第31話 妖精


「宇多方」について語ろう。


 桃乃華市には安曇川あどがわという川が流れているのだが、秋になると「妖精」が目撃される。嘘ではない。半透明の羽根を高速で羽ばたかせ、川べりを飛んでいるのだ。ただ、体長が十数センチと小さいので、目の前を横切ったとしても、鳥と間違えられることが多い。


 あなたは「妖精」と聞いて、どのような姿を想像するだろうか? おそらく、羽根をもった小さな美少女だと思う。おそらく、アニメや漫画の影響が大きいのだろう。期待を裏切って申し訳ないのだが、そんな愛らしい姿では決してない。


 首から下は人間に似ているのだが、首から上は別物である。ザンバラ髪を垂らしており、両眼は頭部の側面についていて、鼻と口は大きく前に突き出している。頭部だけ見れば、トカゲに似ている。


 いや、鋭い牙と強靭なあごを備えているので、ワニといった方が的確だろう。宇多方の「妖精」は、大型肉食獣のように獰猛である。うっかり手を伸ばすと、ガブリと噛みつかれてしまう。


「妖精」に指先を食いちぎられた人間を、僕は何人も知っている。強靭な顎はバキンと骨ごと噛み切り、第一関節から先を奪い去っていったのだ。もちろん、バリバリと食らうためである。

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