第32話 増殖肉
「宇多方」について語ろう。
桃乃華駅近くの国道沿いに、若者に人気のステーキショップがある。美味しいステーキが格安で食べられるので、連日満員の大盛況だった。第4話「ステーキショップ」でも述べたが、低コストの理由は「増殖肉」の恩恵によるものである。
「増殖肉」は、もし半分を使ってしまっても、翌日には元通りになるという奇跡の肉である。肉質はやわらかく、食感は黒毛和牛のロースに近い。ただ、習慣性において、かなりヤバい代物らしい。一度口にしたら、病みつきになってしまうのだ。常連客の多くは、毎日食わずにはいられないという。
僕も何度か食べたことがあるが、「増殖肉」の正体が「別界の獣」であると知ってからは、二度と口にしていない。友人知人から無神経、鈍感などとののしられている僕だが、さすがに「別界の肉」を平気で食べていられるほど、能天気ではなかった。
「増殖肉」を扱っていたステーキショップが、突然閉店になってしまった。当時は食中毒が発生したとか、経営者が夜逃げしたとか、無責任な情報は錯綜していた。
本当の理由は極めて単純である。肉の業者から仕入れを打ち切られたためらしい。いうまでもなく、「増殖肉」と呼ばれる「別界の肉」である。ただ、それが真実なら肉の量は減ることはなく、店が肉を仕入れる必要はない。多くの都市伝説と同じように、情報の細部に矛盾をきたしている。
だが、関係者によると、肉の仕入ルートが途絶えたことは確からしい。きっかけは、バイト学生の不正行為だった。「増殖肉」をこっそり他店に横流しして、ケチな小遣い稼ぎをしていたのだ。
「増殖肉」の保管には、デリケートな温度調整が不可欠らしい。だが、横流し先では温度管理がずさんであり、ぞんざいに扱かっていた。そのために数日後には腐敗してしまい、住宅街で悪臭問題を起こしてしまった。
こう聞けば、その横流し先の閉店は納得できる。しかし、ステーキショップまで閉店に追い込まれたのは、なぜだろうか?
どうやら、「増殖肉」の管理不行き届きが原因らしい。極めて特殊な肉であるため、それを仕入れるためには、先方から厳しい条件が課せられていた。横流しなど問題外だし、重大な契約違反にあたる。莫大な賠償金を請求されたのかもしれない。
先方というのは、僕たちのような一般人ではありえない。想像するしかないのだが、おそらく別界の何者かなのだろう。「増殖肉」のようなやりとりが、どのようにして始まったのかはわからない。
確かなのは、ただ一つ、ステーキショップが閉店に追い込まれたことだけだ。
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