柔らかな風が吹き抜ける

 〈黒鉄の双竜アイアン・ツイスト〉を撃破して気がゆるんだのだろう。いつも以上に食べ過ぎてしまった。


「く、苦しい……」


 何を食べたかというと、正体不明の果実。

 疲れ果てた俺のためにと、ポルカが採ってきてくれたのだ。


「あれだけ食べれば、そうもなるだろうね。周辺に敵性の個体はいない。少しリラックスしてもいいだろうね」


 と猫型ロボットは珍しく優しいことを言う。

 だがそんなつもりはなかった。


「いいや、さっさと本題に入りたい。とにかく聞きたいことが山ほどある」


 本当は股間を隠す布の一枚も欲しいところだ。

 が、それよりも大事なことがある。


 ――なぜ俺は、こんな場所にいるのか?

 その理由が分からない限り、行動を起こす気になれなかった。


「了解だ。何でも聞いてくれ」


「何でも?」


「そうさ。僕に答えられる限り、何でも答えよう」


「じゃあ最初の質問だ。なぜ俺はここにいる?」


 俺はただの田舎の高校生だ。

 弓道部の部活帰りに、アーケードで謎のお姉さん(ちょっとえっちな雰囲気)に連れられて、「めっちゃ眠れるカプセル」の中で寝た。


 で、起きたら一万年後の未来にいた。

 何度考えても意味が分からない。


「君は人類文明を復活させる鍵……らしい。だから僕らは君をこの時間軸に連れてきた」


 うん……。

 うん?

 理解が追いつかないな?

 よし、ポルカの発言を一つ一つ吟味していこう。


「ええと……俺が?」


「そう。タザキが」


「人類が破滅した一万年後の世界を?」


「そのとおり」


「復活させる?」


「正解だ。厳密に言えば、人類は今もわずかながら存在している。だが色々な理由から再び破滅に向かっている。その破滅を回避できるのが、旧世界人類のタザキらしいんだ。だから僕らは、君をこの時間軸に連れてきたのさ」


 よし、百パー理解した。

 これは怒っていいやつだ。


「待て待て……俺、ただの高校生なんだが? しかも『らしい』ってどういうことだよ! そんな理由で人を未来に拉致するか!?」


「その疑問はもっともだ。でも僕も、それ以上の情報は持っていない。ただ僕は『田崎練たざきれんという存在が、世界を救う鍵になる』という情報に基づいて動いているだけなのさ。君を強制的に連れてきたことはすまないと思っているけども」


 それって何かの間違いだろ。

 俺、ただの高校生なんだが?

 だがポルカとその話をしたところで、不毛な議論に終わるだろう。

 俺は諦めて次の質問に移った。


「次だ。ポルカ。お前は何者だ?」


「人類の復活のために生み出されたボットさ。でも詳細なデータは欠落していてね。僕も僕のことは詳しくは分からないんだ」


「マジかよ……」


「でも君の仲間だってことは、さっきの戦いで分かっただろう?」


 恐ろしく正確な情報支援。

 恐ろしく強力な武器の調達。

 ポルカが俺のために動いたのは、紛れもない事実だ。


「それは認めるしかない。ポルカがいなかったら、死んでただろうな」


「これで分かってもらえたかな? ……だからタザキ。君にはこの世界を救って欲しいんだよ」


「え、ええ………………」


 ここまで言われても、俺の感想はやはり「知らんがな」と「ふざけんな」である。


「悪いがポルカ、マジで全体的にどうでもいい……。一応聞くけど、もとの時代に戻る方法はないのか?」


「今のところ戻る方法はない」


「やっぱりか」


 薄々気づいてはいたが、こうして改めて突きつけられるのはしんどいものがある。


「何かもう、絶望的だな」


「そう残念がることもないよ。この世界には、タザキの時代よりも遙かに未来の遺物が見つかることがある。過去に戻れる装置が見つかるかもしれない」


「え、マジで? タイムマシン的な?」


「可能性の話だけどね」


「それ、何としてでも見つけたいぞ。普通に帰りたい」


 退屈な授業。

 部活上がりに食べる駅前の牛丼。

 代わり映えしない光景がフラッシュバックする。

 その時は別に何とも思っていなかったが、こうなってみるとめちゃくちゃ貴重なものに思えてならない。


 異世界転生したらチートな能力を手に入れてハーレムです。――とかだったら前向きな気分にもなるだろう。

 が、こんな荒れ果てた世界はマジ勘弁である。


 一刻も早く脱出したい。

 決まりだ。

 とりあえずの目標が決まった。

 「帰る」一択だ。


「世界を救うとかどうでもいいわ。タイムマシン探そう」


「ほう。それがタザキの冒険の目的なんだね。ならば僕は、それをかなえるために全力でサポートしようじゃないか」


 ポルカの返事に、逆に肩すかしを食らったような気分になる。


「はい……? 俺が言うのも何だけど、そこは『そんなこと言わないで世界を救ってくれよ』とかじゃないのか?」


 ここまで物わかりが良いと逆に怪しい。


「やっぱり、何か裏があるんじゃないか?」


「そんなものはないよ。何度も言うけど、僕の存在意義はタザキのサポートだ。自殺以外の選択なら何でも手伝う。それに僕の目的は少し違うところにあるのさ」


「え、そうなの?」


「僕の目的は、ことだ。君はただ、価値がある。過去に戻る、というのだって立派な冒険の目的さ」


「へえ……そんなことで世界を救えるのか?」


「世界は複雑だ。魔王もいなければ、タザキは選ばれし勇者でもない。でも、君の存在はこの世界に必要なのさ」


「お、おう……。そんなことって、あるのか?」


「100パーセント断言はできない。でも少なくとも僕は、そういうプログラムで動いている。だからタザキ。僕からのお願いは簡単だ。この世界を冒険し、遊び尽くしてくれ。僕はそのサポートをしよう」


「うーん……」


 俺は少し考え込んでしまった。

 俺はもとの時代に戻りたい。

 そのためには、この世界を探索してタイムマシン的な何かを見つけなければならない。


 ポルカは、俺が冒険する事を求めている。

 つまり、何となく利害が一致しているのだ。

 そして俺にサバイバルの知識なんてものはない。

 しかも全裸だ。

 頼れるのはポルカしかいないのだ。


「悔しいけど、話に乗るしかないか…………」


「そうしてもらえると僕も嬉しいよ。それじゃあ早速、食糧と住む場所の確保だ。もう一度戦闘用強化外骨格アーマード・コンバットフレームを装備してくれ」


「お、おう……」


 俺は草むらに置いた未来兵器に手を伸ばした。

 だがその時だった。

 ズバババパーン!

 草原に破裂音が響いた。


 機械獣モンスターの襲撃、ではなかった。

 紙吹雪のように白い布が飛び散り、金属のパーツが弾け飛んだ。


 拡張現実オーギュメントが起動し、視界にぽこんとテキストが表示された。


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*過剰負荷により戦闘用強化外骨格アーマード・コンバットフレームが完全損壊

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「え、ええ……マジかよ……」


 柔らかな風が吹き抜ける。

 俺の股間を、吹き抜ける。


「あんまりだ。また全裸だなんて」


「こういうこともあるさ。気を取り直していこう」


「めっちゃポジティブだなっ!」


「移動手段を失っては仕方がない。今日はこのあたりで野宿しよう。夜の警備は僕がする。タザキは安心して寝てられるよ」


「そういう問題じゃなくないか? 俺、全裸なんだが!?」


「むしろ全裸ということは、タザキはこれから色々なものを手に入れていくだけじゃないか。何を悲しんでいるんだい?」


「だからポジティブすぎるだろ!?」


 ……と、こうして俺と人の心がない猫型ロボットとの冒険は始まってしまった。


 心の底から思う。

 服が欲しい。


「さあ、明日からサバイバル生活だ。とりあえずは活動拠点を探さなきゃね」

「……了解だ」

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