第35話 不気味なセミ


「宇多方」について語ろう。


 小学四年の夏休みに体験した話だ。僕は宿題もせずに、毎日、同級生の友人と遊んでばかりいた。ある日、彼が可愛らしい妹を連れてきて、一緒に昆虫採集をすることになった。歩いて行ける場所に、セミがいっぱいいる雑木林があったのだ。


 蝉しぐれの中、僕と友人は懸命に走り回った。ふと気づくと、友人の妹が忽然こつぜんと消えていた。ついさっきまで、すぐ後ろにいたはずなのに、振り向くと消えていたのだ。友人の両親、近所の人たちと捜しまわったけど、結局、見つからなかった。


 やはり、神隠しなのだろう。何といっても、ここは宇多方なのだから。


 翌年の夏休みに、一人で昆虫採集をしていたら、変わったセミを捕まえた。「ギィギィ」と不気味な泣き声をあげるそれは、尖った歯が並んだ口を大きく開き、眼を釣り上げている。


 しかも、友人の妹そっくりの顔をもっていた。一年前に感じた可愛らしさなど、一欠片ひとかけらもなかった。


 友人に見せるかどうか迷ったが、僕はそっと放してやった。セミになった妹など見たくはないだろう、と思ったからだ。だけど、今は後悔している。「別界」の探究者によって、人面ゼミは貴重なサンプルになったはずだから。


 惜しいことをした。なぜ、標本にしておかなかったのだろうか?

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