空を自由に飛びたいかい?

 ポルカが言うところの「体力の損耗そんもうと死亡率を下げる」アイテムを求め、朝起きてすぐにベースキャンプを出発した。


 昨日探検した森の、さらに奥深く。

 ベースキャンプから歩いて二時間。

 そこが今日の目的地だ。

 二時間――と時間が分かったのには理由がある。

 何のことはない。拡張現実オーギュメントの画面を色々と操作していたら、時刻が表示されたのだ。


 今は西暦で言うと、12387年の7月2日で、時刻は午前10時30分らしい。

 冗談みたいな時間の経過っぷりに、思わず笑いそうになってしまう。

 俺、マジで未来にいるんだなあ……。


「これが旧世界の遺跡か。超でかいな」


 俺は巨大な廃墟を前に立ち尽くした。

 天高く建物がそびえ立ち、終わりが見えない。

 これまで見てきた、どの建物よりも高いぞ。

 だが建物の所々が崩れているし、巨大な樹木がビルにもたれかかるように生えている。

 超巨大なジェンガみたいだ。


「探索してる間に倒れないといいなあ……つうかこの建物は、元は何だったんだろうな?」


「旧世界の研究施設だ。この時間軸に〝流れ着いて〟そこまで時間が経過していない。かなり高い確率で、良いものが見つかるだろうね」


「昨日から気になってたけど……その〝流れ着く〟って何なんだ?」


「今から説明するよ。この建物のデータを送ろう」


 と、拡張現実オーギュメントのテキストが俺の視界にポップアップしてきた。


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*インテリジェンスタワー

*旧世界の研究施設

*西暦2200年代の建物と推定される。

 時空転移措置が施されたのち、

 西暦12000年代に出現した

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「文明が崩壊することが確定した人類は、築き上げた遺産を未来に託すことにしたんだ。――タザキの時代で言えば、学校を卒業した時に手紙とかを埋めたりするだろう? 考え方はそれと同じさ」


「卒業記念のタイムカプセルか。俺はやったことないけど。……つまりこの建物全体が過去から未来に転送されたってことか?」


「そのとおりだ。旧世界人類は、建物まるごと時空転移させたのさ。……でも残念ながら、時空転移は失敗に終わった。システムの不具合で、タイムカプセルはランダムな時間軸に出現するようになった。僕らが今見ているのは300旧世界の建物だ」


 つまりこういうことか。

 西暦2200年に存在していた建物が、

 西暦12000年の未来に転送された。

 で、今は西暦12387年。

 つまり387年の間、この建物はこの場所に存在していたことになる。

 それだけの間野ざらしになれば、まあ廃墟になるよな。


「そのせいで、俺はこんな廃墟を探索しなきゃいけないってことか。残念だ……うまく行って欲しかったな」


 あと300年ほど遅く転送されていれば、俺は新しい建物の中を探索できたのだろう。そうなれば割と楽ゲーだったのかもしれない。


「こういう過去から流れ着いた遺跡を、この世界の人たちは〝漂流遺跡〟とか〝贈り物〟なんて呼んでいる。……とまあ説明はここまでだ。さっそく行ってみよう。ゴールは、最上階の480階だ。そこにタザキに必要なアイテムがある」


「はぁ!?」


   *   *   *


「はあ、はあ……マジでしんど…………ちょっと休ませてくれ」


 木の幹に掴まり、休憩タイム。

 ボロボロの廃墟にエレベーターなんて便利なものがあるはずもなく。

 上に行くためには、木の根に掴まってアスレチックをするしかない。こんなの小学校以来だ。

 弓道部で鍛えた腕力はあまり役に立っていない。むしろ脚がぷるぷるしてきたぞ。


「ところでポルカ。俺も空を飛べたりする……?」


 俺がしんどい思いでボルダリングみたいなことをしてる一方、ポルカは空を自由に飛んでいる。

 普通にうらやましい。


「悪いねタザキ。この反重力装置は、僕の体一つ分までなんだ」


 何てそっけない返事。

 ポルカには某国民的猫型ロボットの爪の垢を煎じて飲ませてやりたいところだ。空を自由に飛びてー。


「ああ。分かってたよ…………っと」


 半ば予想通りの答えにがっかりしつつ、俺は樹の枝から飛び降りた。


「この階でいいのか?」


 周囲を見渡す。だが中は薄暗くてよく見えない。

 目的地は480階。ゴールはまだまだ先。

 しかも地面は苔でぬるっとするし、謎のコウモリみたいな鳥が「ビギャギャギャギャ」とか叫びながら飛び出してきたりする。

 普通に考えたら即座に帰るレベルだ。


 だがポルカが言うには、10階まで行けば「格段に楽になるアイテム」があるらしい。

 そうでなければ、とっくの昔に帰っていたところだ。480階は無理だ。


「で、本当にあるんだろうな? そのアイテムってやつは」


「別の時間軸の〝僕〟からの情報によれば、このフロアにあるはずさ」


 重要な設定をさらっと言われた気もするが、気にしている余裕はない。なぜなら――


「うぉおお! また来たぞ!」


 コウモリの群れがバサバサと俺の横をすり抜けていく。

 確かコウモリってばい菌すごいあるんだよな。こんな世界で感染症になったら死ぬしかないだろ……。

 とビビっていると、耳元に機械音声が響いた。


『旧世界遺物の痕跡を検知しました。拡張現実オーギュメント探索モードをオンにします』


「お?」


 俺の視界に新たな情報が加えられた。

 元々、方角や機械獣モンスターの位置を示すコンパスバーが視界の上に映し出されていたが、さらに宝箱のアイコンも追加された。

 なるほど、これでアイテムの方角が分かるってことか。


「すげ。こんなこともできるのか」


「これも拡張現実オーギュメントリングの機能の一つさ。旧世界遺物が近くにあると反応するんだ。ただし分かるのは方角だけだ」


「まあ、それだけでも分かれば十分だよ。探索しよう」


 俺は何でも切れるナイフこと〈豊穣の月〉を右手に構えた。

 そしてゆっくりと、薄暗いフロアを歩く。

 頼む、何も出てくるなよ……。

 と祈りながら。


 もう機械獣モンスターとの遭遇戦は勘弁してほしい。

 そうして廃墟を探索すること数分。

 中を散策するうちに、あたりを観察する余裕もでてきた。

 ビルは研究所というよりは工場みたいだった。

 使われなくなった機械があちこちに転がっている。

 ついでに人骨も……。

 俺は心の中で手をあわせながら、さらに奥へと進んでいった。


「おっと、ここで行き止まりか」


「いいや。よく見るんだ。ドアになってるよ」


「えマジか」


 手探りで壁に触れると、冷たい金属の感触。うん、確かにドアっぽい。

 軽く押すと、ギイイと金属がきしむ音が響いた。


「うわ、確かにドアだ。……全部開けるのか?」


 というかドアを開けた途端、謎の未来生物に遭遇したらどうしよう。


機械獣モンスターの反応はない。とにかく行ってみようじゃないか。ここまで来て帰る選択肢はないだろう」


「わ、分かってる。……くそ、なるようになれ!」


 意を決して腕に力を込めた。ドアは完全に開いた。

 すると。

 ズドドドドッ! と何かが雪崩をうって覆い被さってきた。


「な、なんだあ!? ぶげっ。ごほっ……」


「おっとタザキ、大丈夫かい?」


 俺の上にぶつかって来たものは、大量のコンテナだった。

 そしてコンテナの中身が床にぶちまけられている。


「めっちゃ痛い……」


 スノボの板みたいなやつが何枚も転がっていた。

 ポルカは痛がる俺をそっちのけで、嬉しそうに宙返りをした。

 これ、そんなに喜ぶところか?


「やった! 僕の予測どおりだ!」


「これ、何だ? ただの板だろ……」


 俺が板を手に取ると、拡張現実オーギュメントが自動的に機動した。


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【アイテムの獲得】

*フライトブレード

 〈グラスムーン社〉によって開発された飛行デバイス。

 史上初の斥力ユニットにより、一般人は安価で自由に

 空を飛べるようになった。

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「タザキ、空を自由に飛びたいかい?」


「お、おう……」


「はい。フライトブレード。これで480階までひとっ飛びさ」


「便利そうだけど、それはそれで怖い!」

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