第37話 青白い顔の青年


 「宇多方」について語ろう。


 桃乃華駅前商店街には、かつて古びた映画館があった。ユニークな二本立てが上映されるので、学生の頃によく通っていた。ある時、映画館のロビーでくつろいでいたら、青白い顔の青年から声をかけられた。


「今、何時ですか?」

 初めて見る青年だった。目が泳いで、落ち着きがない。僕は腕時計を見て、

「十時十分ですよ」と時間を教えてやった。


 すると、青年は目を丸くして、地団駄じたんだを踏んだ。

「いや、それは絶対に違う」と、甲高かんだかい声を上げた。「僕が家を出たのは十二時すぎだ。時間が逆行するなんて、ありえない」


 騒ぎを聞きつけて、映画館の係員がやってきた。僕が事情を説明すると、係員は青年に向き直り、入場券の確認をしようとした。すると青年は後ずさり、トイレの中に逃げ込んだ。係員が念入りに探したのだが、青年の姿は掻き消えてしまった。


 半世紀前に建てられた映画館は、薄暗くて不気味な空間だ。「別界の門」が開くのに相応ふさわしいのかもしれない。噂によると、青白い顔の青年は時折、この映画館に現れるらしい。やはり、「別界からの、にわか戻り人」なのだろうか。


 年配の係員によると、昭和期の終わりに、ノイローゼで自殺した映写技師に似ているらしい。もっとも、彼の写真が残っていないので、確認のしようがないのだが。


「別界」と「死者の国」は昔から馴染みが深く、二つは同じものだと主張する専門家もいる。


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