一万年後の空

戦闘用強化外骨格アーマード・コンバットフレーム……? 見た目的には……空を飛ぶやつなのか?」


 見た目はいわゆる「ジェットパック」に似ていた。


 しかしジェットパックと違うのは、背中にはジェットエンジンが六つ搭載され、さらには短い翼もある。

 超高速で飛びそうなフォルムをしているぞ。


「そのとおり。これは飛行ユニットを搭載した、戦闘用のスーツさ。奴と戦うにはどうしてもこれが必要だった。だからタザキを一人にしてでも回収したかったのさ」


「そうなら先に言って欲しかったぞ……。ていうかこれ、どこから拾ってきたんだ?」


「旧世界の遺跡だよ。この世界には、その手の遺跡がたまに〝流れ着いて〟くるのさ」


「流れ着いて……? それってどういう――」


「そのあたりの話は後にしよう。今は奴と戦うのが先だ」


 ポルカが言った先から、ずがん! ずがん! と爆音がした。


 振り返る。

 ――やばい。

 奴が来ていた。


 一目で見渡せないほどの巨体。

 頑丈そうな装甲に凶暴な二つの頭。とてつもない威圧感だ。


「GAHHHHHH――!!!」


「さあタザキ、早く装備するんだ」


「ところでポルカ。俺、全裸なんだが?」


 全裸でゴツゴツとした機械を装備するのは、正直言ってキツいものがある。

 フル○ンで自転車に乗るみたいなもんだからな。


 が、ポルカはどこまでもドライだった。


「我慢してくれ」


「ですよねー」


「その代わりと言ってはなんだけど、拡張現実オーギュメントとの接続設定は終わらせておいたよ」


「了解だ……まあやるしかないな」


 違和感はかなりあるが、全裸よりはマシだと思うことにしよう。


 戦闘用強化外骨格アーマード・コンバットフレームに手足を置いた。すると機械が自動的に展開し、俺の全身を包んだ。


 そして拡張現実オーギュメントが起動し、機械音声が聞こえた。


初期設定イニシャライズ完了

 個人識別信号パーソナルデータ取得完了

 拡張神経機構ナーヴユニット同期完了

 エンジン出力クリア

 燃料レベルクリア

 可変翼動作クリア

 フレーム可動域正常

 安全装置セーフティ動作正常……オールクリア

 高速飛行ユニット――完全起動』


「な、何か分からんがかっこいい……!」


 こういうの、ロボアニメで見たことがある。

 まさか俺がその当事者になるとは。


 ギュゥウウウイイイイイイ――――


 と背中のエンジンユニットが唸った。


 拡張現実オーギュメントの機械音声が俺にメッセージを伝えた。


『敵個体の予備動作を検知。広範囲にわたる攻撃が予測されます。緊急避難を推奨』


「うお、マジか。どうすりゃいいんだ……?」


「決まってるだろう、飛ぶんだ!」


 ポルカが叫ぶ。


 〈黒鉄の双竜アイアン・ツイスト〉の口元から、メラメラと赤い炎が巻き起こる。


「や、やばい……! ポルカ、飛ぶってどうやればいいんだ!?」


「ただ〝飛びたい〟と念じるんだ! 拡張現実オーギュメントが君の意志を読みとってくれるはずだ!!!」


「割と適当だな!?」


 視界が赤く染まった。

 辺りを焼き尽くすような炎が吐き出された。


「うぉあああ!! 飛べ飛べ飛べ飛べ飛べ――!!」


 ――ギュアッ

 全身にとてつもない重力を感じた。

 気づけば俺は、空高く飛んでいた。


「うぉおお、高い! 高すぎる!」


「RGUAAAAA――!!!!」


 地上にいる〈黒鉄の双竜アイアン・ツイスト〉が、次の手を打ってくる。


 バガバガバガッ!! と背中の装甲が次々と裏返っていく。

 拡張現実オーギュメントの警告。


『大量のミサイルが射出されます。回避行動を取ってください』


 視界に、大量の赤いラインが描かれる。

 そのラインは全て俺の方に向かってきている。

 ミサイルの弾道予測だ。


 同時に、青いラインが描かれた。


『回避ルートを生成。ルートを逸脱した場合、肉体の損傷が予測される』


「む、むちゃくちゃだ……!」


 青いラインのとおりに飛ばなきゃ死ぬってことか。


「くそ、こうなったら……! うぁあああ――!!」


 拡張現実オーギュメントが俺の意志を読み取る。

 飛行ユニットが火を噴き、俺は恐ろしい速度で空中をドリフトした。


 死ぬ。

 今度こそ死ぬ。

 爆音、轟音。


 ミサイルが土砂降りみたいに降り注ぐ。

 廃墟のビルが片っ端から吹き飛ばされていく。

 ミサイルの尾翼が俺の手足をかすめていく。


「あぶね! これ、マジで死ぬって!」


『とにかく冷静に対処するんだ! 君ならできる!』


 ポルカの声が頭の中に響く。


 拡張現実オーギュメントを経由して、俺に話しかけているのだ。


「こんな状態で言われても……! 何ができるって言うんだ!」


『反撃だ! 狙撃ユニットを起動するんだ!』


「狙撃ユニット……?」

 次の瞬間、視界に選択肢が現れた。


----------------------------------------------

*狙撃ユニットを起動しますか?

*YES/NO

----------------------------------------------


 答えはもちろん、イエスだ。

 選んだ瞬間、背中から機械音。

 

『狙撃ユニット起動

 物理トリガー駆動確認完了

 弾道予測ライン補正完了

 発射準備、完了』


 俺の手元に小型のミサイル発射装置が出現した。


『タザキ、それで奴を狙撃するんだ! 弱点部位のデータを送るよ! 黄緑色にハイライトさせる!』


「了解だ! 弱点さえ分かれば……って、何だと!?」


 〈黒鉄の双竜アイアン・ツイスト〉はどこもハイライトされていなかった。


「うそだろ、弱点ないってのかよ!?」


『よく見るんだ! 胴体の下だ!』


「ええ!? そんなところ!?」


 目を凝らせば〈黒鉄の双竜アイアン・ツイスト〉の腹部がハイライトされていた。


「弱点部位、小さっ! しかも難しすぎい!」


 そこに当てれば大ダメージを与えられる、という訳だろう。

 だが位置も角度も最悪。


 ただ撃つだけでは、間違いなく装甲に遮られるだろう。

 拡張現実オーギュメントが打開策を提示してくる。



『戦術の提示:超低空飛行による突入。胴体の下部分を飛翔しながら狙撃。当該戦術を棄却した場合の生存率は、0パーセント』


「おいおいおい……やるしかないってことか!」


 こうしている間にも〈黒鉄の双竜アイアン・ツイスト〉は攻撃の準備をする。

 弾が尽きる気配はない。


『このまま逃げ回っても、こっちの燃料切れが先だ! やるしかないよ!』


「わ、わかったよ! やればいいんだろ!」


 拡張現実オーギュメントが俺の現実を上書きオーバーライトする。


 青いラインが視界に現われる。

 このとおりに飛ばなければ死ぬ、戦わなければ死ぬ。


「くっそ、まじふざけんなよ……!!!」


 半ばやけくそになる。


 加速、加速、加速。

 雨霰のように降り注ぐミサイル。

 なぎ倒すような尻尾による打撃。


 二つの頭が代わり代わりに俺を喰らおうと迫る。

 回避、回避、回避。

 地面スレスレを低空飛行。


 チチチチチ、と機体が擦れ、火花が散る。

 今は時速何キロくらいだろう? 考えたくもない。でも確実に新幹線よりは速いやつだ。


 〈黒鉄の双竜アイアン・ツイスト〉の真正面から突入し、そのまま下半身の方へと突き抜けた。


「よっしゃぁあああああ!」


 反転。

 俺は狙撃ユニットを構えながら回転し、背中を地面に向けた。

 ちょうど背泳ぎをするような体勢だ。

 目の前には、ハイライトされた〈黒鉄の双竜アイアン・ツイスト〉の腹部。


「くらえええええ!!!!!!」


 トリガーを引く。

 ズド! と爆音と鈍い反動が肩に伝わる。

 砲弾が打ち出され、〈黒鉄の双竜アイアン・ツイスト〉の腹部に当たった。


 そのまま離脱。


 ズドドド……と地響きが起こる。〈黒鉄の双竜アイアン・ツイスト〉は脚を折り曲げ、胴体を地面につけた。


「やった……!!」


 が、次の瞬間だった。


 〈黒鉄の双竜アイアン・ツイスト〉が首をさらに伸ばした。

 重機のようなあぎとが迫る。


「うひゃああああああああ!!!」


 反射的にトリガーを引いた。


 ズドッ!

 砲弾が〈黒鉄の双竜アイアン・ツイスト〉の口の中で炸裂。頭が吹き飛んだ。


 幸運なことに、口の中も緑色にハイライトされていた。

 つまりは弱点部位だ。


「や、やった……!」


『まだだ! タザキ、上を見ろ! ビルが崩れてくるぞ!』


「何だよ、まだあるのか!?」


 ドオオオオ――。

 廃墟のビル群が俺に向かって倒れてくる。

 ビルの隙間を縫うように加速する。



 数百メートルほど移動すると、あたりの風景が変わる。

 俺はだだっ広い草原地帯まで来ていた。

 柔らかい草むらに着地し、振り返る。


「はあ、はあ……今度こそ終わりか……?」


 遠くで土煙がもうもうと立ちこめていた。


 〈黒鉄の双竜アイアン・ツイスト〉の姿は見えなくなった。


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*〈黒鉄の双竜アイアン・ツイスト〉を撃破

*320の戦闘経験値を獲得しました

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 視界に映し出される素っ気ないテキストに、俺は心の底からほっとした。


「うぉおおおおお……終わった……。生きてる…………」


 体の力が抜ける。


 俺はその場にへたり込んだ。


「やったじゃないか。初めての戦闘にしては上出来だよ」


 ポルカがすっと姿を現した。


「この世界、命がいくつあっても足りないやつだな……?」


 猫型アンドロイドは、ひょうひょうとした口調で答える。


「そのとおりだ。だから僕という存在がいるのさ。とりあえずタザキは少し休んでいるんだ。僕はちょっとその辺りを散策して、食べられる木の実を取ってくるよ」


「お、おう……頼んだ……」


「聞きたいことは色々あるだろう。食事でもしながら話をしようじゃないか」


「助かる」


 俺は休憩するために戦闘用強化外骨格アーマード・コンバットフレームを外した。


「また全裸だな……」


 ポルカを待つ間、ここまでの情報を整理することにした。

 廃墟になった都市。

 機械の獣。

 拡張現実オーギュメントとか言う、謎のテクノロジー。

 そして、めっちゃ喋る猫型ロボット。


「うーん……やっぱり間違いなさそうだなあ」


 ポルカに問いただすまでもなく、はっきりと分かっていることがある。

 どうやら俺は本当に一万年後の未来にいるらしい。


 聞きたいことは山ほどある。

 が、今は生きているだけで良しとしよう。

 俺は草原に大の字になり、つぶやいた。



「一万年後も、空って青いのか……」

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