速くて黒くてキモいやつ

 敵の名は音速蝙蝠ソニック・バット

 そういえば――と思い出す。

 この建物にはやたらコウモリが飛びまくっていた。

 ということは、音速蝙蝠ソニック・バットはネームドの敵。最上階のエリアボスみたいなやつか。


「……くそ、動きが見えねえ……!」


 それにしても速すぎる。

 拡張現実オーギュメントが俺の視界に矢印のサインを映し出す。体を傾け、フライトブレードを操作する。


 その直後、

 ――ブンッ!!

 と空気を切り裂く音。

 敵の姿は見えない。

 音速蝙蝠ソニック・バットの名のとおり、音速で移動しているようだ。


「これ、一発で死ぬんじゃないか?」


 拡張現実オーギュメントの支援がなければ、今頃は地面に墜落していただろう。


「まずいな。どうやって戦う? ……ポルカだったらどうしていた?」


 一人つぶやく。だが答えは出ない。

 言えることは、かなり不利な状況ということだ。

 俺の武器は一つだけ。

 何でも切れるが、リーチが死ぬほど短いナイフ〈豊穣の月〉。

 移動手段は空飛ぶ板、ことフライトブレード。

 使ってからまだ一時間くらいだ。

 そして戦闘のフィールドは地上数百メートル。

 最悪の上に最悪が重なっている。


 ――と、

 音速蝙蝠ソニック・バットの動きが空中で止まった。

 ここで初めて、俺は音速蝙蝠ソニック・バットの全容を目にする。


「こうもり、だと? あれが?」


 「バット」は英語でコウモリを意味するはずだ。しかしコウモリとは似ても似つかないものだった。

 ボディはつるりとした流線型で、黒光りしている。

 その黒光りするボディに、プロペラとかジェットエンジンみたいなメカが搭載されている。

 メカっぽい機体とは逆に、頭は生々しい獣の顔。

 一言で言えば「デカくてきもいドローン」だ。

 敵の口には、ポルカが咥えられていた。


「ポルカ! 速く逃げろ! 何してるんだよ!?」


「すまないね、タザキ。ちょっと動けなくなったよ。どうやらこのコウモリの牙には、対機械生命用の麻痺毒が仕込まれていたようだ。あと十五分ほど僕はこのままだ」


「お……? おう……」


 相変わらず他人事みたいな口調にほっとするやら、がっかりするやら。


「で、どうすりゃいいんだ、俺は!」


「そうだなあ。頑張ってくれ――――」


 ブン、と風切り音。

 ポルカの姿は消えて、俺の視界には回避信号やじるしが映し出される。


「も、もうちょっと何かないのかよ!?!? アドバイスになってねえ!!!」

 コウモリとは名ばかりの、激ヤバ未来生物が襲いかかる。

 またも防戦一方の展開へ。


「のわっ、今のは危なかった……!」


 とにかく風圧がやばい。

 少しでも触れれば体を引き裂かれそうだ。


「これの……どこが……コウモリなんだよお……!!」


 俺は某ダンスダンスな音ゲーよろしく、拡張現実オーギュメントが表示する矢印↑↓に合わせて空を飛ぶ。

 俺だってこんなことしたくないよ? 全裸だし。寒いし。

 でもそれをやらないと普通に死ぬんだよなあ。


「くそ……どうやって反撃すりゃいいんだ? つうか、逃げるか……?」


 ポルカは俺がいなくても何とかなるだろう。逃げる方法だってあるはずだ。だってポルカだし。

 よし、決まりだ。

 逃げよう。


 そして良いことを思いついたぞ。

 敵の動きはかなり速いが、直線的だ。およそ作戦というものがない。俺に向かって突進してくるだけだ。

 だったら、森林地帯まで行けば何とかなるかもしれない。

 敵は地上の複雑な地形に対処できないはずだ。


『タザキ。ちょっと待つんだ』


 拡張現実オーギュメントを介して、俺の聴覚に声が響いた。

 そう、クレイジーサイコパス猫型ロボットことポルカだ。


『音声通信が可能になった。結論から言おう。タザキはここで戦うんだ』


 まーたこいつは俺を地獄にたたき落とそうとしてんな?


「冗談きついぞ。……さすがに速すぎるって! 攻撃をかわすだけで精一杯だ」


『ここで戦うことのメリットを伝えよう。空間圧縮コンプレスリングはタザキを強化する。生き残るために必要だ。ここまで来たら、絶対に手に入れた方がいい』


「どんな良いアイテムでも、今死んだら意味なくないか!?」


 ポルカは反論を押しきるように、続ける。

 さすがポルカだ。人の心がないぜ。


音速蝙蝠ソニック・バットは一匹だけじゃない。僕らは他の階をスキップしてここまで来た。でも騒ぎを関知した他の個体が迫ってきている。だから今ここで奴を倒して、アイテムを回収して、即座に逃げるんだ』


「さらにハードルを高めてくるな? マジで撤退したほうがよくないか?」


『大丈夫。君ならできるさ』


「他人事かっ!」


 ポルカが敵のお口の中でのんびりしている間も、俺は必死だ。

 攻撃予測の赤いラインが乱れ飛び、拡張現実オーギュメントは避けろ避けろと矢印を連打してくる。

 ちょっとしたお祭り騒ぎだ。


『僕のシミュレーションが正しければ、増援が来るまであと一分だ。それまでに決めよう』


「まーた無理難題を言う」


『でも、もう考えついてるんだろう? 勝つための、次の一手を。だって君はもう、敵の攻撃に余裕で対応できているじゃないか』


「それはどうかな――」


 体が勝手に動いた。

 たぶん直感だ。

 そしてこの直感が外れたら、打つ手なしだ。


「うひょおおおおお!」


 急旋回、急上昇、急停止。

 音速蝙蝠ソニック・バットの攻撃をかわしながら空を飛ぶ。

 ギャギャギャッ!

 フライトブレードが大気を切り裂く。

 向かう先は音速蝙蝠ソニック・バットの巣――建物の中だ。


「ぴゃあああ!」


 情けない声を出しながら、建物の中にダイブ。

 フライトブレードを外し、地に足をつける。


「ここだあああ!!」


 〈豊穣の月〉を鞘から抜いた。

 そして外壁の穴に向かって、〈豊穣の月〉を構えた。

 次の瞬間、攻撃予測の赤いラインが視界に映る。


 ――やったぞ。予想通りだ。


 音速蝙蝠ソニック・バットが俺に向かって突撃してくる。

 突撃する先にあるのは、〈豊穣の月〉の刃だ。

 何でも切れる、未来のナイフ。

 刃渡りは約20センチ。十分な大きさだ。


 ――ブンッ!!!


 瞬く間に、音速蝙蝠ソニック・バットがやってくる。

 敵の姿は速すぎて見えない。

 だが俺は勝利を確信していた。


 ――ドガッ!!!


 と俺の背後の壁に音速蝙蝠ソニック・バットが衝突した。

 振り返ると、音速蝙蝠ソニック・バットは、真っ二つに切断されていた。


「GGGGGG…………」


 と苦しげなうめき声が聞こえ、完全に動きが止まった。


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音速蝙蝠ソニック・バットを撃破

*209の戦闘経験値を獲得しました

*タザキのレベルを更新

 技量、機転が10上昇しました

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「はあ、はあ…………あぶねええ! 何とか勝ったぞ!」


 音速蝙蝠ソニック・バットの屍の中から、ポルカがすっと出てきた。

 相変わらず飄々としてんな。


「やるじゃないか! 建物の中に退避して、敵の移動経路を限定させた。その上で敵が通るルートに〈豊穣の月〉を配置するだなんて。確かに君の反応速度を考えたら最適な作戦だ。……でも僕まで真っ二つになったら、どうするつもりだったんだい?」


「ポルカなら大丈夫だと思ってたよ。まあ、真っ二つになったらその時だ」


「ええと、つまり僕は信頼されてたって訳かい?」


「まあそう言う事だな。百パー信頼してたよ」


 一割くらいは、真っ二つになった方が面白そうだな、と思っていた。もちろんポルカには秘密だ。


「それじゃあ圧縮現実コンプレスリングを探そうか。ちなみにこれが、この建物に残されていた情報の断片だよ」


 と、ポルカが拡張現実オーギュメントにデータを送ってくる。


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*西暦2200年代、人類は異空間を発見した

*タワーの最上階では、異空間と接続する

 圧縮現実コンプレスデバイスの開発が進められていた

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 数分後、俺は廃墟の中から空間圧縮コンプレスリングを見つけた。

 だが喜んでいる時間はなかった。

 下の階から大量の音速蝙蝠ソニック・バットが殺到していたのだ。


「敵の数は百近いぞ。急いで戻ろう。これだけの数を相手にするのは厳しいからね」


「同感だ。一匹でもこれだけ苦労したんだからな」


 フライトブレードに乗って、急加速。

 俺はタワーを飛び出し、活動拠点ベースキャンプに向かった。

 新しいリングは、安全な場所で試すとしよう。


   *   *   *


「うぁあああああああああああああ!!! ヤバいいいいい! おちれうぅうううううう!!!!!!」


 どうしてこうなった……。

 音速蝙蝠ソニック・バットを倒し、貴重アイテム――圧縮現実コンプレスリングを手に入れた。

 そして空飛ぶ板、ことフライトブレード。

 こいつは滅茶苦茶に優秀な移動手段だ。

 新たに追いかけてくる音速蝙蝠ソニック・バットの群れを振り切ることにも成功した。

 ここまでは順風満帆だった。


 だが俺はフライトブレードの性能に慢心していた。

 ベースキャンプまであと少しというところで、完全にバッテリーが切れてしまったのだ。

 ――地上数十メートルを、滑空するように、墜落するように。

 俺は死に直面していた。

 全裸で。

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