第53話 天空のクラーケン


「宇多方」について語ろう。


 朝、安曇川の河川敷に行くと、信じられないものを見ることがある。近くにビルはないし、目の前にあるのは広大なグラウンド。陽射しをさえぎるものがあるとすれば、厚い雲だけだ。だから、陽がかげって暗くなった時、雨でも降るのか、と思って空を見上げたのだ。


 そいつは天空に浮かんでいた。あまりにも大きすぎたため、最初はそれが何なのか、まったくわからなかった。しばらくして、ようやく認識できた。


 クラーケンだ。全長数キロメートル(!)にも及ぶ巨大なイカが、空の大半を覆っていた。二本の触腕しょくわんをヒラヒラさせながら、宙でとどまっている。銀色に光る眼が、僕を見下ろしていた。


 以前、かいぼりの作業中に現れた時は、全長一〇メートルというサイズで、クジラ人間と戦っていたという。(第17話「かいぼりの決闘」参照)


 しかし、頭上のクラーケンは人を襲わない。河川敷上空にとどまって、ただ浮かんでいるだけだ。ほんの時々、気まぐれに墨を吐いて、あたりに黒い霧雨を降らしたりするぐらいである。まるで全知全能の神のような視点で、宇多方を見守っている。


 当局のヘリコプターが近づいて調査しようとしたのだが、クラーケンはあっけなく消えてしまった。


 実体があるのか、ただの幻にすぎないのか、本当に全知全能の神なのか。クラーケンの正体は謎に包まれている。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る