アポカリプス・ウィザード ――崩壊世界の冒険者――

七弦

俺、一万年後の大地に立つ。(全裸で)

 頭上から「プシュー」とタイやの空気が抜けるような音がして、目が覚めた。

 目覚めてすぐに違和感。


 家の布団とは全く違う、無重力空間にでもいるようなふわふわとした感触だ。


 ……俺、どこで寝てた?


 確実に言えるのは、ここは自分の部屋ではない。俺の部屋にあるのはぺらっぺらの安い布団だ。俺の布団がこんなに寝心地が良いはずがない。


 急に不安になり、慌てて目をあけた。


「なんだこれ……? ここはどこだ?」


 記憶をなくした人のテンプレみたいなことを言いながら、あたりを見渡す。


 だが外の様子はまるで分からない。四方八方を壁で覆われているのだ。

 良く言えばカプセルホテルのベッド。

 悪く言えば――棺桶の中にいるようだ。


 せめてもの救いは、内側がうっすらと明るいことだろうか。壁に内蔵されたされた照明が光っているのだ。

 本物の棺桶みたいに真っ暗だったら、パニックに陥っていただろう。


 でも周りはよく見えない。

 とりあえず、色々と確かめた方がよさそうだ。

 体を起こして、壁に触れてみる。

 どうにかして内側から開けらるといいんだけど……。


「うーん、何もないな……どうやって出るんだ?」


 と俺がカプセルの中をもぞもぞと動いていると、


『※→”、###△×~~』


 急に壁から音が聞こえた。生き物が発する声、ではなく機械音声だ。

 日本語ではない。それどころかまるで聞いたことのない響きで、他の国の言語という感じでもなさそうだ。


 え、何それこわい。じゃあ何の言葉だよ?


 なんて戸惑っていると――ガタン!ガタガタガタ!!!

 とベッド全体が動き出した。


 やはり俺はカプセルの中にいるのだろう。

 たぶん今、俺はカプセルごと運ばれているのだ。


「おいおい……マジでどうなってんだよ……」


 当然、答える者は誰もいない。状況はさらにひどくなる。

 ぐわん、と揺さぶるような加速感。

 まるで急発進する車みたいだ。全身に重力を感じる。


「……え、ちょ、えええー!?」


 ギュイーン! とモーターが回転するような音とともにカプセルは加速する。勢いよく上昇しているようだ。


 いやいや……俺、どこに連れて行かれるんだ?

 どう考えても異常事態だ。

 訳が分からない。どうしてこうなった?

 俺がここにいる経緯がさっぱり分からない。


 俺は状況を理解するために、片っ端から記憶を手繰り寄せる。


 大丈夫だ、自分の名前は分かる。

 俺の名前は田崎錬たざきれん

 ただの平凡な高校生だ。部活は弓道部。


 そうだ……思い出してきたぞ。

 俺はあの時、部活から帰っていた。そこであのお姉さんに会ったのだ。


   *   *   *


 土曜日の午後だった。弓道の練習試合の帰り、俺は駅の近くのアーケードを歩いていた。

 腹へったなー、昼ご飯どーしよーかなー。なんて考えながら。


「ねえそこの君。お姉さんと寝ていかない?」


 と、俺を呼び止める声。

 振り返れば派手めなお姉さんが一人。


 ショートヘアでつやつやな髪に、赤と青の派手なラインが入っている。短いスカートにむちむちの太ももを露出させ、片脚だけ網タイツを履いている。なかなかに刺激的な格好だ。


 そして手には派手な色の看板。

 「60分9000円」と書かれている。


 さては未成年はダメなサービスだな?

 興味がないこともないが、断っておこう。


「お、俺ですか? なぜお姉さんと? というかお金もないので無理っす」


「あれれ? おかしいなあ。こうすればタザキはほいほいついてくるって話だったんだけど」


「……へ? なぜ俺の名前を? 初対面ですよね」


 お姉さんは俺の疑問を遮るように――俺の手をぎゅっと握った。 


「細かいことは気にしない。それよりも、君には大サービス。タダでいいよ。いいから来なよっ」


 柔らかい手の感触に、心臓がどくんと跳ねる。


「えどうしよう心の準備が。ていうかなぜタダ? つうか俺、未成年だし、」


 お姉さんは俺が慌てる様子を見ると、くすっと笑った。


「まさか少年、えっちな想像してた? ざーんねん、それは違うよ? 睡眠カプセルってやつさ」


「へ? 睡眠……カプセル?」


「うん。60分寝るだけで一日分の睡眠がとれるカプセル。どう? 今キャンペーンやってるんだ。未成年なら100パーセントオフさ」


「ふつうに怪しい……」 


「怪しくなんかないよ。これは安全かつ最先端のマシンだよ。小谷王平しょうたにおうへいとか、マーロン・イスクとか、世界中のセレブが使ってるのさ」 


 やっぱダメだこの人……タダだろうが何だろうが怪しいものは怪しい。

 断るとしよう。

 大体にして金のなさそうな高校生に、セレブが使う商品を売ろうとする時点で何かおかしい。


「うーん……やっぱり怪しいんでやめときます」


「ちょ、ちょっと待つんだ少年! せっかくのチャンスなのにもったいない! 睡眠は誰にとっても重要だろう? 時間がないなら五分だけでもいいからさっ! さあさあ!」


 お姉さんは強引に俺の手を引く。


「えええ……無茶苦茶だ!」


 正直に告白すると、ワンチャンえっちなことないかな? って思ってた。


 田舎のアーケードにガチの犯罪者なんていないだろうし、何かあったら携帯で通報すればいい。


 それよりも俺は、かわいいお姉さんに強引に連れて行かれる、というシチュエーションにわくわくしていたのだ。


 そんな訳で俺はアーケード沿いの雑居ビルにほいほいと連行されていった。

 貸しテナントみたいな部屋に入ると、確かに円筒形でシルバーのカプセルがいくつも置かれていた。


「あれ……本当にカプセルがある。嘘じゃなかったんだ」


「だから言ったじゃないか。怪しいことなんてないだろう? これが我が社の最新商品、名前はええと……何だかめっちゃ眠れるやつ!」


「やっぱり怪しい! 売ろうとしてる商品名知らないってどういうこと!?」


「いいから、このカプセルの中に入ってみてよ」


「は、はい……」


 お姉さんは俺の尻をぐいぐいと押す。そしてカプセルの中に俺を詰め込むと――訳の分からないセリフを言った。


「さようなら、タザキ。この時間軸ではお別れだ。別の時間軸の僕によろしく。僕にもよく分からないけど――君は適合者で英雄だ。もっとも、今そんなことを言っても理解できないよね。詳しいことは、そっちの僕に聞いてくれ」


 本当に訳が分からない。

 お姉さんの口調もキャラも何か変わってるし。


「は、はい? 俺が、英雄? 世界? それってどう言う」


 しかしお姉さんを問いただすよりも先に、俺の意識は途絶えていた。


 あのカプセルは本当に「めっちゃ眠れるやつ」だったみたいだ。


   *   *   *


「ひゃあああああ――――!!!!」


 ガタガタに揺れるカプセルの中、俺は完全に思い出していた。


 俺はあのお姉さんが言うところの、めっちゃ眠れるカプセルの中にいる。


 だが目覚めは最悪だ。こんなにもみくちゃにされるなんて聞いていない。


『言語モジュールアップデート処理完了』


「えっ、急に何!?」


 急にカプセルから音声が聞こえてきた。

 さっきまでの意味不明な機械音声ではない。日本語のアナウンスだ。


凍結繭コクーンユニットの稼働状況、良好。

 現在、通常起動モードで加速中。

 地上への到達まで、あと二十秒。

 十秒後に凍時フィールドを解除します』


「ちょっと何言ってるかわかんない……」


 だが嫌な予感はひしひしと感じていた。

 60分9000円を請求された方がましだった……と思えるほどの嫌な予感だ。


 だってこれ、絶対に睡眠シェルターじゃないよな?


「うおおおおおわあああ!!!??」


 ――ゴガガガガ!!!


 ひどい衝突音とともに、カプセルの動きは止まった。


 ぷしゅーっ、とガスが抜ける音。

 同時にシェルターを覆っていた壁が倒れていった。


「おおお……まぶしっ。まぶしすぎだろ……」


 突然の直射日光に眉をしかめた。

 だが、密閉空間から脱出はできた。


 明るい地上に出られたというだけで、少しだけほっとする。

 だがそんな気分もつかの間、最悪なことに気づいた。


 着ていたはずの制服がなくなっている。それどころか下着もだ。 


「ちょっ…………服はどこいった!? ていうか、何で全裸!?」


 ぶおおお、と強い風が吹いた。

 反射的に風が吹く方に顔を向ける。

 俺はさらに混乱した。


 信じられない光景が広がっていた。



 果てしない草原、

 倒れかけたビル群、

 ビルの隙間を縫って生い茂る樹木。



 突拍子もない状況に陥ると、人はどうやら月並みな感想しか出なくなるらしい。


「まるで、ゲームみたいだ。つうかこれ…………どういうこと???」


 あっけに取られていると、カプセルから再び機械音声がした。


『対象者の転移に成功

 西暦12000年代に到達完了

 凍結繭コクーンの活動を停止

 推奨:即座の離脱

 自己破壊まで10秒、9、8、7…………』


「え、ま、まって」


 俺は全裸であることも忘れ、丸出しのままシェルターから飛び降りた。 


 直後、ぼがん! と喧しい音を出してシェルターは爆発した。

 ジェームズボンドの映画かよ。

 白煙をあげるシェルターを見ながら、呆然と立ち尽くした。


「西暦12000年???」


 シェルターが告げた年号が、頭の中をぐるぐると回る。


 バラバラの情報をつなぎあわせて、俺は答えらしきものを捻りだした。


 どうやら俺は、一万年後の未来にいるらしい。

 しかも全裸で。

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