第29話 開かずの間


「宇多方」について語ろう。


 宇多方は、別界とつながっている。場所は特定できないのだが、別界に通じる「門」がどこかに存在しているはずだ。ただ、「門」は時がたつと移動したり、気まぐれに出現、消失を繰り返したりしている。


「門」が開くのは、嵐の夜や、トンネルや霧の中だけとは限らない。極めてまれなケースだが、家の中で「門」が開くこともある。例えば、押し入れや納戸、玄関の靴箱の中でも、別界と通じる「門」となりうる。


「門」は生き物のように動き回っており、一旦消えたとしても、いつのまにか出現している。だから、家の中で遊んでいた子供が、神隠しにあってしまうのだろう。(第2話「少女」参照のこと)


 防護策がないわけではない。「門」を出現させないためには、また閉じたままにしておくためには、家の中に「開かずの間」を作ることが有効だ。端的に言えば、絶対に開けてはならない部屋に、「門」を封じ込めてしまうのである。


 おそらく、先人の知恵なのだろう。宇多方では今でも、その風習は受け継がれている。「門」の発生を防ぐために、家を新築する時は必ず、「開かずの間」をつくるそうだ。不動産業界では、由緒ある習わしとして推奨している。


 古い絵巻物『宇多方権現縁起絵巻うたかたごんげんえんぎえまき』には、ひと部屋がまるごと「門」になった、という記述がある。その「門」は大きなカバのような姿で、書き記されていた。当時は、妖怪や化け物の存在が信じられていたし、「門」が巨大な顎と鋭い牙を備えていても、何ら不思議ではないだろう。


 この絵巻物から発想がふくらんだのか、「門」そのものが「別界の獣」である、という仮説があるらしい。とても興味深い意見だが、客観的に見て信憑性しんぴょうせいに欠けると言わざるを得ない。


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