拡張現実(オーギュメント)リング

 寝て起きたら一万年後の未来。


 そして今、俺は黒鉄の双竜アイアン・ツイストとか言う機械の獣に追い回されている。


「GSHAAAA――!!」


 何かもの凄い勢いで叫んでくるぞ。


 隣にはポルカという名の猫型ロボット。

 正体は分からないが、俺を助けてくれるらしい。


「タザキ、今から僕が指示するとおりに動いてくれ。このまま20メートル直進。右に曲がって10メートル。そこにあるビルの四階まで上るんだ」


「わ、分かった……!」


 走った先に、エグい角度で傾いたビルがあった。

 今にも崩れ落ちそうだ。

 が、余計な心配をしている余裕はない。


「うぁあああ!」


 壁をよじ登り、ひび割れたコンクリートの階段を駆け上がる。

 四階まで来たところで、急にあたりは静かになる。

 俺は地面にへたり込んだ。


「ぜえ……はあ…………死ぬかと思った……」


「いいぞ、敵は僕たちを見失った。とりあえず中に入ろうか」


「了解だ」


 崩壊した壁の隙間を探して、俺は建物の中に入った。


「じゃあ早速だけど、これを装備してくれ」


 ポルカは空中でふわりと回転すると、尻尾に装着していたリングを俺に渡した。


「指輪……? つけろってことか?」


「そうさ。でもただの指輪じゃない。拡張現実オーギュメントリングだ」


「おーぎゅめんと? 聞いたことがないけど、何なんだ?」


「実際にやった方が速い。とにかく装着してみようか」


「お、おう……」


 指輪を装着すると、目の前にテキストウィンドウが現れた。


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 *拡張現実オーギュメントリングを使用しますか?

 *YES/NO

 *YESを選択すると、肉体に

  多大なダメージを被る場合があります

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「な、何だこれ!?」


 まるでゲームの選択画面。

 VRゲームのラノベでとかによく出てくる、例のアレだ。

 ステータスオープン、とか唱えると出てくるやつ。


拡張現実オーギュメントリングがタザキの視界にデータを投影しているのさ。画面の操作は指先でもできる。慣れれば意識だけで操作も可能だ」


「で、イエスかノーか選べってことか。……でも何だよ、肉体へのダメージって。恐怖しかないぞ?」


「契約の決まり文句みたいなものさ。冒険に怪我はつきものだからね。タザキはYESを選ぶことで、僕の情報支援を受けられる」


「選ばなかったら?」


「その場合でも僕は君をサポートする。でも、死ぬかもしれない。さあタザキ、決断するんだ。黒鉄の双竜アイアン・ツイストは君の匂いを辿っているようだ」


「マジかよー」


 正体不明の猫っぽい存在に、契約を迫られる――。


 まるで往年の名作アニメのシチュエーションにそっくりだ。


 でも俺は魔法少女じゃなくて、全裸男子高生だ。

 首から上を失うマミる展開にはならない……と願いたい。


「質問いいか?」


「何だい?」


「イエスを選んだら、勝てるか?」


「何事も百パーセントはありえない。勝てる確率が飛躍的に高まる、とだけ言っておこうか。それから、拡張現実オーギュメントには色々な機能がある。簡単に言えば、これからの冒険が圧倒的に楽になるよ」


「ぼ、冒険? お、おう……」


 冒険よりも普通に帰りたいんだが。

 と反論したいところだが、助かるなら今は何でもいい。


「じゃあイエスを選ぶデメリットは?」


「ない。外したければいつでも外せる。それはタザキの自由だ」


「……分かった。やろう」


 ここまで言われたら、やらない理由はない。

 俺は指先で「YES」のアイコンに触れた。

 耳元で機械音声がした。



拡張現実オーギュメントを起動します』



 ぶん、と震えるような音がして、目の前に新たなシステムウィンドウが広がった。


「おお……これは凄いな」


 俺は指を動かし、画面を操作した。


 エンカウントした機械獣モンスターのデータベースに、所持アイテム一覧、俺のステータスも表示できるようだ。


 遊びごたえがあるアクションゲームを彷彿とさせるような画面だ。

 うん、何となく使い勝手は分かったぞ。


「タザキ。この世界は現実だ。チートもなければ無双もない。だからちゃんと死ぬ。でも僕はね。この現実を君が楽しめるようにしたいんだ。今からこの現実は、少しだけゲームみたいになる。どうだい?」


 この感想を言うのはしゃくだが、正直に言うことにした。


「確かに……楽しそうだ。少しだけな」


拡張現実オーギュメントは僕とデータリンクしているから、僕からも情報を送ることができる。こんな風にね」


 ポルカが言うと、目の前に黒鉄の双竜アイアン・ツイストの3Dモデルと説明テキストが表示された。


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 *機械獣モンスターデータベースを更新

 個体名:黒鉄の双竜アイアン・ツイスト

 全長:約15メートル

 重量:約200トン

 食性:金属生命及び有機生命

 特質:変異竜属。全身を鋼鉄の装甲で覆われている。

 性格:執念深く残虐。逃した獲物に強い執着を示す。

 レア度:☆☆☆☆☆

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「これが君を狙っている機械獣モンスターのスペックだ。それにしてもタザキも運が悪い。五つ星の機械獣モンスターなんて、そうそう出くわさないよ」


「マジかよ……最悪だな」


 しかも執念深く残虐って。

 最悪オブ最悪ってやつじゃないか。


黒鉄の双竜アイアン・ツイストは機械も生体も補食する。全裸のタザキは格好のターゲットだろうね。それから次だ。上の方にコンパスバーは表示されているかい?」


「ああ、見えてるよ」


 視界の上の方に、アクションゲームによく出てくるバーが投影されている。

 北の方角を示す「N」のアイコンと、動物のシルエットみたいなアイコンだ。

 さらに現実がゲームめいてきたな。


「この動物のアイコンみたいなのが……機械獣モンスターってやつなのか?」


「そのとおり。拡張現実オーギュメントは自動で半径100メートルの範囲をスキャンしている。これで近くに潜む機械獣モンスターや野生動物の位置が分かるって訳さ」


「そういうことか。ちょっと試してみよう」


 頭を動かして、周囲を見渡してみる。

 頭を左に動かすと、連動して 「N」の位置は右にずれる。


「すご。めっちゃ便利だな」


 これなら道に迷うこともなさそうだし、機械獣モンスターに不意打ちを受けることもないだろう。


「あ……こんなところにいたか」


 頭を動かしていると、頭が二つある獣のアイコンが見えた。


 黒鉄の双竜アイアン・ツイストだ。


「まだ動いている。やっぱり、俺を探してるみたいだな」


 そして気になることが一つ。

 黒鉄の双竜アイアン・ツイストのアイコンの色だけが、真っ赤になっていた。


「ポルカ、色が違うのは何か理由があるのか?」


「タザキへの敵対度ヘイトを示している。青、黄、赤の順で敵対度は高まる。つまり、黒鉄の双竜アイアン・ツイストは君を諦めずに探し回っているってことだね」


 黒鉄の双竜アイアン・ツイストのアイコンはぐるぐるとビルの周りを回っている。


 俺がビルから降りてくるのを待ちかまえているのだろう。


「てことは……奴を倒すしかないってことか」


 あの巨体を思い出すだけで、背筋が寒くなる。

 とても人間が勝てる相手とは思えない。

 しかも俺、まだ全裸なんだよな。


「なあポルカ。……本当に勝てるのか?」


 今のところ俺が持っている武器はない。

 謎の未来デバイスで現実がゲームみたいになっただけ、とも言える。


 だがポルカは自信満々で、答えた。


黒鉄の双竜アイアン・ツイストくらいなら楽勝さ。必要なのは、タザキの勝つ意志だ」

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