アイテムボックス

 フライトブレードは、スノボの板みたいな形をしている。

 ただスノボと違うのは、俺の右腕と板がワイヤーで繋がれているということだ。万が一にも空の上で分離したら大変だからな。


 そしてしばらくの間、俺はフライトブレードの練習をした。

 最初のうちこそバランスを取るのに苦労したが、慣れれば簡単だ。


「うはっ! すげー速いぞ! き、気持ちいい……!」


 ジャンプで、真上に上昇。

 しゃがむと、真下に下降。

 足を上に傾けると、斜め上に移動。

 足を下に傾けると、斜め下に移動。

 体を傾けることで、前進、後退、右折と左折。

 うん。楽勝だな。


「速すぎる! ブレーキだ!」


 勢い余って壁に衝突しそうになる。ポルカが珍しく慌てた声を出す。


「大丈夫、分かってるって!」


 右腕に繋がれているワイヤーは、ブレーキも兼ねている。

 ワイヤーを引っ張ると、ボードが減速する。


「……ふう。今のは少しびっくりしたよ。でもいい調子だ。基礎的な動きはマスターしたみたいだね。じゃあ行ってみようか」


「了解だ」


 俺はかび臭い廃墟を滑るように移動した。

 あれほど登るのに苦労していた木の根をすり抜け、建物の外側にでた。


「うおお、すげえな。股間もすーすーするぜ……」


 足下を見る。

 当然、足下に地面はない。

 あるのはブレードだけ。

 恐怖心と高揚した感じが同時にやってくる。

 空を飛べる、というのはこんなにも気持ちいいだなんて。

 ビル風のような強風が俺の体を吹き抜けていく。


「さすがに寒いな」


「服を着ていないからね」


 全裸でスノボ的な板に乗って、空を飛ぶ。

 ここが一万年後の未来じゃなけりゃ、逮捕されてんな。


「さて……行くか。ここからは一気に垂直移動だな。でも、これがタワー型のダンジョン攻略だとしたら、チートも良いところだろ。地道に登るつもりもないけどさ」


 ポルカが俺の肩に乗り、応えた。


「僕はタザキが見える現実を、できるだけ楽しいものにしようと思っている。ゲームみたいにね。でもこれは現実でもある。現実だからこそ、こういう抜け道があるのさ」


「そんなもんか」


「そんなもんさ」


 俺は力一杯しゃがみ、その場でジャンプした。

 ブレードは俺を乗せて、垂直に上昇した。


「いやっほー!」


 しばらくするとブレードの操作に慣れて来た。

 俺は空中で軽くターンしたりしながら飛んでいく。

 この時間軸で最高の体験だ。


「ずいぶんご機嫌じゃないか。なぜだい?」


「俺の時代には、こんな風に空を飛ぶ道具はなかったからな。こんな風に飛べるなんて、最高だよ」


「それはよかった。でも一つ気をつけてほしい。フライトブレードは僕とデータ連携をしていない。バッテリー残量は常に見ておくんだ。これは現実だから、落ちたら普通に死ぬからね」


「もちろん、分かってる。まだ死ぬ訳にはいかないしな」


 ブレードを二回連続でキックすると、足下が光る。

 バッテリー残量が表示されるようになっているのだ。

 フライトブレードは俺がいた2000年代からすれば、200年も未来のガジェットだ。が、数字は普通に読める。


「バッテリー残量は90パーセント。まだまだ余裕だ。……で、目的地にはどんなアイテムがあるんだ? もうもったいぶることもないだろ?」


 ポルカは目的地に何があるのか分かっているはずだ。

 別の時間軸と何らかの手段で通信してるし、元々持っている情報量もかなりのものだ。


「そうだね。あまり早く教えると、タザキの判断が鈍る可能性もあったので黙っていた。でもここまで来れた訳だし、教えてしまおう。この先にあるのは、アイテムボックスだ」


「はい?」


「タザキが見える世界を、もっとゲームっぽくしようと思ってね」


「ええ……アイテムボックスって、あの?」


「そうさ。西暦2000年代にはゲームの中でのみ再現されていた、例のアレだ」


「まじかー。アレか……本当に、アレなのか……」


 ゲームなら普通できること。

 現実では絶対に無理なこと。

 それは、アイテムの入れ替えだ。


 ゲームならば、ボタン一つでデカい剣やゴツい鎧を装備できる。

 アイテムを選択して、スロットに入れるだけでいい。

 だが現実はそうもいかない。

 鎧を三つ、薬草を百個持ってモンスターと戦えますか? って話だ。


「空間を圧縮、歪曲し、拡張現実オーギュメントとの接続を確率させることで任意のアイテムの取り出しを可能にする。拡張現実オーギュメントリングの亜種。空間圧縮コンプレスリングだ」


「こんぷれ……? 日本語で頼む」


「要は指輪をもう一つ装備することで、アイテムを格納するインベントリが手に入るってことさ」


「理解した。それがあれば、長旅もできそうだな」


 今はポルカが最低限の荷物は持ってくれている。

 猫型ロボットの体内は謎空間になっているらしく、俺の武器や飲み物はその中にある。

 でも容量は20リットルくらいなので、あまり大量の物資を運ぶことはできない。


 だが空間圧縮コンプレスリングとやらを手に入れれば、快適に移動できる。ベースキャンプを持ち運んでいるようなものだ。


「それが480階にあるってことか」


「僕が持っている情報ではね」


「よし、急ごう」


 俺はフライトブレードを強く蹴り、一気に最上階へ上昇した。


   *   *   *


 果てしなく高い建物が、ついに終わりを迎えた。

 最上階だ。


「着いたぞ――!!!」


 建物の窓が壊れているところを見つけた。

 ターン。

 重心を傾け、フライトブレードを急旋回させる。

 びりり、と空気を切り裂く感触。

 ブレードがスライドし、建物の中に水平移動。

 そして着地。

 次の瞬間、ポルカの声がした。


「タザキ、避けろ! うひゃっ!」


 同時に拡張現実オーギュメントがものすごい勢いでの方向を表示する。

 反射的に屈んだ。

 ぶあああっ、と黒い何かが頭上をかすめていった。ものすごい風圧だ。


 俺は頭上を飛んでいった何かを目で追いかけた。

 かすかに見えたのは、巨大なコウモリのシルエット。


「……うあ、最悪だ」


 ポルカの解説がなくても直感的に分かった。

 またもや俺は機械の獣に遭遇してしまった。

 念押しするように拡張現実オーギュメントが情報を補足する。


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*個体名:音速蝙蝠ソニック・バット

*旧世界生物の変異種

*機械と生体のハイブリッド

*音速で飛行する

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 最悪なことは、二つあった。

 一つは厄介な敵に遭遇したこと。

 もう一つは、ポルカが連れ去られたことだ。

 音速蝙蝠ソニック・バットはポルカを咥えて建物の外に飛んでいったのだ。


「ま、マジかよ……」


 呆然としていると。

 ――からん。

 破れた窓から何かが飛んできた。


「これは……ナイフ?」


 何でも切れる武器、〈豊穣の月〉だ。

 直前まで、このナイフはポルカが運んでいてくれた。

 それがこうして投げ込まれたということは――。

 俺は即座にポルカの意図を理解した。


「分かったよ。戦えばいいんだな。ポルカ、助けにいくぞ」

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