第43話 人見知り
「宇多方」について語ろう。
祖父は僕に、よく不思議な話を語ってくれた。例えば、こんな具合である。
「小学校からの帰り道に、誰かの視線を背中に感じたんだ。振り向いたら、知らない少女が僕を見ていた。大きな眼が印象的な美少女だった。ぶしつけな視線を向けていたら、少女は頬を赤らめて眼を伏せてしまった。
「見ない顔だな、転校生か? そう思いながら近寄ろうとすると、彼女はわしの頭の中に直接訴えてきたんだ。外国語のような〈あちら〉の言葉だったが、何となくニュアンスはわかった。おそらく、こっちに来ないで、と言ったのだろう。
「念のために言っておくと、〈あちら〉とは〈別界〉のことだ。〈あの世〉とか〈幽界〉ということもある。彼女は顔を伏せて、ずっとモジモジしていた。今時めずらしい純情少女である。なるほど、別界にも人見知りはいる、ということらしい。
「その後も同じようなことが度々あった。視線を感じて振り向いたら、あの少女がわしのことをジーッと見ている。その繰り返しだった。客観的にみても、思春期特有の自意識過剰ではなかったと思う。
「成長期だったわしは食べて寝ているだけで、すくすくと背が伸びていったが、彼女の外見は少しも変わらない。肌が青白くて、大きな眼が印象的な美少女だった。思い切って話しかけようとしたのだが、いつもスルリと逃げてしまう。相変わらずの人見知りだった。
「五年、一〇年、二〇年……、ずっとわしらは奇妙な鬼ごっこを繰り返してきた。あっという間に六〇年以上が経った。わしは髪が白くなり腰も曲がってしまったが、この前見かけた時も、彼女は少女のままだったよ。結局、一言も言葉を交わさないまま、わしの人生は終わりそうだな」
そう言っていた祖父が亡くなってから、今年の冬で七年になる。
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