デカくてゴツくてヤバいやつ

「う、嘘だろー。誰か嘘だって言ってくれよ……」


 俺はどうやら一万年後の未来にいるらしい。

 それも全裸で。

 まだ信じられないし、信じたくない。


「おーい! だれかああああ!!」


 だれかーだれかーだれかー、と廃墟に声がこだまする。

 返事はない。

 はーあ。と俺はため息を漏らす。


「待てよ? どっかにカメラ、回ってないか?」


 そうだ。

 これはきっと、YouTubeの企画だ。きっとそうに違いない。


 たがその可能性は即座に否定される。


 なぜって、俺の視界にはあまりにも広大で、嫌になるほどリアルな光景が広がっているのだ。


 例えば――

 植物に突き破られたアスファルト。

 ぶぉおお、ぶぉおお、とどこからか聞こえる野生動物の鳴き声。

 「廃墟」の状態を越えて、自然に還りつつあるビル。


 どれもうんざりするほどリアルだ。

 こんな金と手間がかかるサプライズ企画を、素人の高校生にやるはずがない。


 だめだ、これはどう考えても未来だわ。

 しかも人類滅びてるタイプのやつ。


「いや……もしかしたら……どこぞの石油王が気まぐれに出資したとか。俺のドッキリ企画に。うん、万が一ということもあるしな。一万年後って嘘だろ、さすがに――」



「Pipipipipi」



 と突然足下で何かが聞こえた。電子音だ。


「うおっ、何これ!?」


 音がした方を見ると、足下にもふもふしたウサギみたいな動物がいた。


 だがウサギではない。

 全体的なフォルムこそウサギだが、耳や手足には奇妙な電子パーツがついていた。


「pipipi……Piiii??」


 ウサギに似た奇妙な何かは俺の存在を認めると、すりすりと体をこすりつけてくる。


 あ、かわいい。


 死ぬほど心細い状況に陥ると、こんな訳の分からない動物でさえも可愛く思えてしまう。


「お前もひとりなのか? かわいそうに。おお、よしよし……」


 俺は地面にしゃがみ、奇妙な動物を撫でた。全裸で。

 そして地獄を見た。


 ウサギの電子部品みたいなのが俺の局部に触れた瞬間、


 ――バチッ!!!


 と股間に電撃が走り、火花が飛び散った。


 地獄のような衝撃。

 俺は地面をのたうち回り、叫んだ。


「熱ッ!!! 痛ッ!!!! ええ、何これ!? ……電気、ウサギ……? 俺、感電した? まさか機械と動物が融合してるってこと?」


 俺は諦めた。

 諦めて、認識を心の底から改めた。


 やはりここは……一万年後の未来なのだ。

 世界はもう、俺が知っている形をしていない。


 言うなれば、崩壊した未来世界。

 ポストアポカリプスというやつだろう。

 ち○こ超いてえ。


「とりあえず、何か着るものを探さないと。さすがに全裸はまずいだろ……」


 とあたりを見渡すと。


 ――ずぅううん。


 地響き。

 そして裸足の足裏に、腹の底に、重い振動を感じる。

 巨大な何かが近づいてくる。


「や、やばいぞ……」


 デカくて黒い影が、廃墟になったビルの隙間から顔を出した。

 腰を抜かすかと思った。

 子どもの頃に図鑑でみた恐竜――いや、それよりももっと凶悪な見た目の獣だった。


 胴体はギラギラと輝く金属の装甲で覆われ、二股に分かれた首の上には、巨大なは虫類めいた頭部がついていた。ファンタジーでおなじみのドラゴンにも似ている。


 見開かれた目はギョロギョロと周囲を探索している。

 巨大な口は獲物を捕らえる予行演習のようにガチガチと開閉し、どろりとした紫色の体液が垂れている。


 言うなれば「機械と融合した双頭の恐竜」みたいなやつだろうか。

 これはもう「動物」というカテゴリに入らないやつだ。


「逃げるしかねえ……」


 でも、どこに?


 俺は絶望的な気分になる。

 俺の真正面は廃墟となったビル群。

 背後はだだっ広い草原。


 下手に走って逃げたら、見渡しの良い草原で追いかけっこをすることになる。


 あんな獣に追いかけられるなんてごめんだ。全裸だし。


 しかも敵の速度は未知数。

 というか俺の全力疾走よりは早いだろう。あのゾウですら時速40キロで走るっていうし。


 うん、死ぬな。


 となれば選択肢は一つしかない。


「隠れるしかないな……」


 俺は周囲を見渡して、草が生い茂っている場所に移動した。

 草の高さは大人の腰くらい。屈んでいれば全身を隠すことはできるだろう。


「いてっ!」


 草むらに潜り込んだとたん、むき出しの肌に植物のとげが刺さってくる。


 でも草むらから出る訳にはいかない。


 もうすぐそこまで、くそデカモンスターが接近しているのだ。


 痛みに耐えながら、俺はあのお姉さんのことを思い出していた。 


(というかあのお姉さん、次会ったらさすがにグーで殴っていいよなあ。こればかりは男女平等で良いと思う、こればかりは……)


 なんて心の中でぼやきながら痛みに耐えていると、


 ――ずどぉおおお……

 ――ずぅうううん……


 獣は威圧感のある音を出しながら、俺の横を悠然と進んでいく。


 ちらり、と目だけ動かして上を見た。


 脚が六つあり、先端の鉤爪は恐ろしく鋭い。獣が一歩進むごとに、地面がごりっとえぐれていく。


 口から垂れる紫色の粘液は、機械油のような匂いが混ざっている。


 重戦車。多脚型超重量生体兵器。

 そんな単語が脳裏に浮かぶ。


 獣の下半身部分の見た目は、コアがアーマードされてるやつに近い。


 うん、隠れて正解だったわ。

 こんなのから逃げられるはずがない。


 喰う者と、喰われる者。

 俺は喰われる者で、持たざる者。


 武器も防具も、道具すらもない。

 寝て起きたら一万年後、全裸の極限サバイバル。

 生き残るために草むらに潜み、体を丸くする。


「ふーっ、はああーっ……ふううう……」


 知らず呼吸が荒くなる。恐怖でこのまま走り出したい衝動にかられる。だがどうにか自分を抑えることに成功した。 


 このままやり過ごせるか――と思ったその時だった。


「piiiiiii!!!」


 俺のちん○に電撃を食らわせたウサギが、甲高い鳴き声をあげた。お前まだそこにいたのかよ。


(う、嘘だろ――――!?!?!?)


 ぎょろり、と凶悪な両目が俺を捕らえる。


 見つかってしまった。


「RGRRRR……」


 獣の口が開いた。これはもうダメなやつだ。


「うああああああああ!!!!!」


 俺は飛び跳ねるように立ち上がり、走った。

 びゅん、と背後で空を切る音が聞こえた。

 獣の牙が俺を捕らえ損ねたのだろう。


 今のは下手をすれば死んでいた。

 これがゲームだったら「YOU DIE」の文字が出て再スタート。だが現実はそうもいかない。


「GSYAAAAHHHH――――!!!!」


 地鳴りのような叫び声。ずど、ずど、と迫る足音。少なくとも、俺とお友達になるつもりではないだろう。


 振り返る余裕はない。

 ただひたすらに全力疾走。

 向かう先は草原……ではなく、廃墟のビル群。 


 だだっ広いところで追いかけっこなんかすれば、体力が尽きるのが先だ。


「こっちの方が、まだましか……!!」


 俺は獣がやって来た方角――廃墟となったビル群に向かって走った。 


「ひょえええええ……!」


 走る、走る、走る。

 足の裏に何かが刺さる。普通に痛い。靴が欲しい。

 呼吸が苦しい。水が欲しい。


「へえ、はあ……ひえええ!」


 だが足を止めれば死。


 どうにかビルが林立するエリアに到達。もちろん獣は進撃を止めるはずもない。

 

 やはり俺を狙っているのだ。喰うつもりなのだ。どこまでも追いかけてくる。というか追いつかれそうだ。


「んああああああああああああああああ!!!」


 ありったけの力を振り絞って走る。

 でも限界が近づいている。

 足がもつれ、肺は壊れたポンプみたいに動かない。


「く、くそ……こんなところで…………」


 こんな訳が分からない状態で死ぬのか?

 絶望的な感情が押し寄せる。



「さて、お困りのようだね」


 目の前に、にゅっと白い固まりが現れた。


 大きさは直径30センチくらい。子ども向けのマスコットキャラクターのような、丸みを帯びたシルエットをしている。


 それが宙に浮かびながら、俺と併走しているのだ。 

 当然の疑問を俺は投げかける。


「え……誰!?」


「旧世界の文明は、西暦2200年代に崩壊した。今、君を追いかけている獣の名は〈黒鉄の双竜アイアン・ツイスト〉。元は小型のは虫類だった。生命構造の中に機械因子が入り込み、一万年の間に異常な進化を――」


「コミュニケーション下手かよ!? 何で今その説明?」


「おっと失礼。じゃあ細かい話は後にして、端的に言おう。タザキ。君のサポートをしよう」


 俺はぜえはあと息を切らしながら、叫んだ。


「こ……こんな状態で……サポートなんて……できるか!?」


 丸い機械は応えた。 

「もちろんさ。それが僕の存在意義だからね。いよっと」


 機械が空中で回転する。

 すると、機械は一瞬にして白い猫の姿になった。


「ね、猫になった? お前、何者だよ……!」


「うん、この姿の方が落ち着くなあ。自己紹介が遅れたね。僕の名はポルカ。君の冒険をサポートする自律機械さ」

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