タザキは 生活雑貨を てにいれた

 ベースキャンプに戻って早々に、ポルカは枯れ枝を拾ってきた。


「火をおこすなんて簡単だよ。こうやって悪食ワニのバッテリーを使えばいいのさ」


 なんて言いながらバッテリーのつまみを操作すると、パチリと火花がおきた。

 火花は地面に置いたナイロンマッシュルームの繊維に引火する。ナイロンマッシュルームは瞬間的に炎上した。

 そして炎は、枯れ枝へと連鎖的に燃え移っていく。


「きた、きたぞ……!」


 一万年後の夜はめちゃくちゃ暗い。

 光っているものと言えば夜空の星だけ。

 それはそれで綺麗だけど、火の安心感は別格だ。

 暖かいし、野生動物を避ける効果もある。


「寝床も確保したことだし、少しだけ文明に近づいたかな?」


「ああ。今日は頑張ったかいがあったよ」


 焚き火をしてしばらくすると、香ばしい匂いが漂ってくる。串刺しにした魚が焼けてきたようだ。


「最高だな。これにご飯と味噌汁があれば完璧なんだが」


 今はこうして食事ができるだけでもよしとしよう。

 代わりに、水晶竹のコップで汲んだ水を一口。


「水ですらも旨い……! 圧倒的……!」


 限界状況に追い込まれると、人は水にすら幸せを感じるらしい。


「ははは。なら魚を食べたら大変なことになるね」


 とポルカ。

 炙られた魚から、脂がジュッと垂れる。

 ごくり、と生唾をのむ。

 ちょっと生焼けな気もするが、もう我慢できない。


「では……いただきます」


 がぶり、と魚の身にかふりつく。

 サクッとした皮の食感がして、口の中に魚の旨みが広がっていく。

 最高だ。

 この瞬間だけは、自分が全裸なことも、一万後の未来にいることも忘れてしまう。

 しかし幸せな時間は束の間だ。

 あっと言う間に魚をたいらげてしまった。


「一万年後の川魚の味はどうだった?」


「最高だ。一万年前より良くなってたよ。格段に」


「それはよかったよ。――ところでタザキの足のサイズは何センチだい?」


「27だけど? そんなこと聞いて、どうするつもりだ?」


 突然、ポルカの背中から機械のアームがにゅっと出現した。


「これからはもっと足場が悪いところを探索をすることになるだろう。さすがに裸足のままじゃ危険だからね」


 と、ポルカのアームが、近くに置いていたファイバースパイダーの糸のかたまりをたぐり寄せた。

 ウィーン、ビビビ……と奇妙な音を出しながら、アームがめまぐるしく動き出す。


「え、何してんの……?」


「簡単な工作なら任せてくれ。まあ見ててくれよ」


 しばらくするとポルカが編んでいるものの形が見えてくる。

 俺も昔、野外活動で作った記憶がある。

 草鞋わらじ

 つまりはサンダルだ。


「ファイバースパイダーの繊維は固くしなやかだ。しっかりと編めば、かなり丈夫な構造になる。間に合わせだけど十分使えるよ」


 数分とたたずに、ポルカは二足の草鞋を編み上げてしまった。


「す、すごいな。ポルカにこんなスキルがあるなんて……」


「じゃあ履いてみてくれ」


 俺は立ち上がり、草鞋わらじを履いた。

 ――すっ。

 と足にフィットする感触。

 高級なサンダルにも似た履き心地だ。ビルケンシュトック的なやつ。


 俺はその場で飛び跳ねたり、駆け足をしてみた。

 いいぞ。全力で動いてもびくともしない。

 時代劇なんかで侍が履いているような草鞋わらじよりも厚底で、クッション性も十分だ。


「やっと人間らしい装備を手に入れたぞ! ポルカ、ありがとう」


 ポルカのスペックは俺が想像している以上に高い。

 ただのクレイジーで無茶ぶりをしてくる猫型ロボットではないようだ。

 ポルカは本当に冒険の助けになる。

 何か胡散臭いところはあるが、仕事はしっかりとやるな。


「大したことはないよ。僕のデータベースにある画像データから、見よう見まねで作っただけだからね。いずれちゃんとした商人から靴を買うといい」


「商人? この世界にそんな人がいるのか?」


 そう言えば――俺はポルカの言葉を思いだす。

 世界の文明は滅びた。

 が、人類は全滅した訳ではない。

 僅かながら生き残った人類の末裔がこの世界にいて、文明を再び興そうとしているのだ。


 ここに来て根本的な疑問がわき上がってくる。

 服、商人から買えばよくないか?


「なあポルカ……。もしかしてサバイバル生活するより、買い物をした方がいいのでは? つうか、この時代にお金ってあるのか?」


「ある程度の文明や国と呼べるものはある。貨幣経済も存在する。でも、一番の問題は距離だ。ここから最寄りの国まで百キロ以上はある」


「ひゃ、ひゃっきろ?」


「旧世界と比べれば人口もかなり減っている。人類が居住している場所に向かうのも一苦労って訳さ」


 うん。無理だな。

 何しろ俺は、今やっと履き物を手に入れたばかり。

 移動手段は徒歩で、保存食もない。


「だから当面は、このあたりを散策してレベルを上げろってことか」


「理由はそれだけじゃない。旧世界の遺跡を探す方が、普通に買うよりも貴重なものを手に入れられる可能性がある。下手に移動するより、探索した方が効率がいいのさ」


「え、そうなの?」


 ポルカはくるりと宙返りして、機械のアームを中にしまった。

 その体、どういう仕掛けになってんだ? まあいいか。


「いずれ見る時が来るだろうけど、この時間軸には旧世界の遺跡が〝流れ着く〟ことがある」


「流れ着く? それって、どういう意味だ?」


「言葉通りさ。旧世界の遺跡がこの時間軸にやってくるのさ」


 「タイムマシンで過去や未来に行く」というのは何となくイメージできる。

 俺もカプセルに入れられて、この時間軸に来た訳だし。

 そのタイムリープが、空間ごと発生するというのは中々に想像が難しい。


「そう言われてもイメージが湧きにくいな」


「じゃあ行ってみようか。明日だけど」


「って、この近くにあるのか? 旧世界の遺跡ってやつは」


「そう珍しいものじゃないからね。危険はあるけど、探索する価値はあるよ。タザキが知らない、ハイテクなアイテムが回収できるかもしれないよ。どうだい?」


 きらり、とポルカの瞳が輝いたのを俺は見逃さなかった。

 この猫型ロボットは、また何かを企んでいる。

 道中は絶対にヤバいことになるやつだ。


「……やっぱり止めにしない?」


「タザキにとってもメリットがあると思うよ? 具体的には、体力の損耗とか死亡率が下がる」


 そう言われると、何か断りづらいぞ。


「体力かあ。死亡率かあ……」


「旧世界の遺物はそれだけ価値があるのさ。僕の予想が正しければ、タザキも必要としてるアイテムが手に入るはずさ」


「うーん……」


 この先の冒険のことを考えれば、装備は充実させておきたいところだ。


「分かった。命には代えられないからな。明日は旧世界の遺跡に行こう」


「オーケーだ。タザキの決断を全力でサポートしよう」


   *   *   *


 満腹になると、自動的に眠くなる。

 昨日今日と、体力の限界まで動き続けている。なおさら眠い。

 このまま同じ生活を続ければ、めちゃくちゃに体力がつくことだろう。


「うう、疲れた……」


 洞窟の中でごろりと横たわる。

 しかし岩肌がごつごつして眠りづらい。

 そしてもう一つ、俺の眠りを妨げる存在がいた。


「人間の体というのは不便なものだね。ああ、でも食事を生きた感覚とともに味わえるというメリットもあるか。僕もいつか、食事というものを楽しんでみたいものだ。いや、それ以前に空腹という感覚を知るのが先かな?」


 ポルカはやることがなくなると、限界オタクみたいな勢いでむちゃくちゃ喋るのだ。

 しかもまた機械のアームで何か作業してるし。

 空腹以前に、もっと大事なものを学習して欲しいところだ。


「…………ポルカ。もう寝ていいか?」


「まだ早いよ。少し待ってくれ」


「え、何してんの」


「クッションをちょっとね。ナイロンマッシュルームを分解して、こうして火で炙ると」


 ナイロンマッシュルームは、かなり大きめのキノコだ。

 ポルカはそれをちぎり、火の近くに置いた。

 ――もこり。


「おお、膨らんだぞ!?」


「アイテム説明を見るといい」


 俺は拡張現実オーギュメントを起動させ、アイテム画面を開いた。


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【ナイロンマッシュルーム】

*高密度なナイロン繊維で構成されるキノコ。

*加工性にすぐれ、加熱すると急速に膨張する。

*食用不可

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 説明を読んでいるうちに、ポルカは一仕事終えてしまった。


「マットレスと枕の完成だ。ほら、これでかなりマシになったろう?」


 ごつごつとした岩肌の上に、マットレスと枕が置かれた。

 マットレスは、売り物みたいな長方形ではないが、人一人が寝るには十分に大きい。


「最高だな……キノコなのに普通に気持ちいい」


「アイテムを手に入れたら、しっかり説明を読んだ方がいい。意外と便利に使えることもあるからね」


「そうするよ。今日はぐっすり寝られそうだ」


 昨日は草原で野宿。

 今日は屋根つきの家(洞穴)でベッドもついている。

 うん、中々に良いペースで生活が上向いている。

 マットレスに体を預けると、睡魔が一気にやってきた。


 俺は満足した気持ちで眠りについた。

 全裸で一万年後とかふざけんなよと思ったが、割と楽しくなってきたぞ。

 明日が楽しみだ。

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