。


「…………まあ、なったと言えば、なった」


 なぜだろう。

 このクレイジーサイコ猫型ロボットの前では素直になりたくない。


 が、心境に変化が起きたのは確かだ。

 普通に強くなり、装備を充実させる。

 で、人間が生活を営んでいるエリアに向かう。


 元の時代に戻りたいのは確かだが、少しだけこの世界を寄り道してもいいかな、みたいな気分になっている。

 でも本命はミアだ。

 ……今のところは。


「じゃあ……今日も狩りに行くか」


「オーケー。僕は相変わらず君をサポートしよう」


「ああ、頼むよ」


 世界は広い。

 飛行機も新幹線も自動車もないので、ちょっとした移動でもの凄く時間がかかる。

 やたら強い機械獣モンスターもいるし、装備も充実させなければいけない。


 だから探索する。

 装備を整える。

 食料をアイテムボックスに蓄える。

 そうすることで、俺はもっと遠くに行けるようになる。

 きっとミアにもまた会えるだろう。


「おし、そうと決まれば――――のわっ!?」


 と、俺がベースキャンプから出ようとした時だった。

 いきなり出鼻をくじかれた。

 足下がいきなり揺れた。


「え、なにこれ。地震?」


   *   *   *


 ゴゴゴゴ……と地鳴りが聞こえた。

 同時に地面がぐらぐらと揺れる。あたりの木々もガサガサと音を立てる。かなり強いやつだ。


「地震だ! テーブルの下に頭を隠さないと……って、何もなかったわ」


 幸か不幸か、ベースキャンプの中に背の高い家具はない。

 そして洞穴もかなりしっかりしている。


「まあ、念のために外に出ておこうか。崩落しないとも限らないし」


「それもそうだな」


 洞穴から出ると、草原が、大気が、震えていた。

 ――ずぉおおおおお…………

 そして強い風が吹いてくる。

 枯れ葉があたりに舞い上がり、洞穴にまで吹き込んでくる。

 違う。

 これはただの地震ではなさそうだ。


「皮膚……というか体が震えている? 何だこれは」


 全身に奇妙な衝撃波が伝わってきている。

 もの凄く奇妙な感覚だ。


「ポルカ、これってただの地震じゃないよな?」


「そのとおりだ。そして、この現象はタザキも知っているはずさ。この間、過去の時間軸から遺跡を探索しただろう?」


「あの超巨大なタワーのことか。建物が時空を越えてやってくるんだっけ?」


「そうだ。西暦2200年代の技術では、建物まるごと時空を凍結することができる。でもその技術には致命的なエラーがあった。だからこうして、ランダムな時間軸に建物が飛ばされてしまう。あんな風にね」


 ひょいっとポルカが草原に向かって、肉球をつきだした。

 示す先は、ベースキャンプから数キロ先の草原。

 そこには何もない。ただの草原だ。

 しかし――そこから突如として巨大な建物が現れたのだ。


「ま、マジじゃん。この世界……どうなってんだよ」


 無から有が現れることはない。

 いわゆる質量保存の法則ってやつだ。

 が、俺はまさにその法則がぶち壊れる瞬間を見てしまった。


「ポルカ。あの建物なんなんだ……ってあれ? ポルカ? おーい」


 こんな大事な場面だというのに、ポルカが突然動かなくなった。

 つんつんとつついても、体が硬直したままだ。

 すげー心配になるぞ。


「まさか故障?」


 うそだろ。ここに来て急にそれはきついぜ。

 冒険どころか、サバイバル生活すらままならないって言うのに。


「おーい、ポルカ! おーい!!」


 初めはつんつん。

 次に、とんとん。

 そしてドンドン。

 ポルカを叩く力が次第に強くなる。

 だがポルカは固まったままだ。


「うわ…………これ詰んだ? ヤバいぞ。おいおい……!!!」


 数十秒が経過した後で、ポルカが急に動きだした。


「おっと失礼。タザキ……そんなに叩かないでくれよ。僕は壊れたテレビじゃないんだから」


「喋った!? うおおおお、びっくりしたわあ。心臓に悪いぞ。そういうのやめてくれ」


「ちょっとデータベースを検索していたのさ。あの建物が何であるかの特定作業だよ。で、あの建物はショッピングモールだ」


「あれが? 俺が知ってるやつと全然違うんだが?」


 建物全体は全面灰色。

 形は、幾何学的な形の多面体。

 当然、建物に銀だこやユニクロの看板はない。

 ショッピングモールというよりは、先鋭的な芸術作品を展示する美術館と言った感じだ。


「それもそうさ。タザキの時代を基準にすれば、200年ほど未来の建物だからね。建物の看板は全て情報世界のレイヤーに置かれているのさ」


 ポルカの言う意味がよく分からない。

 日本語を喋って欲しいぞ。


「……つまり、どういうこと?」


「旧世界の人々は、タザキが使っているような拡張現実オーギュメントを日常的に使用していた。で、建物の看板みたいなのは全て表示されていたってことさ」


「うん、やっばり分からないな」


「説明するよりも、体験したほうが早いかな? タザキの拡張現実オーギュメントにデータを転送する。もう一度、建物の方を見るんだ」


 俺の拡張現実オーギュメントに、ポルカからデータが転送それる。データは俺の現実を上書きする。


「あ」


「これでわかったろう?」


「……ものすごく、イオンモールだな」


「まあ、厳密にはイオンモールではないけどね。あれはタザキが生きていた時代から200年ほど先のショッピングモールだ。

 それがこうして出現したってことは――僕が言いたいことは分かるね?」


「ああ。資源回収のチャンスだ」

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