第33話 泥の雨


「宇多方」について語ろう。


 親戚のG氏から聞いた話である。G氏は中学生の時に友人たちと霊峰,竜晄山りゅうこうざんに登ったらしい。


 山頂で昼食をとり、下山を始めてからしばらくして、雨に降られてしまった。天気予報では終日快晴だったのに、突然、空が真っ暗になり、豪雨になったのだ。


 視界が悪かったこともあり、G氏は友人たちとはぐれてしまう。その際に、化け物を目撃した。そいつは土砂降りの中、木々を押し分けながら斜面を登っていたのだが、山間部のいるはずもない巨大な化け物だった。


 体長三〇メートルに及ぶシロナガスクジラである。泥まみれの全身をくねらせながら、器用に斜面を這い登っていたという。


 気がつくと、雨は泥まじりに変わっていた。実際には雨ではなく、クジラが空に向かって噴き上げた泥水だったのだ。やがて泥の雨が止み、雲間から陽が刺してきた時には、クジラの姿は消え失せていた。おそらく、「別界」に還っていったのだろう。


 G氏は友人たちに見つけられるまで、ただ呆然と立ち尽くしていた。クジラを目撃したことが夢や幻ではない証拠に、G氏の衣服からは、しおの香りがしたという。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る