業魔(ごうま)

 やっと戻ってきたぜ、ベースキャンプ。

 ただの洞穴だけど、戻ってくると安心するぞ。

 そして外は真っ暗。

 俺と女の子は火を囲みながら、話をしていた。


 まずは簡単な自己紹介。

 女の子の名前は、ミア・ゲールライド。

 鉄の王国〈フェムグラーダ〉の戦士だという。

 声も胸も身長も、何もかもがデカくて可愛い女の子だ。

 俺としてはミアに色々と聞きたいことがあったが、今は逆にミアからの質問責めにあっている。


「なんと! タザキは一万年も前から来たと言うのか!? 命の恩人を疑う訳ではないが、にわかには信じがたいっ!」


「それもそうだよな……逆の立場だったら俺もそう思う」


「やはり一万年前は服はなかったのか? だから裸だったのか?」


 がぶり、とミアが串刺しの焼魚を食べながら問う。

 帰ってから食べようと朝に焼いておいたやつだ。


「服はあった。だけどなぜか、全裸でこの時代に転送されたんだ」


「意味が分からないな!!」


「全く同感だ」


 ちなみに今は、その辺に生えていた草で前を隠している。

 いわゆる腰みの。

 フラダンスをする人が着ているやつに似ている。


「ではあの機械の猫は何者だ? 手懐てなずけられた機械獣モンスターには見えないが」


「ポルカだ。俺をこんな目に遭わせた黒幕の関係者……らしい。詳しいことはよく分からん。たぶん、一番悪い奴だ」


「なんと皮肉な! タザキは敵とともにいるというのか?」


「そうなるな。というか頼れる奴が他にいない」


「確かに! 一万年後の世界に全裸で放り出されたとあらば、敵ですらも頼りたくなるのが道理だ」


「まあ敵っていうのは冗談だけど。あいつ、本当に無茶苦茶なんだよ。俺を殺そうとしているとしか思えない」


 話題に上がっているポルカはと言えば、食料を調達に行っている。

 出発する前に獲物を捕らえるトラップを仕掛けておいたらしい。

 ポルカはまだまだ戻ってくる様子がない。

 もしかしたら俺がミアと仲良くなれるように、待ってくれているのか?


「ところで、タザキは着るものがないのだな? ならばせめて、私の下着を贈らせてくれないか。助けてもらった礼をしたい」


「へ?」


 ミアにふざけた様子はない。至って真面目な感じだ。


「ま、ま、まって? ミアのし、下着を!?」


 ミアは着替えをして、今は鎧を装着している。


 軽いプレートメイルなので「ビキニアーマー」みたいな姿だ。

 ミアはその鎧をガシャガシャと脱ぎ捨て、再び下着姿になる。


「なぜ脱ごうとするのか……」


「今はこれしかないからな。ちょっと温かいが、許してほしい」


「ちょ」


 バキン!

 と音が聞こえた。

 何の音かって? それはもちろん、俺の性癖が歪む音だ。


 女の子から脱ぎたての下着を渡されるなんて、色々とヤバすぎるだろ。

 でも俺の理性はギリ持ちこたえた。

 大丈夫だ。まだ歪んではいないはずだ。俺の性癖、まだ歪みねえよな。


「すまないがミア。それは受け取れない。ミアだってなにも履かない訳にはいかないだろう」


 しかしミアが反論する。


「タザキこそ何を言う。人間が全裸で過ごすというのは、尊厳に関わるだろう。せめて布の一枚でも身につけていれば、心も落ち着くというものだ」


 理屈はすごく分かる。

 文明人ならば当然の感覚だ。

 でもその布は別にミアの下着じゃなくてもいい。いや、嬉しいけど。


「き、気持ちはありがたいが俺は腰みので十分だ。自分で何とかするよ」


「タザキよ。パンツとは人の心を守る、最後の砦だ。そんな雑草で作られた腰巻きなど、理性ある人間の履くものではない。それに先ほどから、草むらの奥に潜む貴公のと目が合うのだが?」


「え、うそ?」


「本当だ」


「ひえっ」


 俺は慌てて腰みのの位置を調整した。

 恥ずかしすぎるぞ。

 ちなみに猛獣というよりは、チワワだと思う。


「やはりタザキには下着が必要なようだな」


 ミアがパンツに手をかける。

 嘘だろ。そんなに簡単に脱いじゃうの?


「遠慮など不要。私のことは気にするな。換えの下着など、市場マーケットで調達すればいい。下着が今必要なのは、タザキなのだからな」


 ノリ的には爽やかにユニフォーム交換をするサッカー選手だ。

 でもやろうとしていることは、着ている下着のプレゼント。

 何なんだ、このオープンスケベな女戦士は。


「ちょ、ちょっと待った……嬉しいは嬉しいけど、刺激が……強すぎる!」


 と、その時だった。


「やあお待たせ! 肉を調達してきたよ。二人とも、まだまだお腹が減っているだろう?」


「おお、ポルカ……!」


「どうしたんだいタザキ? ずいぶん嬉しそうじゃないか。君もお腹がすいていたんだね」


「ああ……待ちわびていたよ。色々な意味で。……ミア、パンツの話はいったん後にして、肉を焼こうか」


「ふむ。それもそうだな。新鮮なうちに食べてしまおう。私もまだまだ飢えているぞ!」


 こうしてパンツ議論は一旦脇に置かれた。

 焼肉祭りの開幕だ。


  *   *   *


 串刺しになった肉の脂がたき火に垂れる。その度に小さな炎と、美味そうなにおいがまき散らされる。


「これは僥倖! 実に立派な肉ではないか!」


 焼けた肉を前に、ミアがめちゃくちゃ興奮する。

 本当にワイルドな子だなあ。

 個人的にはすごく好きだ。


「思いがけず大きな獲物がかかってね。タザキ一人では持て余すと思っていたから、ちょうどよかったよ。さあ、食べようか」


「そう言ってもらえると遠慮なく食えるな。では……この出会いと、大いなる大地の恵みに感謝を!」


 ミアが肉にかぶりつく。肉汁がぶしゃっと溢れる。

 さすが〝鉄の民〟の戦士。食い方もワイルドだ。

 俺も同じく肉にかぶりつく。


「美味い……! タンパク質が筋肉に染み渡る……!」


「タザキはかなり消耗していたからね。どんどん食べてくれ」


 ミアを抱えて歩きまくった体には最高のご褒美だ。

 部活帰りに食べるラーメンの100倍は美味く感じるぞ。

 欲を言えば焼き肉のタレと塩コショウが欲しいし、ごはんを無限にかきこみたい。

 が、そんな贅沢は言わない。

 こうして会話ができる人間と食事ができるだけで十分だ。

 こんなに幸せなことはないだろう。


「ああ……うまかった。最高……!!」



 肉を食べ終わるころ、ポルカが急に話を切り出した。


「さて、実はミアに折り入ってお願いがあるんだ」


「ほう?」


 俺もポルカから何も聞いていない。

 何を言うつもりなんだろう。


「タザキを鍛えて欲しいんだ」


「それはなぜだ?」


「タザキはごらんの通り、この世界での戦い方を知らない。〝鉄の王国〟の戦士である君に、鍛えてもらいたいんだ。期間は――タザキの成長速度にもよるけど一ヶ月くらいかな。もちろん、それまでの衣食住は僕が何とかしよう」


 心臓が急に高鳴った。

 それってミアと同棲するってことじゃないか。

 お風呂とかどうしよう。

 だが俺の動揺などなかったかのように、ミアが即答した。


「すまないが、それはできない」


「なぜだい?」


「私には向かうべき場所がある。倒すべき敵がいる。今はその道中なのだ」


「それが何者なのか、聞いてもいいかい?」


 すると――ミアから漂う明るい空気が途切れた。

 ミアはただ一言、敵の名を告げた。


「〈業魔ごうま〉だ」


「ごう、ま……?」


 ミアは戸惑う俺の表情を見て、話を続けた。


「〈業魔ごうま〉とは、機械に感染する病だ。これに感染した機械は、狂い、暴走し、全てを喰らい尽くす。――私は業魔ごうまに感染した、とある機械獣モンスターを追っている。これが奴の手がかりだ」


 ミアは自らの胸元を指した。

 うん、ナイスおっぱ――ではなかった。

 ミアの胸元には小さな首飾りがあった。

 細いチェーンに透明な玉がつけられていた。

 そして玉の中には、機械の部品のようなものが入っている。


「これは……?」


方位機針コンパスだ。中にあるのは、敵から採取したパーツだ。この針が指す方角ほうがくに、我が宿敵がいる」


「なるほど、ミアはそれを追いかけて旅をしていた、という訳だね」


「そのとおりだ。敵は中々姿を見せないが、反応は日増しに強くなっている。戦いの時は近いだろう」


「そうかあ、だったら俺といる時間なんてないよな。残念だ。ミアに鍛えられたかった」


 本音を言えば、鍛錬とかは別にいい。

 ミアと普通に一緒にいたい。

 可愛いくて明るくて元気でエロ可愛いビキニアーマーの戦士とか最強だろ。

 そして俺の下心を知らないミアは、前向きに検討してくれるようだ。本当に性格いいな。


「タザキがそこまで言うならば――良いだろう。いつか〝鉄の国〟に来たら、門番に私の名を告げるといい。案内するように手配しておく。だが〝鉄の民〟の鍛錬は厳しいぞ。覚悟しておくことだな」


「お、おう。お手柔らかに頼みたい……」


「タザキ。僕は嬉しいよ。自分から試練に向かうなんてね」


「ん?」


 ポルカはくるりと回転して、俺の肩に乗る。何か嫌な予感がするぞ。


「待て。ポルカ…………どういうことだ?」


「鉄の王国〈フェムグラーダ〉は、数ある国の中でもトップクラスの軍事国家だ。そんな国の戦士の訓練を自ら受けようだなんて。君も冒険に前向きになってきたようだね」


 こいつ、はめやがったな!

 でもミアがいる手前、発言を取り消せないぞ!


「はははは……やっぱり俺も強くならないと、機械獣モンスターとまともに戦えないからなあ……ははっ……」


「タザキも戦士を志望しているのか! 実に喜ばしいな! 鍛えがいがあるな! そうだ、ならば今日はここで寝させてくれないか。それをもって、タザキを鍛える対価としよう!」


「もちろんオーケーさ」

「なぜポルカが答える!?」

「交渉成立だねっ」

「交渉成立だな!」


 ミアとポルカが俺を抜いて握手をかわす。

 俺は内心で決意した。

 ミアのことは好きだけど、〝鉄の国〟に行くのはできるだけ後回しにしよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る